第31話、共通点を上げるなら、子ども心と冒険心
『旅』に行く前に。
まずずっと引き伸ばしにしていた本と『旅』の世界の話をすることになって。
晃が通されたのは、二階にある柾美の部屋だった。
女の子らしい淡い暖色系でまとめた部屋。
あまり頻繁に使っているようには見えない綺麗に整頓された鏡台。
部屋中……それこそベッドの上にまで鎮座している色とりどりのぬいぐるみたち。
しかもそれは、晃のよく知っているRPGゲームのキャラばかりだった。
それ以外のぬいぐるみは一切なく、そこにこだわりを感じさせる。
入ったとたん、変に緊張している自分を晃は自覚した。
それは、きっと昔ならなかったはずの感覚で。
「はーい。晃くん席はここね」
部屋の真ん中にある小さな丸テーブル。
言われるままにそこにあった座布団に腰掛ける。
その相対側に、柾美が座って。
距離の近さか、その場の雰囲気か。
さらに緊張の高まる晃だったけれど。
しかしそれは、目に入った大きな本棚の上にある、写真立てを見て霧散した。
家族の写真だった。
柾美と、おそらく柾美の両親との。
きっとそれは、当たり前の幸せがそこにあった頃のもので。
「あ、もう気づいちゃった? うん、そうだよ。ここにある本はね、全部『旅』へ行ったことの証なんだ」
「え?」
一瞬何を言われてるのか分からなくて、ぽかんとする晃。
だがすぐに柾美がその大きな本棚の中にある本のことを言っていることに気づいて。
「……これが全部、か? 一体何冊あるんだ?」
かなり大きめの本棚だ。
詰め込めば三桁は軽く超えるだろう。
一体どれほどの間一人で、『旅』を続けてきたのか。
そのことを思うと、どうにもいたたまれなかったけれど。
「ええと、今97冊かな。見た目はいっぱいに見えるけど、奥の方はスカスカだから、まだまだたくさん入るよ」
そう答える柾美は何だか嬉しそうだった。
事実、『旅』の世界が楽しいからというのはあるだろうし、それに関しては晃も分からなくはないけれど。
もしそれが本当に柾美が現実を認めようとしないことで創り上げた世界であるのなら、それは悲しいことなのかもしれない。
どうにかしたいと、晃は思う。
現実をつまらないと思ってしまっている自分に、それが上手くできるだろうか、とも思っていたが。
「あ、そうだ。晃くんの本、持って来てくれた?」
と、そこで思い出したようにそう聞いてくる柾美。
「ああ、持ってきたぞ」
晃は頷き、カバンからそれほど厚くない本を取り出す。
その本はもう、本棚にある本と同じように、もう光ることもなく、浮くこともなく。
一見ただの本のように見える。
「持ってきたはいいんだが。これって、他の者には見えないものなのか?」
晃は英理とのやり取りではなく、部活のメンバーが光るこの本に目を止めなかったことを話した。
すると、柾美は頷いて。
「うん。見える人ってほとんどいないよ。でも……わたしも、晃くんも見えるんだよね」
そう言って、また嬉しそうに微笑む。
それは、本当に嬉しさの滲み出た、眩しい笑顔だった。
晃が、直視できないくらいには。
「一体、どういう仕組みで見えたり見えなかったりするんだろうか?」
この本がどうして見えないのか、見える晃には分からないし、晃には答えを出せそうになかったが。
しかし、それを聞いた柾美は、何だか得意気に頷きつつそれに答える。
「きっとね、選ばれたんだよ。『そなたらには旅へ行く資格がある』、みたいな感じで」
「何だ、そんな声でも聞こえたのか、柾美さんは?」
「うぅ~、そこはそういうものかってとりあえず納得するところだよー」
別に他意はなく、素直にそう思って聞いた晃だったが、そう言う柾美は何だか拗ねているようにも見えた。
ようは、はっきりとは分からない、ということなのだろうけど。
「ふむ、つまりは日々日常に空虚を感じ、外の世界をずっと求めていた。だから選ばれた。そういうこと、か」
晃と柾美、共通点があるとすればそれだろう。
退屈程度に思っている自分と比べるには、ちょっとおこがましいかもしれないな、なんて晃は思っていたけれど。
「そうなの? わたしよく分かんないかも。普通に現実の世界も楽しいよ?」
しかし柾美は、なんでもないことのようにそう言葉を返した。
それは、楽しいと言えるほどに強いのか、辛いことを忘れ去って封じ込めるほどに弱いからなのか、判断はつかなかったけれど。
「そうだな、分かりやすく言えば、柾美さんってゲームとか漫画とか、好きだろう?今回りにいるぬいぐるいみたちが出てくるようなRPGとか」
「あ、うん! 好きだよ、よく分かったね晃くん」
この状況で分からいでか、と言うか、小さなテレビのガラスラックに、一通り揃っているハードとか、明らかに100冊以上あるだろうと思っていた本の中に、自分がよく読むようなものから知らないものまでマンガ本が混じっていたからなのだが。
それを言うと、ジロジロと部屋のものを物色していたように見えて嫌だったから。
黙って晃は頷くだけにしておく。
「俺も好きだからな。多分、そう言う好きって感情が強ければ本に選ばれ、見えるんじゃないかな、と思う」
実際はもっと複雑な条件とかがあるのだろうけど。
「そっかぁ、そう言われるとわたし分かるかも。だって……」
と、それだけで変に納得したらしく、うむうむ頷いていた柾美が、もったいぶるかのようにそこで言葉を止めた。
視線が晃から晃の背後に向く。
何事かと思って晃も振り向くと、まさにそのタイミングでドアがノックされる。
「大変失礼しまーす」
そして、大変を強調して入ってきたのは英理だった。
今まで潜んでいたんじゃないかってくらい唐突に現れたが、そう言えばお茶を淹れてくるとは言っていたなと、今更ながらに思い出す晃。
「あ、英理お姉ちゃんありがとう。テーブルの上に置いてもらっていい?」
そして、そう言う柾美に再び視線を戻すと、何だかいたずらっぽい笑顔を見せていて。
「はいはい、邪魔もんはさっさと退散しますよ」
それは、何気ないやり取りにも見えたけれど。
まるで本当に見えていないかのように、閉じて置いてあった本の上に、お盆を置くのを見て、晃はあっと声をあげてしまった。
「何? 紅茶嫌いだった?」
「あ、いえ。そうじゃなく」
答えに窮し、柾美のほうを見やると、柾美は満足気な顔をしていて。
「やっぱり、英理お姉ちゃんは見えてないんだね。だってお姉ちゃんゲームとかマンガとか、あんまり好きじゃないもんね。見た目はファンタジーっぽいのに」
本の上に乗っていてぐらついているお盆。
英理にはおそらく浮いて見えているだろう。
そのことに気付いて、ようやく言っていることに気がついたらしい。
英理ははっとなり、それから怒った顔をしてみせた。
「もう、また? あたしが見えないのをいいことにこんな悪戯して。聞いてよ、十夜河クン。柾美ったらね、ひどいことばかりしてくるのよ。確かこの前は、たくさん並べてといてドミノ倒しのスタート役をやらされたっけ」
その様は、二つ上の英理には失礼なのかもしれないけど母親のようで。
こういう関係であったからこそ、こうして二人がうまくやっていけたんだろうな、と言う気もして。
「とりあえず俺の言いたいことはひとつだ。本を粗末に扱うな」
今までの本が柾美にしか見えなかったのなら、気持ちは分からなくもないけれど。
そこはお約束、とばかりに晃も英理を真似て怒ってみせる。
「もうっ、英理お姉ちゃん余計なこと言わないでよ。晃くんに怒られちゃったじゃない」
「いいのよ~この際。せっかくだからもっとしかってやってくださいなお父さん。この子ったらゲームばっかりして」
「お母さんこそ、ゲームとかやらないからこの本が見えないんだよ?」
「ま、口答えする気? って、誰がそんな事を言ったのよ?」
「おと……じゃない、晃くんがそうだって」
ちょっとだけ、この妙にはまり役の『演技ごっこ』が延々と続くのかと思いきや、あっさり我に返って? 二人して晃を見てくる。
別に冗談とかで言ったつもりもないけれど、あくまで大げさな例えであって、晃の勝手な言い分だったのだが。
「まぁつまり、なんだな。子供には見えるってところか」
とりあえず何か言ったほうがいいのかなと、晃の口から出たのはそんな言葉で。
「ふ、ふんっ! どうせあたしは耳年増の年増の悪役令嬢キャラですよーだっ」
何か色々と間違ってる気がしなくもないが。
プリプリ怒って見せて、部屋を後にする英理。
なるほど、これから話すことのために気を使って退席してくれたのかと、晃はそう思ったわけだが。
「晃くん、英理お姉ちゃんに年のことはタブーだから、あんまり言わないほうがいいよ。わたしもお母さんとか言っちゃったけど」
「……そ、そうか。気をつける」
どうやらマジだったらしい。
自分の家だからなのか、少しくだけた様子の柾美の言葉に頷きながら、晃は苦笑を浮かべるのだった……。
(第32話につづく)
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