第12話、唇をすり抜けるくすぐったい言葉が、たとえ嘘であってもそれでいいと



晃はその真意を問おうと、柾美の、朱の混じった瞳を見据える。

それが、相手を射殺さんばかりであることに、やはり本人は気づくこともなく。

案の定、柾美の瞳が波打った。

一瞬だけ、きつく言い過ぎたのか? なんて思った晃だったけど。



「ごめんなさい! 悪気はなかったんだよ? 間違えて拾っちゃったの。そしたら何か面白い話とか乗ってるし、ほかにも魔法みたいな詩とかすごいなーって」


柾美はすごい勢いで首をふりつつ、まくし立てるように。

半ば混乱した様子でそう言った。

何かの耳のように前方に伸びた髪が、ぴょこぴょこと揺れる。


「ほう。それじゃあ2時間目休みのあれも悪気があったわけじゃない、と」

「うんうんっ! すっごく感動して思わず歌っちゃったんだよ! 晃くんのポエム!」


いつの間にか名字で呼んでいたのが名前呼びになっていることすら気づかないくらい、動揺しているらしい。

もうすでに、晃はやり場のない羞恥と怒りからくる震えを止められそうになかった。


「……成る程。やはりそうか。よく分かったよ。俺の顔を見て逃げ出したのも悪気はなかったと。見たらすぐに逃げ出したくなる顔だから仕方ないと、そう言いたいわけだな?」

「ううぅっ」


まさしく、ぐうの音も出ない、というリアクションをする柾美。

そして、そのまま恐縮したように俯いたままの柾美を見て、晃はひとつ大きなため息を吐いて空を見上げる。

やっぱり自分は皆の言う通り、逃げ出すくらいの顔をしているんだなと内心へ込こみつつ。


「まぁ、落とした俺も悪いからな。自業自得ってヤツか。俺が言うのもなんだが、あまり気に病まなくていい。上徳間さんじゃなくて拾ったのが俺だったら、多分似たようなことをしていただろうしな。いや、流石に曲を付けて歌い上げるようなことはしないと思うが」


苦笑しながら晃はそんなことを言う。

本当はちょっと、いい話だとか感動したとか、お世辞でも建前でも言ってもらえたのが嬉しくて、これ以上怒ったりする気も筋合いもないだろうと思っていたからだ。



「怒ってないの? 勝手に中身読んじゃったのに?」


やがて伺うように、柾美が顔をあげる。


「上徳間さんの慌てっぷりを見てたらどこかに消えたよ。……あ、でも」

「で、でも?」


言葉を止める晃に、びくりと跳ね上がる柾美。

その前髪のせいもあって、それはなんだか寒さに震えている小動物みたいにも見えて。


「気になることがあると言えばあるな。ほら、今間違えて拾ったって、そう言ったろう? 一体何と間違えて拾ったのかな、と」


晃自身がそう言ったように。

相手の態度や雰囲気、あるいは表情を鏡のように写すその口調は、柔らかく。

そう言う晃の表情にもトゲトゲしいものが消えていて。

そんな晃を見てぽかんとしていた柾美は、しかしすぐに我に返り、ううむと悩みだす。


そして、しばらく晃をちらちらと伺っていたが、やがて意を決したのか再び口を開いた。



「えっとね。その、本とかノートとか、巻物とか。読む媒体なら何でもなんだけど、この六加市にはねたくさん落ちてるんだよ。いろんなとこに。でもそれはただの本じゃなくて、『旅の本』っていう本の中の世界を旅できる不思議なものなんだけど……今日の朝、たまたま近道を通ったら、はだかんぼのノートが落ちたの見つけて。あっ、こういうのもあるんだなーって、どんなお話なのかなって。それで、拾って、中身を見ちゃったの」


それはまさしく、取って置きの秘密を打ち明けるように。

楽しげに嬉しげに、ちょっとバツが悪そうに、柾美は言葉を続ける。


突拍子もない言葉。

そう片付ける事は簡単だったけれど。

晃はそれをそんな風にはとらなかった。


いや、思えなかったというほうが正しいのかもしれない。

朝練のときに起こった、不思議な出来事。


信じられない世界の光景。

確かにそこにいたはずの柾美の姿。


普通じゃない、確かに普通じゃないが。

柾美の言葉と朝の出来事を符号させれば、なんだか辻褄が合う、そんな気がしていて。



「もしかして上徳間さん、今日の朝、茶城(ちゃしろ)山に続く土手道のとこにいたりしたか? ほら、大きな老人ホームが近くにある」

「え? うん。いたよ? よく知ってるね、晃くん」


すぐに返ってきたのは、晃の考えを肯定する、そんな言葉。


「それでは、あの赤い空の世界も?」


そう言う晃は変な高揚感、あるいは焦燥感に襲われていた。

それは普通じゃない、現実ではありえないと思われていた、晃のずっと求めていたもの。

しかし今では確かに存在している、晃の使命に直接関係するだろうもの。



―――『フェアリー・テイル』。


それが、晃の前に明確に姿を現しただけでなく。

晃のようにその存在を知り、共有してくれるかもしれない者が目の前にいたからだ。


本当に彼女は何者なのだろう?

なんて晃は思う。

晃のような同じ穴の狢は、確かに存在してはいるはずだが。



「ええっ!? 晃くんも『旅の本』の世界に入ったの!? すごい、すごいよっ!わたし、わたし以外で本の世界に入れる人に会ったの晃くんが始めてだよ!」


対する柾美は随分と興奮し、喜んでいるように見えた。

今にも手を取り合わん勢いで身を乗り出してくる柾美に、ただただ晃が戸惑っていると、柾美は自分を落ち着かせるみたいに大きく深呼吸し、再び顔をあげる。


そこには花咲くような笑顔が浮かんでいて。

その薫りすら届いてくるような、そんな気がして。

心臓が自棄のように動き出す感覚に翻弄される晃。



「ねえ、晃くん! だったら晃くんもわたしと旅しない?」


それは、非日常の誘い。


「ああ、別に構わない」


それは願ってもないことで。

晃にそれを断る理由などあるはずもなく。

俯いてそう答える晃。

たぶんきっと、嬉しさとか喜びとかわくわくとか、色々なことがごちゃ混ぜになって。

とてつもなく変な顔を、していただろうから。



「やった! じゃあこれからは同じ旅の相棒、だよ! 他人行儀もなしだからね。わたしのことは名前で呼んでね、晃くん?」


しかし、柾美はそんな晃に構わず、下から覗き込むようにしてそう言ってくる。



「分かった。嬉しいのは分かったから。ちょっと離れてくれ柾美さっ……」


渋い顔をしてそれでも何とかそう答え、何だかいてもたってもいられなくなって晃がベランダから出ようとすると。



「わたしはちゃん、じゃないんだね」


あろうことかそれについてきた柾美が、そう呟いて。

まるで捕まえるかのように、晃の手を握ってきた。


それは柔らかく、弱いぬくもりの手のひらだった。

少しでも力を入れれば、儚く消えてしまいそうなほどに。


「え? ちょっと、まっ……」

「ま、いっか。よ~し! その調子で葵ちゃんの誤解も解いて仲直りだよ!」


手を握ってきたその意味は、文字通り晃を逃がさないため、だったのだろう。

哀れなほどに狼狽える晃を気にした風もなく、ぐいぐい引っ張って階段をあがってゆく柾美。

なされるがままの晃は、しかしすぐその言葉の意味に気づき、はっと我に返って立ち止まった。

急に静止の力が加えられた柾美は、転びそうになって慌てる。



「わ、ど、どうしたの?」

「いや、しかし。今戻っても気まずいだけじゃ」

「平気だって。今頃葵ちゃんだって酷いこと言っちゃったって落ち込んでるもん」

「葵ちゃんのこと、よく知ってるんだな」


それは何気なく出た言葉だったけど。わずかな羨望も混じっていて。

それを柾美が察したのかどうかは分からない。

ただ、元気よく頷いて、


「うん。もちろんだよ。仲良しさんだからね。大丈夫だよ。だって晃くん話してみたら全然話しやすいし、いい人なんだもん。きっとすぐに葵ちゃんもその事分かってくれるよ」


そう言った。

まるで晃の背中を押すように。曇ることのない笑顔で。


なんて綺麗な笑顔をするのだろうと、晃は思った。

あまりに綺麗すぎて、それは現実では演じなければ存在できない……そう思うくらいに。

あるいはたとえ嘘でも、構わない、なんて思えるくらいに。


だから。

結局晃は、その手をほどくことができなくて……。



            (第13話につづく)







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