[2章5話-2]:助かってから考えなさい!




「はぁ、はぁ……ふぅ……。絶対……また健ちゃんに怒られるなぁ……」


 服を脱いでおいてよかった。自分の体力の回復を待つ間に裸足に靴を履いておく。


 菜都実に合図をして、互いに持っている糸を切らないように、茜音はこちら側の岸を先ほどの場所まで進んでいく。水かさが上がっているため、道はないに等しかった。


 足を取られないように気をつけながらようやく未来の取り残された現場にたどり着く。


「未来ちゃん、大丈夫?」


「え?」


 膝を抱えて顔を伏せていた未来は、突然の声に驚いたようだ。


「どうやってこっちに?」


「ちょっと泳いじゃったぁ」


 未来も茜音の姿を見て大体の流れは察したようだ。


「でも……、茜音さんに助けられたら、私……」


「ほえ?」


 意外な未来の言葉に面食らう。


「茜音さんに助けられたら、私もう兄さんと……」


「バカっ! こんな時に何を言ってるのよ!」


「茜音さん……?」


 彼女も普段とは違う茜音の様子に驚いていた。


「生きるか死ぬかの時に、そんな小さいことで悩まないの。助かってから考えればいいんだよそんなこと! それとも、もう二度と健ちゃんに会えないでいいの?!」


 未来の水着の肩ひもをつかみ、茜音は怒鳴った。


「ごめんね大きな声出して。でもね、誰も悲しませたくないんだよぉ」


 怯えてしまった未来の頭をなでる。いつもの調子に戻った茜音の声。


「わたしだって、未来ちゃんっていうライバルが出来たから、ちょっと焦っちゃった。でも、選ぶのは健ちゃんだよ」


 反対側を見ると、菜都実が戻ってきた佳織や健と引率の職員に状況を説明している。


「あはは、健ちゃんが『また無茶して』って顔してるよぉ」


 菜都実から説明を受けた健はこちらを向いて腰に手を当てている。


 しばらくして、言っていたとおり、長いロープと浮き輪が両岸をつないでいる釣り糸に結びつけられた。


「これが切れたらおしまいだからねぇ。未来ちゃんも手伝ってぇ」


 二人で力を合わせて、そのロープをたぐり寄せる。


「よぉし、これでつながったよぉ」


 ようやく二人の手元にロープが届いた。茜音はそれを輪にして体に結びつける。


「それじゃぁ、こっちで未来ちゃんをとめるねぇ」


 最初から持ってきていた短い方のロープを未来の腰と浮き輪に通し、もう一本に結びつける。


「未来ちゃんは泳げないんだよね?」


「うん……」


「わかった。じゃぁ、浮き輪の上に座っていても、わたしにつかまっていて。どんなことがあっても離しちゃダメだよ。浮き輪のバランスは頑張ってね」


 二人で水面ギリギリのところに降りる。足が水の中に入ったところで未来は言われたとおり浮き輪の上に腰掛け、茜音の腕をつかむ。


「最初はわたし潜っちゃうかもしれないけど、何があってもこの手を離しちゃダメだからねぇ」


 未来がうなずいて、茜音は岸の方を見る。万一のことがあってもこれ以上流されないよう、ロープの端が木に巻き付けられているのを確認し、菜都実たちとのタイミングを合わせる。


「いくよぉ。ちょっとだからがんばれぇ」


 巻き付けてあるロープが引かれた。


「よぉし、いくよぉ!」


 思い切って岸を離れる。急に深くなり足が着かなくなった。未来のバランスを崩さないために、泳ぐと言うよりも姿勢を保っているのがやっとだ。ぐいぐいとロープに引かれるのがわかった。実際には1分もかからなかったはず。濁った水の中ではずいぶんと長く感じられた。気がつくと浅瀬に来ていて、顔を水の上に出せるところまで来ている。


「未来ちゃん、もう大丈夫だよぉ。降りて立てるよぉ」


 ぎゅっとつぶっていた未来の目が開いた。


「ありがとぅ……」


「もう、大丈夫だからねぇ……」


 未来が自分の足で立ち上がり、他の面々にに迎えられたのを見届けると、茜音はその場に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る