季節もの(クリスマス)

 こっちにクリスマスはないけれど、年末から年が明けるまでの7日間ほど家に籠る習慣がある。都市では独り者が多いんで、通りから人がいなくなるってほどじゃないんだけど、いつもよりうんと静かになる。


 籠るには籠るための家が必要だし、物資も必要だし、どうもこの時期に籠ることは「幸せな家」の主張になっているらしく、ある程度の家は真面目に籠るようだ。必然的に家族とゆっくり過ごすことになるしね。


 最初の年はよく知らなくって出歩いてたけど、今年は俺もリシュと籠る予定。イベント的なことは、一度くらいこなしておかないと。


 で、今日は籠るための準備。『家』に薪はいつでもあるし、まあ、保存食づくりだね。籠る時、なるべく火は使わないことが正式みたい。特に大晦日の晩から新年の朝までは禁止だって。


 あれだ、寒い時期にあんまり薪を消費するなというのが、発祥な気がしてきた。大晦日、陽が沈んでから火を使うと悪い精霊がくるっていう伝承があるっぽいので、俺も大晦日だけは大人しくしている予定。へんな精霊にこられたら困る!


 他の日は寒々しいの嫌だから暖炉に火を入れますよ! 普通の人も我慢するのは今はだいたい大晦日だけって話だし。


 籠る時のお楽しみとして、一般のご家庭では蜂蜜ケーキとジンジャークッキーを作るところが多い。


 因みに砂糖も出回っている。砂糖きびから出来たのじゃなくって、砂糖大根ビートから出来たやつで、少し黄土色がかったものだ。


 砂糖大根は甜菜てんさいとも呼ばれるあれだ。育ちそこねて伸びられなかった大根みたいな顔をしているけど、ほうれん草のお仲間。小麦と並んでシュルムの特産品。


 俺は死ぬほど硬いジンジャークッキーはパス。ケーキも苺と生クリームのケーキと、シュトレンを作る。


 籠る前に差し入れする予定。


 生クリームのケーキは、差し入れ分はどのタイミングで食べるか謎なので形が崩れないよう心持ち固めの生クリーム。それとは別に生クリームを緩めにしてミルク感強めのものを一つ。


 シュトレンはナッツたっぷりなものと、ドライフルーツやオレンジ・レモンピールを多めに入れたもの。バターを染み込ませるために塗るどころか、バター液にどぼんしました。


 まずはディノッソ家に。シュトレンは大きいやつ! 子供たちとディノッソは籠る前の顔出しなのか留守。俺も引きこもる前に顔が見たいから、帰りにまた覗いてみよう。


 シヴァお手製のクッキーをもらって次へ。


 ジンジャークッキーだな? ジンジャーと言っているけど、生姜以外にも謎のブレンドで香辛料やハーブが入っていて、歯が折れるんじゃ? ってくらい固いのが、この時期のジンジャークッキーだ。


「お邪魔します。引きこもり用にお裾分け」

「おう! ありがとうよ、代わりにこれ持ってけ」

お裾分けに貸家に来たら、ディーンからワインを一本もらった。何でもない風に渡されたけど、ガラス瓶に入ったうんとお高いやつ。


「あら、変わってるわね?」

苺の生クリームケーキを覗き込むハウロン。


「うん。こっちは早めに食べて、できれば今日か明日中。こっちの砂糖コーティングのやつは、明日から1センチずつおやつにでもして。時間が経つと少し味が変わるから」

シュトレンは、使った酒が丸みをおびたり、詰め込んだレモンピールの味が染みたり、何より固さが変わる。


「美味しそうだね、楽しみだよ! ところでこのお菓子には、ワインとビールどちらが合うんだい?」

クリスが聞いてきたけど、どっちだろう? 


 苺のケーキはスパークリング白ワインかな? シュトレンはドイツ発祥だしビールだろうか……なんか違う気がする。


「これ、一緒に飲んで。冷やしたほうがいいかな?」

スパークリングの白を何本かと、普通の白を出す。クリスとレッツェが炭酸苦手気味っぽいんだよね。


「じゃあ、暖炉からは離しておくよ!」

クリスが瓶を抱えて、外に続く扉のそばに並べに行った。


「この赤い実はなんなの……?」

「前に苺だって聞いたが」

怪訝そうな顔をして、苺を眺めるハウロンにレッツェ。


「また見慣れぬ――というよりは、他に無いものか……」

カーンが視線を逸らす。


「ジーンが出してくる食い物は深く考えねぇで、食っちまった方が勝ちだぞ。ジーン、これは魔物化したイバラから取れたローズヒップ。あんま量はねぇし、そううまいもんでもねぇが」

そう言ってレッツェが小さな袋を渡してきた。


 紐を解いて中を見てみると、少し楕円っぽい先に星形のがくみたいなものがついた、つやつやの赤い実。


「『精霊の枝』で黒精霊の魔素は抜いてもらってある」

「ありがとう!」

あまり美味しくないって言われたけど、食べたことのない食材は嬉しい。


 黒精霊の魔素というのは、「こまかいの」のことだ。普通の精霊と同じように、黒精霊が力を使う時に「こまかいの」が散る。意思も何もなく漂うだけのものだけれど、一番小さな精霊。


 集まって、意思を持つような精霊になる場合もあるし、他の精霊に取り込まれたり、そのまま消えることもある淡い存在だ。ただ、黒精霊の力の残滓だけあって、人があんまり体内に取り込むと悪い影響がある。


「じゃ。アッシュのところに回るから」

他にもパンやらの入った籠を置いて差し入れ完了。


 アッシュと執事とは、苺のケーキを一緒に食べる予定。クリスマスデートっぽいぞ! なお、執事のことはケーキを食い終えるまでは、俺の中ではウェイターさんとする。

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