あまのじゃくは ナく
ム月 北斗
カタカナひらがな
それは、私が四・五歳ころの話だ。
私の家は裕福とはかけ離れた所謂『貧乏』だった。
食事は決まって一日二回、おやつなんてもってのほか。幼かった私にとってそれはとても満足とは言えなかった。さらに酷い時は、夕飯のカップ麺一個だけの時や何も無いこともあった。
私の父親はというと・・・ろくに働きもせず、家で酒浸りの日々を送る『ダメ親父』。昼はパチンコ、夜は酒、酔えば暴力と典型的なヤツだった。
金を作らず借金ばかりこさえて来るもので、遂には母さんに愛想を尽かされ離婚。
それまで頑張ってきた母さんは、今まで以上に働くことになった。幼い私と一歳の妹のために文字通り『死ぬ気』で働いて育ててくれた。
当時のことを想うと、母さんには感謝してもしきれない。
ただでさえ忙しく休む暇もなくても、母さんは私に『文字の読み書き』を教えてくれた。
当時の私はどうにも物覚えが悪く、簡単な平仮名ですらまともに書けなかった。
例えば、『く』が反対に向いていたり、上を向いていたり・・・『い』の形が変だった時もあったな。あまりにも出来なさ過ぎて家の外に放り出されたこともあったよ。
母さんもストレスが溜まっていたのだろう、責めることは何年経とうともありえない。
そんな勉強もやがて実を結び、私は平仮名と片仮名を保育園の年長さんになって半年ほどで覚える事が出来た。ふつうはどのくらいの年齢で読み書きを覚えるものだろう?まぁきっと、私は遅かった方なのだろうね。
初めて平仮名で自分の名前を書き母さんに見せると、さっきまで疲れてやつれていた表情は、一瞬で優しい笑顔になり『よくできました。』と頭を撫でて喜んでくれた。私も嬉しかったさ、子供なんだし当然だろう?
母さんは私に『名前を書けたご褒美』として近所のスーパーに連れて行ってくれた。
現在そのスーパーはあの頃とは様変わりして大きくなった、当時は今ほど天井が高くはなく、広くもなかった。よく走り回って怒られたな。
その当時には珍しくもなかったプリクラの台が置いてあった、家族三人で一枚撮影してから買い物をしに行った。母さんのことなので、今でもそのプリクラを大事に持っていることだろう。少なくとも、高校時代にはまだ持っていたのを見ている。「恥ずかしい」そういうと母さんは「恥ずかしくないよ」と誇らしく胸を張った。『母は強し』とはこのことか。
母さんは妹を背中に
『貧乏』ということはどういうことか、当時の私でも理解していた。例えスーパーのお菓子売り場で、
歩きながら母さんはカゴの中へ魚やら肉やら野菜やらを入れていく。
とある売り場の一角へと辿り着く。一面に並んだ丸いどんぶり、そう、『インスタント麺コーナー』だ。
私にとってそこは、お菓子コーナーよりも楽しい場所だった。色とりどりのパッケージ、丸いのも相まってまるで『花』のように見えた。
そこで母さんは言った、『普段より少し高いのでもいいよ。買ってあげるから。』
高くてもいい、しかし私はそこでも我儘を押し殺そうとした。安いのを選ぼうとしたのだ
『赤いきつね』と『緑のたぬき』、当時は今よりも安く買えたと記憶している。たしか百円くらいで買えたはずだ―――たぶんね。
二つの内のどちらにするか、悩んでいると母さんから『上の方のでもいいんだよ?』と声を掛けられ上を見上げると・・・ある意味で運命的な出会いをした。
同じ東洋水産の『白い力もちうどん』。
あの時、母さんがその存在を私に教えていなければ、あんなことにはならなかっただろうに・・・。
少し話を戻しますが、これは、『名前を書けたご褒美』。子供でも大人でも、褒められれば調子に乗るものだ。
当時の私は母さんにもっと褒められたかったので、それを指差して大きな声で言った。
「僕、
そこまで大きくない店内BGMではその声をかき消すことは出来ず、ましてや天井が高くないことも相まってその声は、店内中に響いた・・・。
無論、そのスーパーは近所の人や町内の母さんの知人も使っている、私のことを知っている人もたくさんいたことだろう。
母さんには私の声が聞こえていたはずだ、しかし返事がないので私はもう一度大きな声で言った。
「僕!!
二度目の大声を聞いた母さんは、それはもう大急ぎで『赤いきつね』と『緑のたぬき』、『白い力もちうどん』をカゴに放り込むと私の手を握ってレジへと走った。もしあの時、兵法を知っていれば『脱兎のごとく』の意味を身をもって知ることができただろう。
大急ぎでレジへ駆け込んだ母さんでしたが、運が良いのか悪いのか、レジを打っていたのは近所に住んでいるおばさんだった。
「あら~〇〇君、お母さんとお買い物?」と幼い私は聞かれて、「うん!」と元気よく答えた。
「お昼ご飯食べたの?」
「おうち帰ったら食べる!」
「何食べるの~?」
「
一瞬だったなー、母さんの手が私の口を塞いだ。
その時見上げた母さんのことを今でもはっきりと覚えている。
何かの拍子に、ちょっとでも突っついてしまえば火でも吹くんじゃないかというくらい、母さんの顔は『真っ赤』でした。
買い物を終え、逃げるように家に帰ると母さんがお湯を沸かし始めた。
楽しみだった『
「あなたは落ち着きがないからお餅をのどに詰まらせるかもしれない、だから今日はきつねかたぬきにしなさい。」あの時の母さんはおそらく、いや、間違いなく怒ってたと思う。
結局私は『
大人になった今でも、スーパーで『
時間が無いわけでもないのに、大人になると時間が迫ってくるような気がして仕方がない。落ち着きのない男だな、全く―――
『ありがとう』
ん?ただ、それだけさ。
素直になれない『あまのじゃく』は、こうして人知れずにナくんだよ。
あまのじゃくは ナく ム月 北斗 @mutsuki_hokuto
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