[2章1話-3]:これは勝ち目ないじゃん?!




 施設までの道中、茜音は健に事情を話した。


「だからねぇ、さっき、その書類を渡されるまで、知らなかったんだよぉ。ごめんねぇ」


「そうだったんだ」


 茜音が派遣される施設の名前を聞いたとき、当然彼女はこういう展開もあり得ると思っていた。


 駅から歩いて15分ほどで、目的地の珠実園たまみえんに到着した。


「なんか、懐かしい雰囲気かもなぁ……」


 素直な茜音の感想だ。


「僕がここに来てから外見は変わってないからね」


 茜音は初めての場所だが、健はあの一件の後に連れてこられたのがこの施設で、彼にとっては家同然の場所である。


「うるさいぐらい賑やかだけど、許してやってよ」


 健が門を開ける。夏休み中なので子供たちの声が中から聞こえてくる。


「あ、健兄ちゃんだ!」


 後ろから男の子の声がした。


「お帰り。プール行ってたのか?」


 真っ黒に日焼けした小学校低学年くらいの子供たちが5、6人走ってくる。


「うん! 兄ちゃん、この人だれ?」


 彼らは茜音を指さした。


「みんなに言ってただろ? 今日から一週間みんなの手伝いをしてくれる人が来るって」


「そうだった! みんなに知らせてくる!」


 彼らはわいわい騒ぎながら玄関に走っていった。


「元気だねぇ」


「ま、あの辺が一番大変かな。わんぱく盛りでさ」


 彼に連れられて、事務室で挨拶を済ませる。


「よろしくお願いします」


「あなたが茜音ちゃんなのね。よろしくね」


 健と同様に他の職員たちにしても、まさか派遣された人物があの事件のもう一人の主人公と知って驚いていた。


「……では、みんなにお願いします」


 さっき戻ってきた学校のプール組を待つため、少し遅くに変更されたという昼食の席で、彼女は紹介されることになった。


「はいぃ。えと……、今日からしばらくお世話になります。片岡茜音です。よろしくお願いします」


「えぇ~~~??!!」


 子供たちが一斉に声を上げる。


「健兄ちゃんが言ってた人だ」


「へぇ、めちゃ可愛いんだ」


「犯罪だぞ犯罪!」


「あのぉ……、健ちゃんどう言ってたの……?」


 茜音の問いにも健は肩をすくめて苦笑するだけだ。


 当然のことながら、今では一番の古株になる健の話は全員が知っている。


 もちろん先日の10年越しの再会がかなったこともトップニュースで伝わった。そのうちに遊びに来ることは予想されていても、こんな形で現れるとは誰もが予想外だった。


「そうかぁ、健君の気持ち分かるなぁ」


 年上の女の子たちからも声が上がる。


「でもさぁ、これはミク姉ちゃん勝ち目ないなぁ……」


「そうねぇ。健君一筋だもんねぇ。ちょっと可哀相かなぁ」


「ほえぇ?」


 茜音が見回すと、1つだけ用意されていない空席があった。


「今日は学校の委員会で遅くなるとか言ってたんだ。明日来るときには会えるよ」


「う、うん……」


 気にはなったが、午後の時間を過ごしてもその子は現れなかったので、茜音は引き上げることになった。


「明日から本格的にお願いします」


 すっかり暗くなった中、茜音と健は門のところまで歩いてきた。


「今日はありがとう。茜音ちゃんと分かってほっとしたよ」


「うん。そだねぇ。明日からは普段着で来るねぇ」


「あんまりお洒落しない方がいいよ。汚されちゃうからさ」


「あはは。うん、分かった。もうここでいいよぉ」


 門を出て最初の角のところで、茜音は立ち止まった。


「駅まで送るよ?」


「ううん、お片付けとか残ってるでしょぉ。あと、ミクちゃんによろしくねぇ」


「気にしてるの?」


「え? ううん、平気平気。それじゃまた明日ねぇ」


 茜音は大きく手を振って駅の方へ走り出した。


「あ、うん。また明日……」


 出遅れてしまった健は、茜音に手を振り返して呟く。


「もう……、茜音ちゃんは嘘つくとすぐに分かるんだよな……」


「兄さん!」


 茜音が見えなくなったので、珠実園に戻ろうとした背中に、飛びつく者があった。


未来みくちゃん」


 中学校のセーラー服を着ている彼女は振り向いた彼に笑顔を見せた。


「さっきねぇ、すれ違った兄さんと同じくらいの女の人が悩んだみたいに歩いてたんだぁ」


 彼女は振り向いて言った。角を曲がっているし暗いのでもうその姿を見ることは出来ない。


「そうかぁ……」


 人通りが少ない住宅街の道で、未来がすれ違ったと言えば、それはおのずと絞られる。


「茜音……」


「兄さん?」


 考え込んでいるような健に未来が問いかける。


「あ、何でもないよ。ご飯が早かったから、とってあるからね」


「うん、お腹すいたぁ」


 二人は珠実園の中に消えていった。

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