俺の推しVtuberが母だった。

六花さくら

第1話 母さん何してんすか?

 中学二年の春、母の正体に気がついた。


 小さな頃から、母の声が好きだった。


 あれは五歳の頃だっただろうか。小学生になる前だったことだけ覚えている。

 母は女手一つで俺を育ててくれた。

『ゆーくんは大きくなったら何になりたい?』


『えっと、えっと宇宙飛行士になりてーし、パイロットにもなりてー! あとなぁ、エジソンみたいな発明家になりてーなー!』


『ふふっ、ゆーくんが夢のために何かをするのはいいけど、エジソンみたいに家だけは燃やさないでね』


『……んー。でも、でもなぁ。一番なりたいのは』


 俯いた俺に、母はしゃがみこんで目線をあわせてくれた。


『一番は、母さんをまもれるおとなになりたい』

 俺の最初の夢は、母を守れる大人になること。


――だったのに。


「はにゃにゃ~んっ! こんにゃんにゃんにゃん! 猫缶の国からやってきました、ケットシー・ニャ・ニャルミだにゃん! 初見さんははじめましてー! 常連さんはこんにゃんにゃん❤ 今日も楽しい配信やっていくので、よろしくにゃんにゃん」


 甲高い声アニメ声で喋るのは、俺の大好きなVtuber『ケットシー・ニャ・ニャルミ』

 VTUBEという動画配信サービスで、登録者数20万人を誇る彼女は、アニメのアニメのイラストで手をぶんぶん振っていた。


 バーチャルVtuber。

 主に2Dや3DCGで描写されたアバターを使って動画配信や生放送を行う配信者のことを言う。


――ある日、俺はあることがきっかけで彼女に出会って救われた。


 激辛ラーメン食べ動画やら、歌配信など様々な配信をする彼女と、彼女の明るさに、気づいたらチャンネル登録をしていて、毎日寝る前にはニャルミの配信を見ていた。


 これはそんなニャルミの正体に気づく数時間前のことである。


「昨日のニャルミ配信みた? 可愛かったよなぁ~! 新曲初披露だったし! PVも最高!」

 俺の友人、友田は熱く語る。彼もニャルミの大ファンであった。


「見た見た! 最高だったよな! 萌え声そのままで歌い切るなんて、流石ニャルミだぜ!」


「あ~ニャルミ、生配信してくれないかなぁ~。してくれたらスパチャ投げるのに」

「おいおい、小遣いでスパチャ投げるなよ」


「硬いなぁ。裕太は」

「でも、高校に上がったらすぐにバイトをして、その最初の金を全部ニャルミにスパチャするって決めてるんだぜ!」


「うわぁ……かっこよくない。普通最初に稼いだ金って、親孝行に使わね? なんかうちの親はそういう方針で、アネキとか最初の給料で寿司連れて行ってくれたわ」

 友田はちょっと呆れたように言った。


 確かに給料を今まで女手一つで母さんへのプレゼントを買うのもいいかもしれない。

 でもうちの母さんの場合は『ゆーくん! 自分のために使いなさい!』って言ってきそう。というか絶対に言う。


 それに、なんというか母さんにおごる、プレゼントするっていうのは、なんかこっ恥ずかしい。


「うちは……まぁ、うーん。母さんは喜ぶだろうけど、それよりもニャルミを喜ばせてぇな!」


「二年後かぁ。ニャルミ配信してるかなぁ」

 友田は恐ろしいことを言う。

 Vtuberがいきなり配信をやめたり引退するのは日常茶飯事だから。


「ニャルミが引退配信したら、俺は死ぬ」

「それは草。でもわかるわかる」


 昼休みにはVtuberのオリジナル曲が流れている。きっと放送部にVtuberファンのやつがいるのだろう。


 俺たち中学生にとって、Vtuberはほぼ知ってて当たり前の存在になっていた。


「……いて、てて……」

「お? どうした裕太」

「なんか腹いてぇ。ちょっと尋常じゃねぇくらい痛ぇ。保健室行ってくるわ」

「おう。トイレ行っといで~」

「トイレじゃねーし!」

 と、友田と小競り合いをしながら、俺は横腹を抱えて保健室に向かった。


 保健室の先生は――残念ながら男だ。先生は早退届けを書いてくれた。


「病院にいけ。お前は母子家庭だろ。ストレスをためやすいからなぁ。保険証持ってるか? 一応親御さんにも連絡しとくが……」


「いえ、いいです。うちの母さ――おふくろ、話聞いたら仕事を投げて家に帰ってきそうですから」


「いい母さんだな」

 先生は笑った。


「過保護なだけですよ」

 俺は吐き捨てるように言った。



 家は小さなアパートだ。オートロックなんてないし、四畳半が二個ある二LDK。

 俺と母さんの部屋と、リビングのみ。

 家に帰った時、母の靴があることに気がついた。


 今日は平日。仕事の日じゃなかったか?

 まさか、何か体調が悪くて早退したのか?


 俺は慌てて母さんがいつも部屋に向かった。


「母さ――」

 襖を開けようとした時――


「それでは、今からヘリウムガスを吸って、どんな声になるか試してみたいと思うにゃんっ! すぅ~はぁ~。ちょっと緊張するにゃん。すぅっ~……はぁ~……今更にゃけど、ヘリウムガスって後でお腹壊したりしないにゃよね?」


 と、アニメ声が聞こえてきた。


 聞き覚えしかなくてゾッとした。

 襖の先にいるのは――いや、いやいやいや。

 そんな、うちの母はバリキャリだぞ?


 昼間はスーツを着て色んな商談をしているセールスマンだ。

 男の平均年収よりもバリバリ高くて、高卒だけど、資格をいっぱいとって給料をバリバリに上げている。


 本来なら、母はここにいないはず――だって、仕事に行ってるから。

 でも、ならなんで……襖の奥からVtuber『ケットシー・ニャ・ニャルミ』の声がするんだ!?


 俺は恐れながらこっそり襖を開いた。2センチほど。

 薄暗い部屋の中、デスクトップパソコンのカメラに向かってヘリウムガスを吸う母の姿があった。


「すぅ~はぁ~にゃにゃにゃ、なんだか声が~あ~! 高くなった気がす――ヴニ゛ャ゛ン゛」

 隙間から漏れる光で、母も気がついたらしい。

 恐る恐る、母が後ろを向く。


 パソコン画面には、『ケットシー・ニャ・ニャルミ』の姿が映っている。他に細々映っているのは、編集のアプリだろうか。


「ゆーくん!?!?!?!?」

 母は元々アニメ声だった声をヘリウムガスで更に高くして、絶叫した。

 ……俺は泣きたかった。

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俺の推しVtuberが母だった。 六花さくら @sakura_rikka

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