第24話、その世界から離れているからこそ不遜に



隆子としては、まさか素直に謝られるとは思ってなかったらしい。

調子を狂わされたのか、なんだかひどくうろたえている。

再び別の意味で微妙な雰囲気になったけれど。


「なんだ、つれないな。そこはノリで頷いてくれればいいものを。まぁ、そこの所は地道に行く、ということで……隆子君、良かったら晃君に今終えたばかりの台本を読ませてやってくれないかね? 晃君、君の話を気に入ってくれたみたいだしね」


やっぱりそれに気づいているのかいないのか。

妙案、とばかりに一つ手を打って隆子にそう言う秀一。


「え? ほ、本当ですの?」

「はい。聞いたのは最後の方だけでしたが、見る側が欲していることを分かっているな、という印象を受けました」


驚いたように聞き返してくる隆子に、晃はまたしても思ったままを口にしてしまっていて。


「すみません。言われた側から知ったような口を利いてしまって」

「分かってる、ですか……」


反省の意を示したのだが、隆子は自分の世界には入ってしまったかのように、それを聞いてはいなかった。

また何か失敗してしまったのだろうかと、晃が後悔しかけていると。



「部長、そろそろ上がっても……ってトヤちゃんじゃないか。何してんのそんなトコで?」


舞台をはけてきたらしい豊の声が聞こえてきた。


「ああ、スターアキラが我が部に入ってくれるらしくてな。その話をしていたのだよ」

「デタラメを言わないでください。違うぞ、そんなんじゃないからな」


一瞬でも気を抜くと部員宣言をしだす秀一の言葉を遮るようにして晃は叫ぶ。

すると、豊の隣にいた香澄が首を傾げて。


「それじゃあ何しに来たんですか晃さん? あ、もしかして私たちの演技、見に来てくださった、とか?」


ちょっとからかうような、親しげな笑顔を見せてくる香澄。

晃がその時感じたのは不思議な違和だった。

確かに香澄とは同じクラスで豊という共通の友人? がいて比較的話すことは多かっただろうけど。

何故かその親しさが唐突なものに思えたのだ。


ただそれは。

今まで晃が気が付かなかっただけで。

本の中で彼女とよく似た少女と出会って、晃の方が香澄に対し注視するようになったせいなのかもしれなくて。


「どんな感じですかね? 正直なところ、聞かせてほしいんですけど」


続けてそう聞いてくる香澄に、そういうのは俺じゃなくて先輩に聞くべきなんじゃ、と思いはしたが、口から出るはずのそんな野暮な言葉はすぐに引っ込んで。



「秋の文化祭でならいけると思うぞ。県大会だったら所謂一回戦負け、だろうがな」


下手な嘘をつくくらいだったら正直に言った方がいいだろうと考えも確かにあったけれど。

演者にありがちな挑戦的で自我が強く、気位の高いその笑顔が。

なんだか頭の上がらない妹の姿とかぶって。

ついて出たのはあけすけのないそんな言葉だった。


「うっわ、酷いです。一瞬あげといて落とすなんてやな性格してますねー」

「正直なとこを口にしたらこうなってしまった。なんて言うかその、すまん」


苦笑いの香澄にすかさず詫びを入れる晃。


「そこで本気で謝られると私たちが下手っぴだって宣言されてるようなものですけど」


すると、返す刀でそう返されて。

なんて言ったらいいか分からなくなった晃をフォローするかのように、豊が口を挟んだ。


「たちってオレも数に入ってるのかヨ!」

「当然です。だって豊アドリブ多すぎ」

「え~? そんなん胸一杯の愛で受け止めてくれよう。愛が足りないな、愛が」

「そんなものは元から存在してません。金輪際ないですね」


終始軽い豊に、つれない香澄。

本当の所はどうなのか分からないが。

少なくとも舞台の上では、豊の言葉の方が言い得て妙で正しい気もする。

そう思った晃だったけど。

さすがにそれを口にすることはなかった。


そうやってからかって、酷い目にあってるタローを幾度となく見ていれば、仕方のないことなのかもしれないが……。

そのまま何とも言えない表情で晃が秀一に目を向けると、秀一は晃の心の内を理解した、とばかりに頷いて。


「あぁ、つまり今のようなラブラブっぷりを舞台の上でも見せろと、そういうことだな、うむ」


よりにもよって一番してはならない表現で、旧体育館じゅうに響くいい声を披露する秀一。



「分かりました。先輩だろうがなんだろうが潰します」

「ひ、ひぃっ!? て、撤退……じゃなくて今日はもう解散っ、お疲れした~っ!」


それが舞台でできればパーフェクトだなと思える、よく通る底冷えした香澄の声。

真に受けて本気で逃げ出す、もとい解散の宣言をする秀一。

それに苦笑して、帰るための片づけを始めるその他の演劇部員。



「……」


それがきっと日常なのだろう。

この部に所属していない自分にちょっと後悔する晃だったけれど。

「おーいトヤちゃーん。帰りの支度をするからちょっと待っててくれやーい」

「……分かった」


そんな豊の声に言われるがままきびすを返しかけて。

再び思い出す、ここへ来た目的。



「すいません、飛田先輩。今日ま……上徳間さんは休みなのでしょうか?」


香澄達とのやりとりをしている間中、何やら考え込んでいた隆子は、晃に声をかけられ、はっと我に返る。


「柾美さんですか? ……あっ、そうでした。部活が終わったのですから呼びに行かなくては! 今、別メニューの自主練で図書室にいるんですの」

「図書室ですか、遠いな。なんなら俺が呼んできましょうか?」


言ってから気付くさしでがましさ、だったけれど。

隆子は手を打って。


「悪いけどお願いしてよろしいかしら? わたくし、その間に台本のコピーをしてきますわ。その、部員分しか台本を作っていないものですから」


そう言うや否や、一目散に駆け出していってしまう。

なんだか台本を見せてもらうだけのはずが、話が大きくなっているような気がして。

もしかしたらこれは秀一の演劇部に入れさせる罠だろうか、なんて思ってしまう晃。



「ま、そんな事はないだろうが、用心だけはしておこう」


そもそも、一度入った部活を辞めるなんてナンセンスなことをするつもりはなかったから、その点では安堵してはいたのだが。

掛け持ちについては流石に盲点だった。


このまま演劇部に入り浸るようになって。

気付けば部員になってしまっている。

そんな姿が容易に想像できてしまうのが嫌で。

下手に流されると許容してしまいそうな自分がいるのが困りものだったけれど。



「……とにかく、柾美さんに会おう」


晃はその事を、考えないで置くことに決めた。

その時になったらまた考えればいい。


そんな、一時しのぎな思考が、後になって痛いツケとなって帰ってくることなど。

その時の晃は気付くこともなく。



             (第25話につづく)






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