第5話 赤いきつね大好き問題解決! 特別編

 朝と夜の寒さが身に染みて温かいうどんの恋しい時期です。Q太郎は厚揚げのように厚いジャケットを着て今日もお散歩。未知なる問題を解決するため大張り切りです。

「何か問題はないかな? 困っている人はいないかな?」

 住宅街の路地を進んでいると、向こうから男の人が歩いてきます。ヨレヨレのジャージにざんばらの髪。髭もちゃんと剃っていません。不景気な顔をして、段ボールの箱を抱えながら歩いています。それに、おやおや? 何だか困っている様子です。

「あーまた買っちゃったよ。しかも一箱。もう駄目だな……本当にどうすれば……」

「ねえねえ、何か悩み事?」

 男性の前に立ちふさがり、Q太郎は聞きました。

「うわっ! びっくりした……何だい、君は?」

「僕はバベルのQ太郎! みんなの悩み、困りごとを解決する専門家だよ!」

「バベルのQ太郎。バベルビルの関係者か……困りごとって……まあ確かに困っちゃいるけど」

「聞かせて、その悩み! 僕に何かできることがあるかもしれない!」

「……そうかい。まあ立ち話もなんだ。僕の部屋に行こうぜ」

「うん、分かった!」

 知らない人についていってはいけません。しかしQ太郎の燃え上がる親切心が言いつけを凌駕しました。Q太郎は男性の部屋についていきます。みんなは真似しないでね?

「よっと……ちょっと散らかってるが……ま、適当に座ってよ」

 男性の部屋は1DKでした。ダイニングには男性が抱えていたものと同じ段ボールがいくつも置いてあります。

「こんなにカップ麺食べたの? すごいね!」

「すごいもんか。大弱りだよ、もう食べたくないのに……またさっきも買ってきちゃったんだ」

 そう言い、男性は抱えていた段ボールを床におろしました。

「あ、知ってる! 赤いきつねだ!」

 Q太郎は座布団に座りながら、箱を見て指さしました。マルちゃん印の赤いきつねが十二個入った段ボールです。

「そいつがどうにも好きすぎてね……困ってるのさ。さ、茶でも飲んでくれ」

 男性は赤いきつねのカップにお湯を注ぎ、Q太郎の前の床に置きました。

「僕、こんなの食べたらお夕飯が食べられなくなっちゃうよ」

「え? お茶の一杯くらい……あっ!」

 男性は自分の分の赤いきつねにもお湯を注ぎ、そこで気づきました。これはお茶じゃない、赤いきつねだと。

「はあ……すまない、そいつは俺が食うよ……」

 男性はQ太郎に出した赤いきつねを自分の方に寄せ、大きなため息をつきました。

「僕Q太郎。あなたの名前は?」

「坪井丸太郎ってんだ。大学生だよ」

「ふうん。それで困りごとってなあに?」

「困りごとってのは、他でもないこいつさ」

 坪井さんは自分の前にある赤いきつねを指で叩きました。

「俺はこいつがどうも好きすぎてね。何かにつけて間違えて食っちまうんだ。今もお茶と間違えて赤いきつねにお湯を注いじまった。風呂に入ろうとガスを付けたら赤いきつね。さあ寝ようって電気を消したつもりが赤いきつね。そんな調子さ」

「変なの。赤いきつねを食べすぎだよ」

「こいつのせいでバイトの面接も落ちてね。出かけた先でも赤いきつねにお湯を注いだままなんじゃないかと不安で不安で……面接どころじゃなくなって飛び出しちまうんだ。大学の試験だってその調子さ。おれはこいつに魅入られてる。さっきもスーパーに買い物に行ったら、気が付くと買ってたんだ。」

「それで、困りごとってなあに?」

「だから、赤いきつねを好きすぎて、ついつい食いすぎちまうんだよ」

「好きであることが問題なの? 食べ過ぎることが問題なの?」

 要件定義は重要です。問題の本質を探るべく、Q太郎は問いかけます。

「そう突き詰められると……そうさな……栄養の偏りかな。野菜の代わりに赤いきつね食ってる時があるし、ちゃんと野菜や肉を食いたい」

「赤いきつね以外の食品もバランスよく食べられればいいんだね? 分かった! 僕何とかしてみる!」

 言うが早いか、Q太郎は走って坪井さんの部屋を出ていきました。

「何だか変な子供だったな……やっぱバベルビルの噂は本当なのか? お、出来上がりの時間だ」

 坪井さんは大好きな赤いきつねをにこにこしながら食べ始めました。お出汁が効いていてとっても美味しいですね!


 家に帰ったQ太郎は机に座り、ノートを開いて考え中でした。

 バランスのいい食生活ってどういう事? Q太郎は厚生労働省のサイトを見て研究します。

 食べ物は三つに分類されます。

 赤色の食品は血や肉を作る材料となる食品です。肉、魚、卵、大豆、牛乳等が該当します。

 黄色の食品は働く力になる食品です。ご飯、パン、芋、砂糖、油等が該当します。

 緑色の食品は体の調子を整える食品です。野菜や海藻、果物等が該当します。

 赤いきつねはどの色に該当するでしょうか? うどんは炭水化物で黄色、おあげは大豆で赤色です。

 色だけで考えると、緑色の食品がありません。つまり、赤いきつねだけでは栄養が偏るというわけです。

「ふうん。坪井さんが言ったように野菜も食べないとだめなんだね。よし、坪井さんの肉体を大改造だ!」

 Q太郎は思いついたアイディアをノートにどんどん書きなぐっていきます。

 一体どんな解決方法なんだろう? 楽しみですね!


 一週間後、坪井さんは悪夢を見て飛び起きました。悪夢……そう、何か恐ろしいことが起きたのです。誰かにつかまって、無理矢理手術をされて……はっきりとは思い出せません。小さな子供を見たような気もしますが、霞がかかったように朧気です。

「もう十時か……寝直すか」

 今日は土曜日。学校は休みだしバイトも決まっていないので何も予定はありません。

 坪井さんは喉が渇いていたので流しに行って水を飲みます。そこでハッと気づきました。

「赤いきつねじゃない……!」

 いつもなら、ここで赤いきつねをすすっている所です。しかし今日は普通に水を飲んでいます。

「一体どういう事なんだ……?」

 坪井さんは困惑しながらもお腹が空いていたことに気づき、魚肉ソーセージを食べることにしました。そこでハッと気づきました。

「赤いきつねじゃない……!」

 それは魚肉ソーセージでした。赤いきつねではないのです。

「治ったのか? ええい、ちょっとスーパーに行って確認してみるぞ!」

 坪井さんは矢も楯もたまらず走り出していきます。

 スーパーまで徒歩十分。お店につくと一番安いガムのお菓子を買いました。

 会計を終えてスーパーから出ます。そこでハッと気づきました。

「赤いきつねじゃない……!」

 持っているのはガムのお菓子でした。赤いきつねではありません。快挙です。

「やった! 赤いきつねを克服したんだ! 俺は生まれ変わった!」

 坪井さんは周囲の奇異の目も気にすることなく跳ね飛びました。しかし赤いきつねを買っていないとなると、無性に食べたくなります。坪井さんは赤いきつねを克服した記念に、赤いきつねを食べたいと思いました。

 すると、おやおや? 真っ先に目に入るのは赤いきつねの山です。一玉百五十八円。表記がおかしいですが籠に入れます。

「ひひ! お湯が注いであって食べごろじゃねえか! こいつは堪らねえや!」

 坪井さんは我慢できずに赤いきつねをむさぼります。しかし食感が変です。妙にザクザクして、青臭いのです。

「あ、赤いきつね! どこだ! これじゃねえ!」

 坪井さんは籠に入れた赤いきつねを片っ端から食べます。しかしどれも変な味しかしません。

 一袋百九十八円。一山二百五十八円。一房三百十八円。色々な値段の赤いきつねがあります。坪井さんはその全てを食べますが、どれも赤いきつねではありません。

「赤いきつねはどこだ! うおおお!」

 坪井さんは大きな声を出してスーパーの中を走り回ります。

 百グラム七十八円の赤いきつね。一パック三百九十八円の赤いきつね。これも違います。口に残るのは生肉の様な味と冷たさです。どれも赤いきつねではありませんでした。

「お客様! 困ります! 暴れないでください!」

 赤いきつねが坪井さんに話しかけます。今までで一番大きな赤いきつねです。

「うわおー! 赤いきつね食わせろー!」

 坪井さんが大きな赤いきつねに飛び掛かり、蓋をめくって麺を啜ります。変な味ですが、一番赤いきつねに近かったかもしれません。

 坪井さんはそのまま赤いきつねを食べ続けました。遠くにパトカーのサイレンが聞こえ、武装した警官隊が入ってきました。

 けれどもその警官隊も、坪井さんには赤いきつねに見えました。


 Q太郎がテレビのニュースを見ていると、坪井さんが出ていました。スーパーに並べてある野菜やお肉を次々に食い荒らし、最後には店員の顔の肉を食べてしまったそうです。傷害と殺人未遂の現行犯でした。

 Q太郎の施術がうまく行ったようです。野菜やお肉が赤いきつねに見えればバランスの良い食事になるはず。そう思って脳に処理を施したのです。

 Q太郎はテレビを見ながらほくそ笑みます。

「ウッシッシ! 坪井さんも喜んでるみたい! 大成功だ!」

 こうして赤いきつね大好き問題は解決しました。めでたしめでたし。




参考文献

・厚生労働省 e-ヘルスネット

 野菜、食べていますか?

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-03-015.html


 食生活のあり方を簡単に示した栄養3・3運動

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-03-001.html

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