俺の初恋は幼馴染な義姉だった話

月之影心

俺の初恋は幼馴染な義姉だった話

 俺は神崎かんざき晋平しんぺい

 田舎の公立高校を卒業し、近所の工場に勤める社会人2年目の少し変わった家族関係を持つ男だ。


 俺は、住んでいた家を見上げていた。

 




 俺には姉が居る。

 名前は神崎美結みゆ

 と言っても、実は血の繋がりは無いので戸籍上だけの話。

 俺がまだ幼稚園にいくかいかないかくらいの頃、親父を亡くした俺のお袋と、お袋を亡くした美結の親父が再婚して姉弟となった。

 美結は俺の2つ上で、それでも小学生か幼稚園くらいの年だったので俺も美結も最初は人見知りして口もきかなかったが、子供の順応力の高さというか、程無くしてよく一緒に遊ぶようになっていた。

 まぁ、傍から見れば顔なんか全然似てなかったので、姉弟というよりは『近所の幼馴染』みたいに見られていたような気がするし、実際、美結は『ままごと』をするのが好きで、俺を仕事から疲れて帰って来る旦那さんという設定にして、子供ながらに仲の良い夫婦みたいなじゃれ合いをしていたこともあり、俺も美結を姉ではなく仲の良い幼馴染という目で見ていた。




 美結が小学校を卒業した直後、義父おやじが仕事中に倒れてそのまま帰らぬ人となってしまった。

 美結もお袋も涙が枯れるんじゃないかと思うくらい泣いていたけど、俺は何となく『いつの間にか父親になっていたおじさんが居なくなった』くらいの感覚で、悲しいとかの感情は全く無かった。




 不幸は続くもので、俺が高校に上がったくらいの頃にお袋が倒れた。

 女手一つで俺と美結を育てる為に、事務の仕事をしながら他にパートを2つ掛け持ちしていて無理が祟ったようだ。

 連絡を受けて俺が病院に駆け付けた時、美結はベッドの横に立ち尽くしていて、お袋の顔には白い布が掛けられていた。


 お袋の葬儀は正直覚えていない。

 お袋の勤務先の人や近所の人が数名来て美結と色々話していたようだ。


 葬儀が終わって俺が仏壇の前で放心していた時、美結が俺の傍に来て言った。


「晋平くん。お父さんもお母さんも居なくなっちゃったけど、これからは2人で頑張って生きていこうね。お姉ちゃん、お父さんの代わりもお母さんの代わりも出来ないけど、晋平くんの事は晋平くんが独り立ち出来る日まで一生懸命守るから。」


 俺はその時、お袋が亡くなって初めて涙を流して泣いていた。

 美結の膝に崩れ落ちてわんわん声を上げて泣いた。

 ひとしきり泣いた後、美結の喪服のスカートが俺の涙と鼻水でベタベタになっているのを見て、2人で可笑しくて笑った。




 その頃からだろうか。

 俺が美結を、姉ではなく小さい頃から一緒に居る幼馴染として、昔から仲良くしている異性として意識しはじめたのは。

 真正面から目を見られなくなった。

 ちょっとした仕草に心臓が高鳴るようになった。

 着替えを見られるのが恥ずかしくなった。

 それでもその都度、『姉ちゃんは姉ちゃんなんだ』と強引に言い聞かせて何とか気持ちを鎮めていた。




 高校1年が終わろうとする3月。

 美結は就職先の事前研修という名目で、来月から正社員になる会社でのバイトが始まった。

 俺は美結にバイトで貯めた金で黒いパンプスを買ってプレゼントした。


「来月からだけど就職おめでとう。」


 美結は本当に嬉しそうな顔で喜んでくれた。


「大事に使わせてもらうね!」


 俺は美結のこの笑顔の為なら何だって出来ると思った。




 高校2年の夏、美結が『ボーナス貰えた』と喜んでいた。

 今思えば、基本的に入社1年目にボーナスなんて出す会社は少なくて、多くは『寸志』として1万円程度が支給されただけだったんじゃないだろうか。

 それでも美結は『お姉ちゃんがご馳走してあげるからたまには外でご飯食べようよ。』と上機嫌だったので、『じゃあ駅前のラーメン屋』と言ったら怒られた。


 結局その時はホテルのレストランで食事をしたんだけど、俺も美結もそんな所のマナーとかエチケットとか知らないものだから、テーブルについて向き合って『この布何に使うの?』とか『何でこんなにフォーク置いてあんの?』とか騒いで周りから白い目で見られていた。

 それでも美結が、


「まるで恋人がデートしてるみたいだね。」


 と俺の気も知らずに大胆発言をしたものだから、調子に乗った俺が、


「じゃあ本物の恋人になってみる?」


 と返したが美結は『あはは』と力無さげに笑うだけだった。


 その後も何度か美結と2人で外へ食事に行ったり一緒に買い物をしたりはあったが、俺の気のせいかあの日以来、美結は以前にも増して『姉』という立場を前面に出してくるようになった。




 高校2年の冬休みに入る頃、俺は美結へのクリスマスプレゼントを考えながら部屋でスマホを弄っていた。

 一番に思い付いたのは指輪だったが、まだ早いかなと思って指輪のページとネックレスのページを交互に眺めていた。


 少し眠気がきてうとうとしていたところに晩飯に呼ばれてキッチンへと向かった。

 晩飯を食べていると、美結の方からクリスマスの予定を訊かれた。


「何も考えてない。何も無ければいつも通り家に居るよ。」


 そう言った時、美結が少し申し訳なさそうな顔になった。


「会社の人にパーティに来ないかって誘われてね……」


 俺は一瞬目の前が真っ暗になったが、社会人になればそういう付き合いもあるだろうと、努めて平静を装いながら、


「楽しんで来なよ。家の留守は俺が守ってるから。」


 なんて冗談めかして言った。

 美結は申し訳ないと嬉しいの中間のような表情で『ありがとう。』と言った。


 それでも翌日、俺はガチガチに緊張しながら人生で初めて宝飾店に入り、店員にあれこれ聞きながらネックレスを選んで買った。


 クリスマスはコンビニで買ってきたフライドチキンとケーキを食べながらテレビと一緒に過ごしていたが、夜の11時を過ぎても美結は帰って来る気配が無く、次第に焦り、それが腹立たしく思えてきて、クッションに顔を押し付けて大声で喚いていた。


 いつの間にかソファの上で寝てしまっていた俺を美結が起こしたのは、日も変わって随分遅い時間だった。


「遅くなってごめんね。」


 俺は半分寝惚けていたが、美結の顔を見た途端に何故か涙が溢れ出して美結に抱き付いて泣いてしまった。

 美結は俺の大きな体を支えながら頭を優しく撫でてくれた。


「遅いよ……」


 涙声で言う俺を、美結は『ごめんね』と言いながら宥め続けてくれた。

 落ち着いた俺に美結は『ぐでぐでに酔った先輩を介抱していたら遅くなってしまった』『電車もバスもなくなっていたので会社の人に送ってもらった』と遅れた理由を説明して、もう一度『ごめんね』と言っていた。

 俺はもやもやしていたものを払えた気がしたのと同時に、買ってあったプレゼントの事を思い出した。


「姉ちゃん、ちょっと待ってて。」


 俺は部屋に駆け込み、綺麗に包装されたネックレスの入った紙袋を持って美結の元へ戻った。


「メリークリスマス、姉ちゃん。」


 美結は『え?』という顔をして恐る恐る紙袋を受け取った。

 紙袋から包装紙に包まれたものを取り出した。


「開けていい?」


 俺が頷くのを見て、ゆっくり包装紙を剥がし、包まれていた物を見て目を真ん丸にしていた。


「え?こんなの……貰っていいの?」

「勿論。姉ちゃんの為に買ったんだから。」


 美結は少し震える手でケースからネックレスを取り出すと、手の上にペンダントトップを乗せてじっと見ていた。


「ありがとう……嬉しいよ……」


 その時の美結を見て、俺の中に抑えてあった美結への想いが噴き出してしまった。


「姉ちゃん……」

「うん?」

「俺……姉ちゃんの事が好きだ……」

「ありがとう。お姉ちゃんも晋平くんの事好きだよ。」


 俺は美結の言い様に恋愛の情が無い事を瞬時に悟り、思わず声を荒げてしまった。


「違うよ!そうじゃない!」

「な、何?どうしたの?」

「俺が言ってるのは……そういう事じゃなくて……」


 美結は怯えたような、それでいて少し悲しそうな顔をしていたのを見て、俺は最後まで言うことなく自分の部屋に駆け込んでしまっていた。


 それから年が明けるまで、俺は美結と殆ど会話をしなかった。




 年が明け、年度末は忙しくなるらしいと言っていた美結とは益々話をする機会が減っていた。

 俺はこのままでは想いを伝えるどころか、俺も就職活動やら何やらで忙しくなって何も出来ないまま終わってしまうと思い、高校3年になる直前の日曜日に美結をデートに誘ってみた。


「ごめんね。その日は先約があって。」


 その時俺は、美結が完全に俺の事を弟以外に見ていないと感じ取り、心の片隅に残った未練がやけに邪魔だと感じて、美結にトドメを刺して貰おうと思った。


「姉ちゃん……」

「どうしたの?」

「俺やっぱ……姉ちゃんの事が好きだ……姉弟としてじゃなくて……長い付き合いがあってずっと一緒に居る異性として……姉ちゃんが好きだ……」


 美結は少し困ったような顔をしていた。


 その顔を見た時、何故か俺の中で、美結への想いを垂れ流し続けているスイッチがオフになったような気がした。


「でも……姉ちゃんは俺のことを弟としか見られないだろうし……それはこの先も変わらないだろうから……」

「晋平くん……」


 俺は我慢していた想いを伝えるのと同じように、いつの間にか熱いものを頬に流していた。


「俺も……姉ちゃんを……この世で一番大切な姉ちゃんと思うように……努力するから……」


 美結も泣いていた。


「だから姉ちゃん……俺の事も……ずっと弟だって思ってて……俺の事……嫌いにならないで……」


 美結は俺に近付くと、精一杯手を伸ばして俺の頭を撫でた。


「何言ってんの……当たり前でしょ……晋平くんは出会った時からこの世でたった一人の大切な弟だよ……お姉ちゃんが晋平くんを嫌いになんかなるわけないでしょ……」


 俺は美結に抱き付いて泣いた。

 美結も俺の頭を撫でながら一緒に泣いていた。




 高校3年の秋、俺は近所の工場に就職が決まった。

 俺は知らなかったのだが、その工場の面接を受けた時の面接官に昔亡くなった義父と友達だったとか言う人が居て、住所と名前を見て『あれ?』と思ったらしく、面接後に別室で話をして『義父さんには随分世話になったから恩返しがしたい』とあっさり内定を出してくれた。

 入社式の時にその面接官が人事部長だと知ったのはまた別の話だ。


 手渡しで受け取った内定通知を持って帰り、美結に通知を見せると大袈裟な程に喜んでくれた。

 面接官の話をすると『戸田とだのおじさんかなぁ?』と亡き義父との思い出と一緒にどんな人だったか教えてくれた。


 その晩、美結は豪華に祝勝会をしてくれた。

 と言ってもいつもと変わらない俺と美結の2人だけの晩飯で、多少料理が普段作らないものが多かっただけだが。


 一通り食べ終えて満幅の胃袋を温かいお茶で落ち着かせていると、俺も半分忘れかけていたことを美結が話しだした。


 前の春休みに俺が遊びに誘ってくれたとき『先約がある』と言って断ったこと。

 俺はてっきり彼氏でも出来てデートの約束があるからだと勝手に思っていた。

 しかしあの時、確かに男性に会う約束をしていたらしいが、美結と付き合いたいという男性が『弟はいつでも会えるからその日は俺と』みたいな事を言ったらしく、それが俺の事を軽く見ていると感じた美結が『会うのはいいけどあの日を私と会える最後の日にしてやろう』と随分前から考えていたそうで、実際あの日は朝から出掛けて昼前には帰って来ていたのを思い出した。


 それを聞いて2人で大笑いした。


 そして美結は『今は気になる人は居るけど付き合ってはいない』と言った。

 俺が、


「じゃあ今度その人連れて来なよ。」


 と言うと、美結は驚いたような顔で、


「いいの?」


 と訊いてきたので、


「俺の兄貴になるかもしれないならまず俺が認める奴じゃないとな。」


 なんて、頑固親父みたいな事を言ってみた。

 そしてまた美結と2人で大笑いした。




 美結が連れて来た人は勤務先の先輩らしく、美結の3つ上、俺の5つ上の、年下が言うのも何だけど『爽やかな好青年』というのが第一印象だった。


「晋平君?初めまして。お姉さんの会社で働いている英田あいだです。」


 英田さんは折角美結の家に来たというのに、俺とばかり話をしていた。

 俺の趣味の事や、今までの苦労話とか……とにかく俺の話を楽しそうに聞いてくれた。

 何故か美結も俺と英田さんが色々話をしている様子を笑顔で見ていて、決して口を挟もうとしなかった。

 そして美結が昼飯を作りにキッチンに籠っていた時、


「俺、晋平君のお姉さんと付き合いたいと思ってるんだ。」


 なんて話を出して来て俺を狼狽えさせていた。


「でも、お姉さんと付き合えたとしても、お姉さんに一番近くに居る人と仲良く出来ないなら駄目だと思ってる。今日はまだ初めて会ったばかりだから何とも言えないと思うけど、俺はお姉さんと同じように、晋平君とも仲良くしたいと思ってるよ。だから晋平君と仲良くなれるまでお姉さんに告白はしないつもりだ。」


 俺は英田さんには勝てないと思った。


 英田さんが帰った後、美結は俺の部屋に来て『どうだった?』と訊いてきたので思ったままを伝えた。


「今度、英田さんと俺の2人で遊びに行ってみたい。」


 美結はにこっと笑顔を見せて『分かった。』とだけ言って部屋を出ていった。




 あれから1年。

 美結は英田さんと結婚した。

 最初、この家は俺が住んで美結は英田さんと部屋を借りると言っていたが、こんな大きな家に一人で住むのは勿体無いと、最終的に俺が出て行く事になった。




 姉ちゃん……幸せにな……




 俺の初恋は、今日この家を出る事で終わりを告げた。

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