第44話、攻夫が無自覚にあるに過ぎて、違和感すらスパイスとなって
そして案の定と言うべきなのか。
連れてこられたのはあの壁の材質の違う、もともとあった地の根城の中心に程近い、そんな場所だった。
見えるのは、長く螺旋を描く、黒色の階段。
カーナたちのいた場所とは、違うようだったが。
「さぁ、ここを上っていくんだ」
「……行って何をするんだ?」
反射的に晃がそう言うと、ダイサは一層不快感を募らせる、そんな笑みを強めて。
「行けば分かるよ」
そう言うだけ言って、そこから動こうとはしなかった。
そのことで気付く、彼すらも闇の翼で操られている、その可能性。
何が本当で何が嘘なのか。
ややこしいことこの上なかったけれど。
正直単独行動ができるのは晃にとってありがたいことでもあって。
「……分かった」
晃はそう答え、一人階段を上ってゆく。
それからしばらくして。
辿り着いた階段のその終わり。
一歩踏み出した先に続くのは、真紅の絨毯だった。
顔を上げれば、かつてはカーナのものだったのだろう背を向けた玉座があって。
その後ろには、大きな大きな黒い樹がある。
(いや、岩……あるいは鉱石の柱……か?)
樹に見えたのは、伸び行く根や枝のように天井と地面をそれがつっかえるようにして支えていたからだろう。
大黒柱。
その時漠然と浮かんできたイメージは、そんな感じだったけれど。
その柱が樹に見えたのは、他にも理由があった。
それは……まるでたわわに実る果実のような、発破に使うあの赤い珠と。
「バッカやろ! ノコノコ来るんじゃねーよ!」
その実に混じるようにして、鳥かごのようなものに入れられ、ぶら下がっているジャックの姿があったからだ。
そして。
「本当に来るとはなぁ」
聞こえてきたのは、どこか空気の抜けるような、やはり晃にとって聞き覚えのある声。
思わず視線を下げれば、いつの間にやら正面を向いた玉座がそこにあって。
その玉座には、剛史によく似た男が、大きな闇色の翼をはためかせ、座っていた。
―――闇の王、ダァケシ・オノマ。
やはり彼がそうなのだろうか。
「王の御前だ。頭が高い」
と、そんな晃の内心の思いを肯定するかのように、玉座に座る、剛史によく似た人物の側に控えている者が、そう言ってきた。
それは、クロイと言う名の、ダァケシにつくもう一人の騎士なのだろう。
その騎士は、背中に誰よりも大きな黒の翼をはためかせている少女で。
その少女は、葵によく似ていた。
それは、半ばそう予想していたことではあって。
「…………」
「…………」
それでもその事実に晃が呆然としていると。
変わらぬ、射殺すようなクロイの視線が、晃を見据えてくる。
それが、ジャックの時以上に、彼女が葵そのものではないのかと。
そんな錯覚すら与えて。
「……ふ。仕事だと呼ばれて来てみれば、地の王とその屈強なる騎士様が手厚く出迎えてくれるとはな」
そんないつもの感覚に、皮肉にも落ち着きを取り戻した晃は、気付けば軽口にも似た、そんな言葉を紡いでいた。
「ははは。もうとぼけたって無駄だよ。君が本物の地の王に会い、我らが地の国を乗っ取ろうとしていることを、君が知り得ていることくらいなぁ」
朗らかな口調のダァケシ。
それは、剛史とのなんでもないやり取りと変わらないように見えて。
その実焦りを増大させる重い意味がこもっていて。
「のんきに話を聞いてるんじゃないっ。ここはやぐおおっ!?」
羽をばたつかせてジャックが何か言おうとした瞬間。
黒い稲妻がジャックを閉じ込めていた檻に走る。
ジャックはそのままバタリと倒れ伏し、荒い息をつく。
「……やめろ、ジャックに手を出すな」
気の利いた言葉も言えず、ダァケシを睨みつけることしかできない晃だったが、それに対するダァケシの反応はちょっと妙だった。
何だか闇の雷を受けて倒れたジャックに、ダァケシも驚いているように見えたのだ。
「ふ、ふははっ。流石に時の一族のものは捨て置けぬか水の王よ! このものの命惜しくば、我の言に従うがよいぞ!」
そして続く言葉は、どこか違和感を覚える、繕うようなそんなセリフだった。
だが、その事よりも。
「水の王だって? それは人違いだ」
そのあまりにも突拍子もない言葉に、思わず反論してしまう晃。
「ぬう。この状況でまだシラを切るつもりか。貴様が我らの目論見を知り、別人に身をやつしこの地に侵入してきたこと、気付かぬとでも思ったかぁ?この翼ある所、我の目の届かぬところなどないのだ。貴様がこの時の物に変ずる様、しかと目に焼き付けたわ! 変化の法は水の王フェアブリッズ唯一無二のもの。最早言い逃れはできまいっ」
ダァケシの発するその言葉は、今までこの世界で晃が知りえたこととは全く違うものだった。
だが、闇の王であるダァケシがわざわざこうして姿を見せ、晃に向かってこんなありえないだろう嘘をつく意味があるのかどうかも甚だ疑問で。
晃は、ジャックにその真意を問おうと、そっとジャックを見据えた。
「……ヒヒッ、そんなことがどーでもいいんだよ。この状況を見て分かんねーのかっ、いいからこっから早く逃げろ! じゃないと爆発でっ!?」
バチィッ! と、今度は音立て、白煙あげてジャックは倒れ伏す。
そして、そのままぴくりとも動かないジャック。
「やめろと、そう言ったはずだぞ……」
自然と一歩踏み出し、同じ言葉を口にする晃。
半ば自覚のない晃の剣幕に怯んだ顔を見せるダァケシ。
だが、その言葉を真正面から受けるように、晃の前に立ったのはクロイだった。
それは、王を守る騎士の役目としては当然の行為だったのだろうけれど。
「…………」
「…………」
お互い無言での睨み合い。
葵の黒い瞳の中に、微かに見え隠れする、様々な感情の波。
それは、かつてどこかで見たことがあるもののように、晃には思えて。
晃がその答えを見つけ出す前に、堰切ったようにダァケシが叫んだ。
「貴様はぁ! このオレ様に逆らえる状況じゃないってことを分かっていないみたいだなぁ!」
そして、振り上げるように両手をかざす。
手のひらに生まれるは、闇色の波動。
はっとなって駆け出そうとする晃よりも早く、その闇色の波動はダァケシの手を離れ、たわわに実る赤い珠へと吸い込まれてゆく。
するとその珠は、まるでイルミネーションのように赤い明滅を始めた。
瞬間、脳内に浮かぶ、赤い珠の爆発。
それに巻き込まれるジャックの姿。
「……くっ!」
晃はいてもたってもいられなくなって。
目の前にいるダァケシやクロイの存在すら忘我し、大樹のような黒光りする鉱石でできた柱へと駆け寄る。
クロイは、驚いたようにそんな晃を見つめていたが。
「はははっ、これでオレ様の邪魔をするものはいないぃ!」
同じように呆気に取られていたダァケシは、闇の翼をはためかせ、そのまま玉座の間から駆け出していって。
「…………」
その後に続こうとしたクロイは階段の際に来て、一度だけ晃のほうを振り返った。
無防備に背を向けた晃は、その柱によじ登ろうとしている所だった。
そんなクロイのことなど、気付きもせずに。
「……っ」
無意識にままついて出る、深いため息。
晃はそこでようやく背後に視線を巡らせたけど。
そこにはもう、誰もいなかった。
その、何かを諦めたかのような、淋しいと思えるため息が気になったけれど。
それよりもまず、ジャックを助けなければならない。
晃はそう気を取り直し、なんとか大樹で言うところの枝葉の部分に到達すると、刺さるようにしてくっついていた、ジャックの入った鳥籠を、片手で抱え込む。
後は爆発する前に下りるだけ、だったが。
「……なっ!?」
気付けば晃は、恐怖を含んだ驚愕の声を発していた。
数え切れないほどの赤い珠。
目の眩む光を発しているそれのひとつひとつに、稚拙な目がついていて。
一斉に晃のほうを見ているのが分かったからだ。
もう、間に合わない。
悟ったのはそのことで。
――水の王、闇の王の謀略により水の泡と化す。
刹那浮かんできたのは、ラキラの本に書かれた、そんな一節。
そこからの数秒間を。
晃はそれこそジャックが時を止めたのかと思うほどにゆっくりと感じていた。
「……ふっ」
聞こえるのは、場違いとも思える晃の笑み洩らす声。
そんな晃は、片手で抱えていたジャックを、鳥籠ごと階下へと続く階段のほうに投げ捨てて。
その瞬間、赤い灼光が晃の目を焼いた。
続いてそれに追いすがるかのように。
音と言うものがこれほどまでに暴力的で強くなれるのかと、思い知らされるほどの爆音が晃の耳をつんざいて。
最後に届いたのは全身を包む熱気と痛み。
失われる平衡感覚と重力。
視界がものすごい速さで、ぐるぐると回り、弾ける。
そして……暗転。
晃がその暗闇に包まれる間際に見たのは、飛び散る水、だった……。
(第45話につづく)
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