第8話
猟銃の発見に伴い、またも屋敷の住人たちは行動制限を受けることとなった。各自自室に籠り再度警備隊からの聴取を受ける段取りだ。フレアは自分で狸を捌き盆に乗せ部屋に持ち帰った。毛皮はヨーハンに渡し帽子にしてもらうそうだ。狸の毛皮からも火薬の匂いが僅かに付着していることから、とりあえず部屋に来た隊士に告げておいた。窓から罠があった場所を説明すると隊士は首をかしげていたがフレアとしても同様の思いだった。
皆が部屋から出ることを許されたのは昼過ぎのお茶の時間だった。この時間なら食堂にまだ誰かいるかもしれずフレアは階下に降りてみることにした。食堂の雰囲気は沈んだままで家人はポンタスだけで他にいるのは使用人だ。
「いらっしゃいませ、何か飲みますか」フミが立ち上がりフレアに声を掛けると傍にいたマキとマーブルが動き出した。
「薄めのお茶をお願いします」
朝に一緒だったヘクターも顔を出していた。慌ただしかった朝の埋め合わせにスコーンをほおばっている。ポンタスはぼんやりとお茶のカップを両手で支えている。
「猟銃が見つかったそうですね」とフミ。
「はい、そんなそんなやり取りを聴きました」 離れた場所にいるヘクターが黙って頷いた。
「銃なんて足が付きやすよね。どうして置いていったんだろ」ポンタスが呟いた。
「隠してるつもりだった……とか」
ヘクターが半分になったスコーンを見つめながら答える。
「また、取りに来るつもりだった?わたしなら持って帰るね。また戻ってくるなんて願い下げだよ」フミがため息をつく。
それっきり誰もしゃべらなくなった。重い静寂にお茶を飲み込む音さえ食堂に響き渡っているように感じる。そんな中で女性の悲鳴が聞こえた。
「奥様?」フミが立ち上がる。
声が聞こえたのは外の廊下からだ。全員席を立ち廊下へ向かう。何人もが階段を慌ただしく降りる音がする。
「奥様!」これはショーンの声か。
「何かの間違いです。そんなことあるはずがありません」絶叫に近いパトリシアの声だ。
全員声のする玄関の方向に向かい走る。玄関口ではオスカーが警備隊士達に前後を囲まれ外へ連れ出されるところだった。パトリシアは床に倒れている。傍に付いているのはショーンとクリス。瞬時に皆状況を飲み込むことができた。オスカーがヨアヒム殺害の容疑者として連行されるのだ。
「ヘクター手伝ってくれ」とショーン。
「はい」
パトリシアは三人で抱え上げられ二階へと上がっていった。
フミが警備隊の最後尾にいた隊士を捕まえ、ポンタスとマーブルで取り囲む。
「どういうことなんですか、アンディッシュさん」隊士は短い金髪で大柄の偉丈夫な男だが三人の男女に囲まれ動けないでいる。
「オスカー様をどうするつもりなんですか?」
フミが興奮気味の声でアンディッシュに詰め寄る。
「落ち着いてくれ」アンディッシュが両手を胸の前に出す。そしてなだめる手を上下に振る。「俺もオスカーさんの人柄は良く知っている」
「じゃぁ、何で一言言ってもらえないんですか。黙って見ているんですか?」
「……不利な状況証拠が揃い過ぎているんだ」アンディッシュは躊躇いつつも言葉を進めた。「まず見つかった猟銃はオスカーさんの銃だった」
「誰かが持ち出したのかも」
「鍵を持っているのはあの人だけなんだろ?」
「うん……でもわざわざ自分の銃を使うなんて……」とポンタス。
「小さな村だ、別の銃を用意するのも目立つのではないか、と考えた。それがエルグム隊長の答えだ。一時隠しておいて後に回収する。それが森の獣に暴かれた」
皆が黙り込む。
「それに……動機もあるようだ」
「何だよ、それ」
「新しい工房の件だよ。資金協力の要請についてはあまり穏やかじゃなかったそうだね」
マーブルが口を押える。
「それは……」
「皆知っているようだね」とアンディッシュ。
「さらにまずいのはオスカーさんが犯行の時にどこにいたのか言ってくれないことなんだ」
「あなた達も知らないようだ……」 これについては誰も声を上げることは出来ない。
フレアも同様だ。ポンタスが昨夜訪ねた際も部屋にオスカーの姿はなく、彼が姿を現したのはパトリシアが倒れてからしばらくしてのことだ。
「俺も信じられないんだ」アンディッシュはため息をついた。彼も納得はしていない。それは本心のようだ。しかし、感情で行動は出来ない。
「……何か気が付いたことがあったらすぐに知らせてくれ。力にはなりたい」
アンディッシュはそこまで言うと他の隊士の後を追い去っていった。
誰もアンディッシュに言い返す言葉が無く。しばらく皆黙り込んだままだった。重苦しい沈黙を破ったのはポンタスだった。
「おかしいよ」
ポンタスは肩を震わせる。
「絶対におかしいよ」
再び黙り込んだ後、フレアの目としっかりと見つめ両手で右手を握りしめた。
「フレア手伝ってよ。兄さんの無実を証明するのを手伝ってよ」
「ポンタス様……」フミがたしなめる。
「フレアはさ、帝都で色々と事件を解決しているんだよ。その力を僕たちにも貸してよ」
「あれは……」
「あぁ……」使用人達の声が上がる。
こちらにも遅れはあるが新聞が届いている。そして、歪んだ情報ではあるがローズとフレアの活躍も伝えられている。
「あれはですね」
ほとんどの事件においてフレアはローズの指示で動いているだけだ。ローズが指定した人物をフレアが探し出しローズが意識を読む流れとなっている。
「ねぇ、お願いだよ。力を貸してよ」ポンタスは握る手に力を込める。
「フレアさん……」マーブルまでがこちらを見つめている。
断れそうにない。逃げてしまいたいがそうもいかない。
「わかりました。ローズ様の手伝いなしでどこまでできるか」ローズがむしろ主力であるが「……自信はありませんが出来る限りやってみたいと思います」
フレア達は全員でヨアヒムの書斎へ向かった。扉はフレアが強引に開いたため中途半端な場所で止まっている。扉を軽く押し開けるとまず絨毯の赤黒い染みが目についた。
「ひっ……」マーブルの息を飲む声が聞こえた。口を押さえ目を背ける。
フミも喉元を手で押さえる。ポンタスはじっと堪えている様子だ。
フレアは一人で書斎に入った。穴の開いたガラス窓の向こうには猟銃が見つかった丘が見える。罠があった場所はヨアヒム本人が窓辺に寄り見下ろす必要がある。あそこからも狙えないこともないだろうが弾丸の着弾点は天井になるだろう。それから、ヨアヒムは後ずさり血痕のあった位置で倒れたことになる。 しかし、天井には何の痕跡もない。
「やはり、ヨアヒムさんはここで撃たれたと考えるのが自然ですよね」フレアは血痕の傍に歩いていった。「机で書類仕事をしていたヨアヒムさんは何かの意図があって窓の前までやって来た、その時に狙われた」
発見当時は書き物机の上には帳簿や書類が置かれインクとペンが添えられていた。書き物机から足元までフレアは指を動かす。
「何があってここまで来たのか。もう、寝室へ引き上げるつもりだったんでしょうか」 とフレア。
「それはないと思うよ。いつももっと遅い時間まで仕事してるし、まず父さんが机の上を片付けないなんてありえないよ」
「えぇ、それにお休み前の飲み物をお伺いする時間もまだ早かったですし」とマーブル。
「もし、何か用事が出来たらどうするんですか?」 ヨアヒムが席を立った理由を考える。
フレアとローズの場合はイヤリングで繋がってる。他にも多くの人々とも。
「外に出て階段の上から大声で叫ぶんだよ。そうすれば誰か来るから」
「えぇ」
「何か思いついて席を立ったヨアヒムさんが扉の前に出た瞬間を狙われた……」
「それじゃ犯人は外で延々と旦那様が席を立つのを待っていたということですか?」フミが腕を組み考え込む。「それは無理があるような……あぁ、誰かが誘い出せば……」
「誰かってこのお屋敷の中に犯人の仲間がいるって言うんですか」マーブルが声を上ずらせる。
「それが手っ取り早いとは思います。外から誰かがヨアヒムさんを扉の前まで呼び出す。そこを狙い撃つ」
「外にいちゃすぐにばれるでしょ」 とマーブル。
「すぐ後に銃声が聞こえたとしても、まず関心を持つのは音がした外の様子です。音を耳にした者を窓辺に引き寄せるか。警戒心で動きを封じているうちにその場から姿を消す。速やかに持ち場に戻れば後の騒ぎに紛れ込むことができます」
「嫌な考えだけど、中で働いているなら猟銃を盗み出す隙があるかもしれませんね。それを犯人に手渡し、犯人は旦那様を撃った後銃を放置して逃げる。疑いが向かうのはオスカー様」とフミ。
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