フェンダーの手記 その2

 森をかすめるように飛んで現れたポータインに俺が目を奪われた次の瞬間、運搬車がバレル・シューターの直撃を受けた。七十七メリ榴弾だったらしい。操縦席の後ろにあったキャビンが爆炎と共に吹っ飛ぶのが見えた。

 軽歩甲で重戦甲に対処する方法は限られている。俺は躊躇なくサエモドが携行していた噴進砲をポータインに向けようとしたが――先の榴弾の破片が当たったのか、それとも信管の誤作動か、弾頭が不意に炸裂した。

 俺のはサエモドの操縦席ごと、空中に投げ出され――そこまでは覚えている。

 

 次に意識を取り戻した時には、俺は急造の担架の上に寝かされ、頭と胸、それに左脛に包帯が巻かれていた。

 どうやら部隊は全滅を免れたようだ。動ける兵員を集めて負傷者の救助が行われている様子が包帯の隙間ごしに見える。

 

「フェンダー殿、命に別条がなくて何よりでした。以後はあなたに指揮権をお返ししたい」


 枕元にやってきたロンド・ロランドにそう言われて、俺はいささか返答に困った。


(こいつは……まさかこの状況でなお、自分が指揮を執るという考えがないのか? だとしたら心底お人よしの莫迦か、さもなくば――)

 

「いや……せっかくだが、俺は指揮ができるほど頭が良くない。おまけに今は負傷してる、これじゃサエモドを歩かせるくらいがやっとだ。トレッガーの操縦をやらせてもらおう。指揮は――」


 俺は周囲を見回した。


 偵察隊の士官は半数が失われ、生存者も俺を含め数人が負傷している。ロランドはそんな中で負傷もなく、ヴァスチフという最大の戦力を手中に握っている。 ならば、彼が指揮を執り全権と責任を手にするのが当然なのだ。そこをあえて俺に、というのであれば、こいつは指揮権に伴う責任を嫌い、こそこそと陰にまわって状況を思い通りに操りたい、とでも考えているのだろうか。


 だとすれば、こいつはとんだワルで、そして救いようのない莫迦だということだ。そんな奴の思惑に乗ってたまるか――俺はそこで、改まって口調を変えた。


「ロンド・ロランド殿。指揮権は今後も貴官に委ねます。ラガスコに帰還するまで、よろしくお願いします」


 返答を聞いて、ロランドは何やらほっとしたような困ったような、何とも言えない顔をした。悪いが、陰にまわってうまくやる役は俺がいただかせてもらう――


         * * * * * * *


 とはいえ、そのあとに続いた出来事は目まぐるしすぎてそれどころではなかった。

 負傷者の中でも同輩のサエモド隊士官、シャーベルの傷は特に重く、早急な手当てを必要としていた。そんな中で俺たちは、捕虜にしてあったポータインの操縦者から、山賊の持つ医薬品の備蓄について知った。

 ロランドはその情報に非常に勇気づけられ、あえて敵地である廃ダムへの突入を決めたのだ。


 ただ、どうも俺は彼に嫌われているらしかった。途中の森の中で発見した白いカンプクラフトを、接収してはどうかと進言したのが気に食わなかったらしい。――――

 後にそれがコルグ・ダ・マッハの「ガルムザイン」だと知ったが、その時の俺には、彼がコルグに対して抱く過剰な敬意というか好意というか、そういうものがさっぱり理解できなかった。それは認める。

 だからと言って――ダダッカ騎兵のジルジャンに俺の監視を命じたのはいただけなかった。ロランドは内密に命じたつもりだったらしいが、拳銃を渡して何か言い含めるところは目に入ったし、俺にはちょっとした特技がある。相手の唇の動きで、話している内容がだいたい分かるのだ。


 ――君もここで待機してくれ。もしフェンダーが命令を破って勝手な行動を取ったら、構わん。撃ち殺せ――


 ロランドはそう言っていた。


(しねえよ! いくらなんでもこんな状況で!!)


 俺が命じられた役割は、この後でロランドが打ち上げるであろう信号弾にしたがって――もしも首尾よく進んだのなら――ヴァスチフを積んだ運搬車トレッガーを突入させること、だ。同時に無線封鎖も解いて、ロランドの手勢と連携をとることになる。そんな作戦の要を任されるのだから、俺はなにがしかの信用を持たれている。そう思える。では、なぜ俺の裏切りや不服従を心配するのか。


 学がなく頭もさほど良くない俺が、ハモンド閣下の軍にもぐりこんで曲がりなりにもここまでこれたのは、自慢じゃないが、肝心かなめの時に判断を間違えないからだ。

 妙な話だが時々頭の中に少し先、何というか未来の光景が鮮明によぎることがあって、生死や進退がかかった一瞬に、どう動けばいいかが分かる――気がするのだ。先ほどロランドから作戦の手はずを言い含められた時にも、それがあった。


 月の出た夜空に青い信号弾が上がり、俺は命令を違えずトレッガーで突入する。それが正しい選択のはずだ。突入するトレッガーのイメージには、取り替えたばかりの清潔な包帯を頭に巻いて弱々しく微笑むシャル・シャーベルの顔も重なっていた。

 現実には、彼女は赤黒く血にまみれた包帯を頭に巻いて、たった今この時も死に瀕している。失血で蒼白になったその顔は、本来なら回復した良好な予後の姿など想像する余地はないものだ。


 じりじりと焦燥感を抱えながら、幾ばくかの時間が流れた。日は西の稜線に姿を消し、上空にいくらかあった雲はしばらく前に晴れて、先ほどの予見通りに月が出ている。


 と、かすかに発砲音らしきものが聞こえた。

(来たか?)

 大きく息をついて全身に気力を漲らせ、トレッガーのキャノピー越しに空を見た。一分は待たなかったと思うが、やや気をもませる空白のあとで――一条の白煙を曳いて空中高く駆け上がった物体が、一瞬後に眩く青い閃光を発した。


「来たっ! ロランド殿の信号弾だぞ、みんな気張れ!!」


 負傷兵と捕虜を乗せたまま、トレッガーが重力中和装置ベクトラを回して浮かび上がった。アクセルを目いっぱいに踏みこんで、ダム壁の破れ目に向かって突入。


「ロランド殿、来ましたよ! いまどちらですか?」


〈よし、よく来てくれた! まっすぐ進め、西側にある寺院の残骸だ。分かるか?〉


「見えてると思います、直進します!〉


 干上がった湖底を走り抜けた先に、件の寺院らしきものがあった。そこへ運搬車を寄せると、果たしてロランドたちが走り出て来た。その一団の中に、見慣れない風体の若者が三人いた。


 思えばそれが、俺がコルグ・ダ・マッハとその一行を見た最初の瞬間だったのだが、その時はあまり注意を払うこともできなかった。前方にとんでもないものがいたからだ。

 帝都の近衛部隊や大規模軍閥でもなければ保有する事すら難しい、空中艦艇。その中でも戦力として中核をなす、中型の打撃艦シュラックが浮上し、こちらへ砲門を向けながら北へ向けて回頭しようとしている。


(やべえ……ブラーマンじゃねえか。ディーボン級からさらに火力を強化した、現行最新型だ!)


 恐怖に凍り付きかけた俺たちを、ロランドの声が撃った。


〈ヴァスチフ、出る!!〉


 周囲に幾重にも響く重力中和装置ベクトラの駆動音に、新たに加わった甲高い持続音。ヴァスチフが腰部ラックの重湾刀を引き抜き、打撃艦へと走り出した。


〈私があれの砲塔をつぶす! 沈黙を確認したら、皆で船を押さえろ。グレッチ殿は必要あらば噴進砲ロケットで格納庫のシャッターを!〉


 ――ああ、やってみよう!


 もう一人のサエモド要員、グレッチがその声に応えた。彼が乗っているのは、幸運にもほぼ無傷で残ったロランド持ち込みのサエモドだ。


 俺はもう、ロランドの奮戦を目で追うので精一杯だった。彼はヴァスチフを空中に飛び上がらせ、単騎で打撃艦にとりついたのだ。重湾刀をもってしても、砲塔の無力化は困難かと見えたが――ロランドはやってのけた。


〈喰らえ! 超重力・ベクトラ反転斬り!!〉


 どこか胡乱な感じのするそんな叫びと共に、ヴァスチフから出たとしても大きすぎると思える無気味な轟音が響く。次の瞬間、防盾を断ち割られた砲塔から、砲身と砲架がごそりと抜け落ちて地表へと落下した。艦首へ向かったヴァスチフを二連装九十メリ砲が狙う。あわや、と思えた瞬間。遠距離から放たれた別の砲撃がその意図をくじいた。

 コルグ・ダ・マッハがガルムザインを回収して駆けつけたのだ。打撃艦はハモンド軍の手に落ち、俺たちは医薬品と輸血用パックとやらを手に入れ、シャーベルたちは命を拾った。


 こうして、ロンド・ロランドは初任務を大戦果で飾り、亡きアルパ・デッサ殿に代わってハモンド軍の筆頭騎士に抜擢された。俺はいまだにどこか引っかかりくすぶるものを抱えてはいたが、ともあれロランドを立て、部下としてついていくことを決めたのだ。


 脳裏に時折よぎるあの未来の光景も、今のところそれが正しいことを示していた――



         * * * * * * *


「なんとまあ」


 ゲイン・マーシャルは合わせた掌の中で手帳を閉じ、待機室の天井を見上げてぷっ、と息を吐いた。


「参ったねこりゃ。拗ねた書き方してっけどあのおっさん……大好きなんじゃねえか、ロランドの旦那のことがよぉ?」


 自分を無学な無能者、はみ出し者と位置付けて斜に構えてはいるが、ゲインが見るところロズ・フェンダーは、そつのない実務能力とどこへでも潜り込んでなじんでしまう妙な社交性を持ち合わせた、これもある種の傑物と思える。その彼が、こうも熱意をこめてロンド・ロランドについての覚書をしたためる、というのが何やらひどくおかしく、また微笑ましいのだった。


(まあ、この手記がホントなら……あのおっさんの目が届く所では、小声の内緒話も用心しねえとな。もう一つの、未来先読みっつうかそっちの話はフカシくせえけど……でも実際あのおっさん、勘働きは悪くねえんだよ)


 それに、射撃や砲撃も存外悪くない腕だ。辺境への探索行まで含めれば、彼に同行してもらうのもそれなりに長くなっているが、正直コルグたちも義勇軍改めダ・マッハ旅団としても、色々助かっていた。


(コルグや俺らのことは、どんなふうに書くのかねえ……ま、次も読ませてもらえるとは限らねえけど)


 ――おい、ブリッジか待機室、誰かいるか?


 と、伝声管からそのフェンダーの声がした。


「こちら待機室。ゲインだ。どうした?」


 ――クロクスベの左舷に何かいるぞ。と言っても空中じゃない、直下から二百メルトくらい離れた、森の中だ!


「了解ぃ! コルグを起こしてくるわ。あと、SPZD砲も準備させとくか」


 旅団は日増しに人員を拡大し、ギブソン軍との境界近辺に監視の目を伸ばしてはいる。だが首領であるコルグ本人が空中艦を繰り出して前線に出ている状態は、まだまだ組織としては不安定という他はない。


 ロランドの旦那に笑われねえように、しっかりやらねえとな――そう内心でつぶやく、ゲインなのだった。

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