[4章2話-3]:新しいイメージへの冒険




「ほらぁ、結構いいよぉ」


 試着室のカーテンが開き、上機嫌で出てくる茜音。


 今日は襟付きの桜色のシャツを着ていたのだが、それも含めて全着替えをしたようだ。恐らく実際に着るときには頭から足の先まで合わせてコーディネートしてくるだろう。


 この服は茜音の選択としては珍しく大人っぽさを強調した方だが、自然な感じで似合っているし、なによりも嬉しそうに鏡の前で1回転しているのを見れば、健としてはダメ出しをするつもりはない。


 それに、普段は可愛らしさを前面に出すことが多い彼女が、妙に大人っぽく、若々しい女性の色香まで感じさせてしまったことに、彼は驚きを隠せなかった。


 思わず、その姿に見とれてしまう。


「健ちゃん!? 見てくれてるぅ?」


 茜音のちょっと拗ねたような声に我に返る。


「えっ? う、うん、似合う似合う。いいんじゃないかな?」


「そうだねぇ。じゃぁ決める!」


 再び試着室に戻って元の服に着替えている間、健は店の外を何となく眺めていた。


「あれ……?」


 健が気がついたのは、見たことのある二人が物陰で話しているところだった。


「まったく……、つけてきたのか」


 さっき、出掛けに自分を見送っていたはずなのに。パンフレットを見ているその人物は恐らく誰かに借りたのであろう大きめのコートを着て深めに帽子をかぶっている。他人のふりをしているのだろうが、十数年の付き合いとなる彼の目はごまかせない。



 そこでようやく今日のことを未来が必要以上にゴネなかったことに合点がいった。


「ま、仕方ないか」


 そのことは、茜音には知らせないことにしようと思った。もし気づいてしまったらその時だ。


「買ってきたよぉ」


 茜音が嬉しそうにお店の袋を抱えて立っていた。


「気に入ったのがあってよかったね」


「うん。どうかしたの?」


 健が店の外を眺めていたのを不思議そうに聞く。


「いや、別になんでもない……」


「変なのぉ」



 その後、健のリクエストにあった靴を買っている間に、茜音も自分の靴を買い足して、このアウトレットでの買い物は終わりになった。


「ふぅ、結構買っちゃったなぁ。健ちゃんも気に入ったのがあってよかったねぇ」


「茜音ちゃん、靴を買う予定なんかなかったよね?」


「うん。せっかくお洋服買ったからぁ、それに合うのを買っちゃおうと思ってぇ」


 茜音は嬉しそうに袋から箱を出して見せてくれた。ローヒールの靴は茜音も何足か持っている。今回選んだのはアイボリーホワイトのパンプス。珍しいストラップが可動式になっていて、足の甲側に出ないように設定することもできる。


 茜音の靴でストラップなしで使用するタイプは非常に少ない。何度も試して脱げないことを確認して、なおかつ2ウェイで使用できるものを選んだことからも、彼女には冒険と安全の両方の策を取ったようだ。


「せっかくねぇ、服を普段より少し大人っぽくしてみたから、合わせてみたいなぁって思ってねぇ。多分次のデートの時に使ってみるよぉ」


 さっき試着したときの姿を思い出す。いつも見慣れている年下に見える雰囲気は消え、茜音が持つ本来の歳相応の魅力にあらためて気づかされた。


 この春からは短大で保育や介護を学ぶことになる彼女も、新しいイメージを作り出そうとしているのかもしれないと思った。


「少し休んでから次行こうか」


「そうだねぇ。でも荷物どうしよぉ?」


「駅のロッカーにでも入れておけばいいんじゃないかな」


「うん、それでいいやぁ。お腹も空いたし~」


 二人は立ち上がって駅の方に歩き出す。


 健はもう一度振り返ってみたが、さっきの二人の姿は見られなかった。

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