[2章3話-2]:ここ、初めてじゃない…




「やっぱり朝早いから仕方ないねぇ」


 夏休みとはいえ、朝の駅で各自に切符を買わせるだけでも一騒動。ようやく列車に乗り込んで出発するも、座席でぐっすり眠り込んでいる子もいる。


「考えたねぇ。テントとかどうするのかと思ったら、ちゃんと泊まるところは確保してあるんだ」


 これだけの人数が泊まり込みで出かけるのだから、その荷物はさぞかし大変かとの予想とは少し外れて、年長組は少し多めに物を運んでいても、年少組は各自の着替えや現地での遊び道具を持ってきている程度だ。


 そんな軽装備でフルスペックのキャンプなど、どうするのだろうと思っていたら、職員の親戚で大きな別荘を持っている人がおり、川釣りなども出来るという。


 そこならば費用も浮くし、他の客に迷惑がかかるなどという心配をしなくていい。



 出発してから2時間ほど、以前茜音の旅で訪れた場所も近い山の中で、一行は駅から乗ってきたバスを降りた。


「へぇ、ずいぶんと山の中だねぇ」


 茜音は隣に歩いている健に話しかけた。


「うん。どうしようかなぁ……」


「どうしたの? なにか悩んでる?」


 健がしきりに空を見ている。しかし、空はよく晴れた夏空だ。


「天気予報は午後に一雨来そうって言ってた。夕飯のバーベキューにかからなければいいんだけどなぁ」


「そうかぁ、川沿いでやるならねぇ」


「ま、そのときはウッドデッキがあるからそこでやらせてもらうよ。そういうときもあった」


 健がそう茜音に答えたとき、後ろから来る者があった。


「兄さん! 仕事ばっかりしてないでちゃんと遊びに来てよ? 楽しみにしてたんだから」


「分かったって……」


 その間に茜音は菜都実たちのいる後方に下がった。


「なるほどぉ。そーいうことか。茜音にライバル出現とはなぁ。しかもかなり手強そうじゃん?」


「うぅぅ……」


 様子を見ていた二人にも、今茜音が何を迷っているのかが分かったようだ。


「でもほら、相手は中学生よ? 茜音が迷ってどうするの? 堂々としていればいいのよ」


「これで高校3年生と言わせるのもどうかと思うけどな……」


「わたし、年相応に見えないもんなぁ」


「見える見えないも、茜音は高3。そこは格の違いを見せつけてやんなさい」


 そんなことを言いながら、目指す別荘に着いた。


「へぇ、なかなか凄いじゃない」


 2階建ての建物自体はそれほど新しいものではない。1階はキッチンや、健の言っていたウッドデッキなどがある客間スペース。


 2階が個別の部屋になっているので、各自部屋割りがされている。


「よーし、水着に着替えて川に行こうぜ」


 男の子たちはすでに着替え終わり、そのまま庭の方に走っていく。


 その先には沢があり、その河原が遊び場になると言う。


「危なくなったら帰って来いよ」


 健の声が聞こえる。


 声がした1階へ降りていくと、里見が昼食の、健が夜の用意を始めていた。


「……高校生のメンバーだって遊びたいんでしょ」


「ま、仕方ないよ。普段は結構仕事してもらってるし」


 茜音は二人とは少し離れたところで、何かを見回している。


「茜音ちゃん、あとの二人は?」


「ん? みんなの見張り番に行くって。菜都実が遊びたくて仕方ないみたい」


「そっか。珠実のメンバーだけかと思ったけど、違いそうだね」


「茜音ちゃんはどうして行かないの?」


 里見の問いにすぐに茜音は答えなかった。


 その代わり何かを思い出すように周囲を見回している。


「どうしたの?」


 茜音はパーティーが開けるような大広間の片隅に置いてある物を見つけて言った。


「多分、ここ、昔来たことがあるかも……」


「えぇ?」


 意外な発言に二人とも驚いた。


「それはいつ?」


「んーと、多分幼稚園とかそんな感じだと思う……。だから健ちゃんたちと会う前だね。うちにあるのと同じだって……」


 そう言いながら、茜音は置かれているグランドピアノを見た。手際よくふたを開け、鍵盤の上に指を走らせる。


「うん。ちゃんと調律されてる」


「茜音ちゃん、ピアノ弾けたんだっけねぇ。バイト先でも弾いてるってさっき菜都実さんから聞いてるよ」


「うん、お店にね、菜都実の亡くなった妹さんのピアノがあったんだよ。それを弾かせてもらってる」


 茜音の生演奏はふとしたきっかけで始まって、もう常連たちの間では有名になり人気も出たため、彼女の仕事の内容が接客から演奏に変わってしまうほどだ。


「そういえばさぁ、昔、茜音ちゃんはピアノで大変なことやったんだよねぇ」


「はう?」


 里見が健に話しかける。


「あー、あったあった。ほら小学校1年生のとき……」


 三人が思い出したのは、もう10年以上前の、小学校1年生のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る