第48話、その、あまりにタイミングの良すぎるすれ違いの答えは



「いつまでも寝てんじゃねぇーっ、このタコスケがぁーっ!」


一体どれくらい意識を失っていたのか。

そんな吠えかかるような。

ジャックの声に呼び起こされるようにして、晃は目を覚ました。


身体を包むのは、夏草の感触。

ほんのりと暖かな日差し。



「……ジャック、無事だったんだな」

「無事だったんだな、じゃないっての! 死ぬかと思ったぞ、全く無茶しやがって!

……おーいみんな~! ラキラのやつ目を覚ましたぞ~っ!」


ぶちぶち文句を言っていたジャックにはどこも怪我はないようで。

そう叫びつつ辺りを飛び回る。

それにつられるように晃は起き上がり、ざっと辺りを見回してみた。


そこは、地の国の外……地上なのだろう。

晃の見たことある人、ない人も含め、たくさんの人たちがいた。

誰も彼も一様にして水浸しの状態で、何が起こったのかも分からない様子で呆けているのが分かる。


中でも注目すべきは、地の国の人々だろう。

かつてその背にあったはずの闇の翼が消えていた。

どうやら、晃の目論見はうまくいったらしい。


晃の目論見……それは、自分の力を使い、地の根城全てを水で覆うことだった。

癒すことはあっても、傷つけたり呼吸を奪うことのないその水を。


竜の姿をした水は、蟻の巣のように大地に蔓延る城内中を駆け巡った。

爆発による怪我、崩落による怪我、背中に生えた闇の呪い。

これらを全て巻き込み癒し、洪水となって地上へと飛び出す。


水が城全体に行き渡るまでの時間はエイリが作ってくれたし、幸いか定められたものなのかは分からないが、それを可能にするだけの膨大な水もちゃんとあったからこそ、ではあるが。



「やぁやぁご苦労! ラキラならやってくれると思ってたよ!」


不意に聞こえてくる、そんなユタの声。

晃が顔をあげると、そこにはユタと、何故かスミレがいた。

それは、現実世界では見慣れた光景だったけれど。



「ユタ、あまり騒がないで下さい。今日、地の国を救ったのはあくまで水の王、なんですからね」


それはつまり、本物の水の王がラキラであると明かさないままにしておく、ということなのだろう。

本当のことを目で見て知っているスミレはともかく、ユタがそれを知っているのはどういうわけなのか。


「……二人は知り合いだったのか?」


それを知る意味も含めて、晃はそんな事を聞いてみた。


「おお、もちろんよ。このユタ様の可愛い可愛い妹さ。事情はスミレから聞いた。言っておくけど、妹はやらんぞ」


どうやらユタは、妹のスミレのことが心配でこの地にやってきていたらしく、相方の事情を知ったジャックが、二人の連絡役をしていたらしい。

晃がスムーズにジャックと連絡が取れたのも、ユタのおかげだったというのは驚きだったけれど。


「ただの知人……いや他人ですから、あまり気にしないでいただけると、私としても助かります」


スミレは、そんなユタの言葉をだいたい無視して、晃の問いに答える。

その全く相手にされていない風と、いじけて地面にのの字を書いている様が、やっぱり豊と香澄に似ている気がして。

晃は苦笑を浮かべて、合わせるように言葉を続ける。



「カーナさんは、無事か?」

「はい、おかげ様でばっちりご健在です。今、闇の人たちの事情を聞いているところなんで、ちょっと手が離せないみたいですけど」

「……事情?」

「ええ、どうやらですね、闇の一族のみなさんも、あの闇の翼に精神を乗っ取られてたみたいなんです」


スミレが言うには、ダァケシ・オノマを初めとする闇の一族のものたちは、自分たちが何故ここにいるのかも分からない状態なのだという。

それほどまでに強い呪いがかかっていた。

つまりはそういうことなのだろうが。


今回の地の国の乗っ取りから始まった、一連の出来事。

それも彼らの仕業ではなかったとすると。

真の黒幕が別にいるのかもしれなくて。


「闇の一族の人たちはどこにいる? 会って話をしたいんだが……」

「あ、奥の日の当たらない森のほうにいますよ、案内します」


不意に浮かんだのは、何かを渇望し、訴えるかのようなクロイの瞳だった。

彼女なら、何か知っているかもしれない。

そう思って、スミレの後に続こうとして。



「ラキラ様っ! ご無事でしたかーっ!」


突然、暑苦しくも芝居がかった、そんな聞きおぼえのある声がする。

スミレを制して、ラキラがそちらに視線を向けると、そこには白銀の甲冑をガチャガチャ揺らしながら突進してくる、豪奢な尾ひれつきの秀一……いや、秀一によく似た人物がいた。

秀一似の騎士は、晃の目前でぴたりと停止し、跪く。



「……」


しかし当の晃はそんな彼に困惑するばかりっだった。

確かに秀一に似てはいるが、晃にとっては初対面に等しかったからだ。

そんな晃のことを察したのかどうかは分からないけれど。

旋回しつつ戻ってきたジャックが、そのまま足で跪く騎士のこめかみを、蹴りつけた。


「な、何をするジャック!」

「うるせーっ! 目立つ真似すんなっつたろ! って、それよりマーサの姿がないってのはどういうことだよ!」


詰め寄ろうとする騎士に、ジャック自身も興奮しているのか、大声でそう怒鳴り返す。


「馬鹿なっ? いないだと! そんなはずはっ、この先は危険だから待っているよう、言ったはず!」

「ボケ! それでおとなしく待ってんなら騎士なんていらねーんだよっ!」


たちまち、言い合いを始める二人。



―――マーサ。


晃には、その名前に当然聞き覚えがあった。

それは、ラキラの本で見た、水の王だったものの名前だ。

そしておそらく、柾美でもある。

そこまで考えて、晃はラキラが元々持っていたものを何一つ持っていないことに気付いた。


旅の必需品である道具袋と。

その中にあったこの世界に来るきっかけとなった本。

そして、首にかけていたはずの懐中時計をも。



「マーサって水の女王様の名前じゃなかったっけ?」

「正確には影武者だと思いますけど」


と、取っ組み合いになりかねない二人を傍目で見ていたスミレとユタの、何気ない風の会話が聞こえてきて。

まるで、雷に打たれたかのように晃の全身を駆け巡る、嫌な予感。



「……くっ!」


晃は溢れる焦りを隠そうともせずに、秀一に似た騎士に詰め寄る。

彼女が待っていろと、一人残されて待っているわけがない。

ラキラとマーサがお互いを想い合う仲ならば、マーサは……いや柾美はきっとラキラを探そうとするだろう。

自らが水の国の王ではないことを知っている彼女ならばきっと、己が危険など顧みず。

晃がほとんど確信してそう思っていて。



「まさ……マーサはどこで待っていた!」


晃の物凄い剣幕にのまれかけた騎士ヒルデだったが。

ヒルデはラキラがマーサをその手に掛けようとし、それを止めたときから二人の関係にうすうす気付いていたからこそ、今更ながら襲ってくる、マーサを一人にしたことへの激しい後悔。



「はっ! こちらです!」


しかし、ヒルデは今なすべきことを最優先するために、そう言って晃を先導する。

その後に、ジャックたちも続いて。



辿り着いた先にあったのは、馬だけが残された無人の馬車だけだった。



「ぐぅっ。私は、とんだ失態をっ」


それを見て、悔しげに自身を責めるヒルデ。

それを見た晃は、きっと顔を上げ、


「頼む。皆は城の周りを探してくれ!」


ついてきていたジャック、スミレ、ユタ、そしてヒルデを見据え、頭を下げる。

それに黙って頷き、駆け出す4人。


何言うことなく、力を貸してくれることが、何だかとても嬉しかったけれど。

すぐに晃も彼らとは別の方向へと駆け出す。


それが、ラキラを求めてマーサがたどった道と同じだったことは。

偶然なのか必然なのかは、定かではなかったが……。




晃が辿り着いたその先は行き止まりだった。

しかし、そこはかつて地の国へと入るための正規のルートとは違う、自然の入り口があったのだろう。

今は瓦礫に塞がり、見る影もないが。

晃はこの先にマーサが、柾美がいるかもしれないと、目に入った瞬間にそう思った。


彼女がいるのは外ではなく、この奥なのだと。

だがこの先は、晃以外には危険だということも確かだった。

だから晃は晃はさっき、外を探して欲しいと、そう言ったのかもしれない。

もしかしたら、ジャックあたりはその事にすら気付いていたかもしれないけれど。



「待っていろ、今助ける」


それが杞憂だったらどんなにいいかと。

そう思いながら、晃は4度目の水の神への変貌を遂げた。

どんな狭い隙間でも通れる水となって。

最早土の中に等しい地の根城を進んでいく。

大地に染み入るように、みるみるうちに城中に広がっていく水。

それにより目という媒体を失ってしまった晃だったが。

その代わりに水は触れることができる。

くまなく探せば、いずれは見つかるだろう。


晃は、とにかくひたすらに。

マーサを……柾美を探すことを念じて。


晃が再び意識を失ったのは、その時で……。



            (第49話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る