[2章5話-1]:救出作戦は運頼み
茜音が河原へ走り込んだときには、菜都実がすでに全員を一カ所に集め、状況を確認しているところだった。
「茜音! あんた平気なの? 健君は?」
「うん。健ちゃんは引率の先生を呼びに行ってる。なにがどうなってるの?」
「ほら、あそこわかる?」
菜都実が指さしたところは、川がカーブを描いている場所。こちら側は浅いが反対側が深くなっているような場所だ。
「未来ちゃん、あそこから動けないのよ」
「なんであんなことに……?」
「原因はあそこよ」
菜都実はこちら側で固まっている男の子のグループを見た。
「未来ちゃん泳げないの分かっているのに、無理矢理あそこに上らせちゃって身動きできなくなっちゃったのよ。水が急に増えて、他は帰ってこられたけど、未来ちゃんは動けないわけ」
「それじゃぁ困ったな……。この雨じゃ、水かさが戻るのを待つなんてできないし……」
二人は一人残っている未来を見た。普段は強気な視線の彼女だが、今は心細そうにこちら側を見ている。
もう雨に打たれ体温も奪われて動けないのだろう。泳げたとしても一人では危険だ。茜音の読みでは、残された時間はあまり長くない。
「……わたしが行く」
「茜音? あんた正気?」
菜都実は叫んだ。三人で海やプールに行くことも多く、茜音が泳ぎが上手なことは分かっている。しかし、泳げない人間をこの急流でもう一人抱えて渡るなど、自殺行為にも等しい。
「まだ未来ちゃんに体力が残っている今じゃなきゃダメなんだよ」
「ならあたしが行くのに」
「ううん、菜都実はこっち側にいて」
茜音はそう言い切ると、様子を見ている集団のところにやってきた。
「誰か釣り糸を持っていたよね。それを出してちょうだい」
さっきまでの、皆が知っている茜音とは思えないほどの厳しい口調だった。有無を言わせないような迫力に、釣りをしていた子から糸が差し出される。
「何をする気?」
「これをわたしがなんとかあっちまで持って行くから。健ちゃんが来たら、糸の端にロープを付けて反対側まで渡して。あとはこっち側で引っ張ってくれる? だからこっちに力のある菜都実じゃなきゃダメなんだよ。わたしと未来ちゃんを二人引っ張らなきゃならないから」
ずいぶんと危険な方法だが、確かに一番早く片付けるにはこれしかない。茜音が反対岸にたどり着けるかどうかにかかっている。
「あそこを泳ぎ切るのはどんなに凄い人でも無理だよぉ。行くとしたらもう少し上流から探してみようか」
菜都実と二人で川を上流に歩いてみる。数分のところに、川の流れがよどんでいる場所があった。
「あそこから?」
「うん。あそこなら泳ぎ切れると思う」
「水着じゃなくて平気?」
服を着たままの泳ぎはとてもきつい。服が抵抗になってしまい、手を動かすにも大変な力が必要になる。
「着替えに戻る時間はないよ。うまく飛び込めばあっちの岸に流れが行ってるから、大丈夫だと思う」
茜音は借りた釣り糸を体に巻きつける。
「茜音、これ短いけど、あんたが向こうに着くくらいの長さはあるから。こっちで持ってるから」
「うん、ありがと」
同じように菜都実が差し出した細いロープも体に結びつけた。
「健ちゃんがみんなを連れてくるはずだから、それまでにあっちに行かなくちゃ」
ブラウスとスカートをその場で脱ぎ捨て、キャミソールとスパッツの上下になる。靴は逆に必要だからとロープに靴紐で結び付けた。
「じゃ、こっちお願いね」
深呼吸をした茜音はそう言うと、助走をつけて淀みに向かって飛び込んだ。
「くっ、引かれるな。茜音、大丈夫!?」
予想以上に流れが速い。あれに巻き込まれたら茜音が流されてしまう。今は彼女の運に任せるしかなかった。
少し予定よりも流されたあと、彼女は無事に渡りきった。
「はぁ……。よかった……」
向こう岸で膝と両手を地面につき、大きく息をしている茜音は思った以上に消耗している様子だ。
「茜音! 大丈夫なの?」
しばらくして、彼女はOKサインを菜都実に返した。
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