第33話 グル・ウルの神話

 トンネルは途中から狭くなり、さすがにクロクスベに乗ったままでは進めない。俺とコルグを含め主だったメンバーは船を下り、摩滅した石畳の上を歩きだした。

 トンネルの天井には光源のよくわからない明かりが灯り、立ち並ぶ犬頭の列を照らし出して奇怪な影を壁に床に映し出している。生きているものではない。それはどれも石で作られた、三メートル弱ほどの大きさの彫像だった。


「……ここなのか、コルグ?」


 彫像を見上げてそう尋ねるゲインの声は、さすがに少し震えていた。


「いや、少し違うかもしれない。ジャクソの古老の話では、彼が入った遺跡には、外からわかる灯火があったって話だ」


「その、ジャクソというのが件の村なのかね」


「ああ。俺はあの頃、父に連れられて辺境に来ていたんだ。井戸掘りの技師でね、父が仕事をしてる間、俺は村の周りをダダッカで駆けまわって遊んでた。今思えばいい修行だった」


「ふうむ」


 王家の末裔が井戸掘りか――だが考えてみれば、人々の生活のために水を探し当てるなどというのも、いわば王者の仕事かもしれない。

 

 通路を進んでいくと、前方にひときわ大きな彫像があった。その犬頭の人物像は、他のものと違って足を左右に踏ん張るような姿で立ち、足の間は奥へ続くらしい扉でふさがれている。 

 そして、足の外側には左右にそれぞれ一つ、大型爬虫類めいて節くれだった突起を持つ、長い尾が垂れ下がっていた。

 

「これは……! なんと、まるで重戦甲カンプクラフトではないか」


「い、言われてみれば……」


 考えてみればずっと不思議だった――なぜ、重戦甲はどれも直立した犬をほうふつとさせる脚部と頭部を持っているのか。

 アニメの設定レベルで言えば、単に「デザイナーがそうしたから」で済む話だ。だが、ここは生きた現実の人間が無数に暮らし、悠久の歴史をもつ、実体を伴った異世界なのだ。

 

 前世、地球の人類が思い描く「ロボット」が一部に例外はあっても概ね人型だったのは、人をモデルにしたからだろう。では、この彫像と重戦甲を作った何者かは、つまり――

 

 ギギ……ガコン……

 

 重々しい金属音がトンネル内に幾重にもこだまし、眼前の扉がわずかに動いた。そしてゆっくりと、さらに大きく開いていく。

 

 ――ここに来訪者を迎えるのはずいぶんと久しぶりだ。百年ほどか。

 

「何者だ!」


 ――我が名は、タタログ。「月に謳うもの」ラウル・ググに仕える神官にして、我らグル・ウルの民の記憶を伝える語り部なり。

 

 扉の奥から現れた声の主は、ある意味予想通りというべきか――直立して簡素な衣服をまとった、犬頭半人身の姿をしていた。

 

「で、でたぁーッ!!」


 フェンダーが素っ頓狂な声を上げて尻からへたり込んだ。

 

 ――我らの住処によくぞ参った。来訪の目的は交易かな? もはや我々には売るべきものもなく、買うべきものもないが……警戒線を突破して門前まで来た以上、無視するわけにもいかぬ。ゆえに門を開き、出迎えに参じた。


 超然とした物言いをしつつ、その人物は進み出てくる。コルグが単刀直入に呼びかけた。 


「……情報が欲しいんだ。俺たちは、この地に眠る古代の――「重戦甲」と言って通じるかどうかわからないけど、マシンを探している。できるだけ多く手に入れたいんだが、あなたは何か知っていたりしないかな?」


「補足すると、その入り口の大きな像に似た機械だ」


 おそらくあの像は、この犬頭人「グル・ウル」たちの神、ラウル・ググを象ったものなのだろう。


「ああ。『似姿』のことだな……そうか、ではついてくるがいい……少し話に付き合ってくれれば、有益な情報を進ぜよう」


 タタログは踵を返すと、俺たちの方を一瞥して、扉の奥へ向かって歩き出した。  

 

         * * * * * * *  

         

「いや、さすがにこういう展開は読めてなかったわ俺」


 ゲインが俺の横に来てささやいた。

 

「ああ、私も無人の遺跡を掘るつもりでいた……予想外だな」

 

 俺たちはタタログに案内されるままに、遺跡の奥へとついていった。フェンダーはまだうわごとのように「犬が……犬ぅ」などとぶつぶつ言っているが、この状況でだれも暴れ出したり発砲したりしないのは素直に偉いと思う。

 

「あなた方は――あなた方が、もしやこの世界の文明を生み出したのですか?」


「恐らくは。あまりに古い時代の話になるゆえ、私にも確かなことは言えぬが」


 ――古代文明は、人間のものじゃなかったのか……


 誰からともなくそんな声が上がる。


「私が記憶する限りの昔には……人間たちが定期的に交易に訪れたものだった。彼らは『似姿』をはじめとするマシンや各種の道具を持ち帰り、我々は砂漠で得られない塩や香辛料を、時には奴隷を受け取った。その奴隷たちは時に気まぐれに解放され、あるいは逃亡して、我々から学んだより深い知識や技術を仲間に伝えていったものだ」


「ふむ……」


「我々グル・ウルはそのころからすでに、ゆっくりと滅びゆく運命の種族だった。君たち人間――我々の言葉で言う『素肌の民』に、持てる叡智のすべてを受け渡してから去ろうとしたのだろうな」


「……その割には、この近くで問答無用で襲われたぞ。あのSPZDとかいう……迷惑なマシンも、あなたの言う『似姿』の一つなのだろう?」


 タタログはそれを聞くとひどく人間臭い所作で顔の半分を手で覆い、ため息をついた。

 

「いや、あれは……『似姿』の部品を使って作られた、少し低級な自動機械だよ。人間たちが力をつけてくると、浮舟に武器を積んでこの辺りまで略奪に来るようになった。SPZDは、それを追い払うためのものだ。大型の重力中和装置に反応して攻撃を仕掛けるようになっていた」


「あれが低級、ねえ……」


 デイジーが酢を飲んだような顔をした。


「当時の同胞たちは、よほど排他的になっていたのだろう。あれはここからでは制御することもできんのだ。だがもう、十分な数が残っておらんのでな。この周囲に配備されたものは、君たちが倒したもので最後だったと思う」


「……ホント迷惑な話ね。そういえば、ここにいるのはタタログさんだけなの? ほかにお仲間は?」


「まだもう少し残っている。だがもう、新たに塩や香辛料を買うほどの人数ではない。これまで蓄えたぶんで、最後の一人が命尽きるまで持たせられるだろう」


 タタログというグル・ウルは、よほど退屈で人恋しいらしかった。ちょっと水を向けるだけで、どんどんと自分たちのことを話し出す。


 だが、こちらも先を急がねばならない旅だ。俺は話を本題に引き戻した。


「それで、あなたの言う『似姿』は、どこにある?」


「ここから南へ徒歩で一日ほど進んだ地点に、これとよく似た金属遺構がある。砂嵐が取り巻いてはいるが、そこを越えればすぐにそれとわかるだろう。信号灯が残っているはずだからな。住人はここよりも早く途絶えているし、SPZDもすでにいない……あそこにあるのはあまり良い似姿ではないが、使うなら持っていくがいい」

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