バベルのQ太郎

登美川ステファニイ

第1話 高齢者問題解決!

 よっす! オイラ、ドミノ町に住んでるQ太郎! 人呼んでバベルのQ太郎さ!

 オイラ聞いたんだ。最近日本社会の高齢化が問題になってるって! オイラ俄然やる気がわいてきた! 高齢化! オイラが大解決しちゃうぜ!


 ここは街はずれの廃工場。バベルビル建設時には活気にあふれていたが、完成した今となっては用済みの役立たず。高価な機械だけ抜き取られ、空になった伽藍洞の如き建築フレームだけがそのままになっていた。

「Q太郎君、本当にぺスがこんなところにいたのかい?」

 四年二組のノコ太君。Q太郎の同級生で無類の犬好きだ。愛犬ぺスとの毎朝の散歩が何よりの楽しみ。だけでも参ったことに、その愛犬のぺスが三日前に逃げ出してしまったんだ。

「もちろんだよ、僕に任せて! もうちっと奥だったかな? こっちこっち!」

 ノコ太郎君の前を小走りで蛇行しながら進むQ太郎。本当はまっすぐ走りたいけど、ノコ太郎君は足が遅いのでやむなく蛇行して帳尻を合わせているんだ。

 Q太郎の案内でノコ太郎君はずんずん奥へ進んでいく。町から離れて、どんどんうら寂しくなっていく。

「わっ!」

 ノコ太郎君がびっくりして声を上げた。電柱の脇に行き倒れて白骨化した死体があったからだ。

「こ、こ、こんなの……大変だよQ太郎君! 警察に言わないと!」

「何だい、びっくりした声を上げたから何かと思えば、ただの死体じゃないか」

 Q太郎はふんと鼻で笑った。

「いいっていいって。こんなのこの辺じゃよくあることだよ。内臓を抜かれた酔っぱらいさ。気にすんない」

「ええっ、そうなの……でも……」

「ささ、いいからいいから。もうちっとさ。ペスに会いたいんだろ? 会えるよ、もうちっとさ」

 ケラケラと笑いながら、Q太郎はノコ太郎君の手を引いて進んでいきます。ノコ太郎君はすっかり怖くなってしまいましたが、ペスに会いたい一心で頑張って歩いていきます。

「おっ、着いたよ!」

「はぁはぁ、ここかい?」

 たどり着いたのはこじんまりとした作業小屋。辺りはすっかり薄暗くなっていました。ムクドリがぎゃあぎゃあと鳴く声が遠くで聞こえます。それに犬の遠吠えも。この辺りは野犬がそのままになっているので、少し危ない場所です。

「おおい、ペス! どこだあい……何だい、いやしないじゃないか」

 ノコ太郎君はペスを呼んでみますが、一向に返事がありません。いつもならワオンワオンと元気に吠えて走ってくるのです。

「ねえ、本当にこの辺で見たのかい?」

「そうだよ! この辺この辺! この小屋の中にでもいるんじゃない? 昼寝してるんだよ、きっと」

 Q太郎はぼろっちい作業小屋のドアを開けます。ドアは鍵もかかっておらず、静かに開きました。

「えっ、勝手に入っちゃいけないよ」

 ノコ太郎君の倫理観はしっかりとしたものでした。毅然としてQ太郎に言います。しかしQ太郎は全く取り合わず、ノコ太郎君をせかします。

「早く早く! 中にいるよきっと。ちらっとなら大丈夫さ。持ち主なんかどうせ死んでるよ」

 そう言って、Q太郎はノコ太郎君の背中を小屋の内側へ押していきます。

「お、おい。押すなよお!」

「いいのいいの! ジャジャーン! 感動のごたいめーん!」

 Q太郎が大仰に両腕で部屋の奥を指し示します。そこにはペスがいました。ぼろい段ボールの上にぐったりと横たわっています。

「あっペス! 本当にいた! 一体どうしたんだい、お前! すっかり弱ってるじゃないか!」

 ノコ太郎君はペスに駆け寄り、汚れるのも構わず地面に座り込みます。顔を寄せるノコ太郎君の鼻を、ペスは力無く一舐めしました。

「良かったね、ノコ太郎君! 犬は後で君んちに返しといてやるよ!」

「えっ、僕ペスを連れて帰るよ! こんなの放っておけないよ!」

「君にはまだ用があるんだよ、この僕がさ」

 そう言い、Q太郎はぼろ小屋の壁にある電気のスイッチを押しました。ぼろい小屋だが電気は点き、奥にあるものを照らし出します。

「あっ! 何だい、これ?」

 ノコ太郎君はペスを抱きしめたまま、現れたものに驚きの声を上げます。そこには縦長のガラスのカプセルが二つありました。しかも、その一方にはおじいさんが入っています。裸にされ、全身にいろいろなケーブルが繋がれています。

「おじいさんが入ってる……大変だ、Q太郎君! 助けてあげないと!」

 ノコ太郎君は言いますが、Q太郎はにやにやと笑っていました。

「そのおじいさん知ってる? ドミノ町で一番のお年寄り、百八歳の宝田さん。先月百八歳になって、ニュースにも出てたんだ」

「うん……見たかもしれないけど、なんでこんなことに? Q太郎君は何か知ってるの?」

「知ってるも何も僕がやったのさ! 家に押し入って眠らせてここまで運んだんだ。今頃警察が大慌てで探してるよ!」

「えっ! Q太郎君が? どういうことなの?」

 ノコ太郎君は不安でペスを抱きしめます。ペスは儚げな声で唸りますが、体を動かすことはできませんでした。Q太郎が食べさせた薬のせいです。

「ノコ太郎君、君を選んだのには理由があるんだ。当ててみな。ヒントは、君が一番ってこと!」

「僕が一番? そんな……何だろう……僕が一番……」

「ほらチックタック、チックタック! 時間切れー! 正解は年齢です」

「年齢?」

「ノコ太郎君は二月十九日生まれだろ?」

「うん。それが何で一番なの?」

「一番若いって事さ。一番の年上は丑太郎君で四月四日生まれ。丑太郎君と君とじゃ十か月も違うんだ。同じ学年なのに不思議だね」

 Q太郎は歯を剥いてケラケラ笑いました。

「そ、それで……僕を選んだって、何に選んだんだい……?」

「高齢化を解決するんだよ。町内でいっちばーん年寄りの宝田さん。うちのクラスでいっちばーん若いノコ太郎君。ここで割り算の問題だよ。宝田さんの年齢とノコ太郎君の年齢を足して割ったら、どうなる?」

「どうなるって……そんなの足して割ったって何にもならないよ!」

「ぶっぶー! 正解は、高齢者じゃなくなる! 百八足す九は百十七! 余りは捨てて、割ると答えは五十八! 国連のWHOの定義では高齢者は六十五歳以上だから、宝田さんは高齢者じゃなくなります! もちろんノコ太郎君もね!」

「えっ。何、どういう事?」

「まだ分かんないのかい、ノコ太郎君!」

 Q太郎はポケットから注射器を取り出しました。

「君と宝田さんを半分にして、くっつけ合う。そうすりゃ高齢者がいなくなって、日本の高齢化問題は解決するんだよ」

 Q太郎は注射器を手にノコ太郎君に近寄っていきます。Q太郎は目をらんらんと輝かせます。まるで大好きなおもちゃを目にした時のような目の輝きです。

「や、やめてよ……やめてくれよ、Q太郎君……」

 ノコ太郎君はお尻をついたまま、ペスを引きずりながら後ろに下がります。しかし壁に背中がぶつかって、それ以上後ろに進めません。

「安心しな、ノコ太郎君。そのペスだけはちゃんと家に帰してやるよ。でないと可哀そうだかんな……ヒヒ……」

「うわ……やめ――」

 ノコ太郎君の小さな悲鳴が聞こえました。しかし、聞く人は誰もいません。廃工場地区は汚染がひどいため、勝手に入ってはいけないからです。勝手に入っているのは、みんなろくでもない人たちです。そう、Q太郎もね。


 翌日、公民館の前に宝田さんとノコ太郎君の入ったカプセルが置かれていました。だけども、二人とも少し様子が違います。宝田さんの下半身は随分小さくて若くなっていました。反対に、ノコ太郎君の下半身は大人のような大きさでしたけれども、しわしわのおじいさんのようでした。

「あぁ……ペス……ペス……そこにいるんだね……ははは……」

 ノコ太郎君はすっかり動転して、正常な思考が不可能になっていました。宝田さんも同様です。

 近所の人達が集まって、駐在さんもやってきます。みんな大騒ぎです。

 そんな様子を見て、Q太郎君はほくそえみました。

「ウッシッシ! みんな喜んでるみたい! 大成功だ!」

 こうしてドミノ町から一人、高齢者がいなくなりました。めでたしめでたし。

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