エピソード・3 筆頭騎士ロランド

第16話 再びクヴェリへ

 俺たちを乗せた打撃艦シュラックは夜の間に南下し、小さな湖の近くへ出た。

 

「レエル湖だ。ロランド氏、俺たちをあそこで降ろしてもらっていいかな?」


 コルグは俺の隣に立って、その青い輝きを指さした。俺たち二人はその時、ブリッジ上面の見張り台に上り、手すりを掴み隣り合って立っていた。 


「構わんが、本当にもういいのか? テヌートといったか、ソリーナ嬢の家のある村まで送り届けてもいいのだが」


「いや、あとは俺たちだけで行くさ。彼女がさらわれたとき、このふねが村人に目撃されてたみたいだからね。迂闊にこれで近づくと、面倒なことになると思う」


「なるほど。その件は私も覚えておこう」


 山賊どもの首領はモズライトという名の男だったが、思えばずいぶんと雑な仕事をしたものだ。俺だったら村の周囲ではせいぜいダダッカを使うだけにして、あとはバックアップにサエモドの一個小隊か、ポータインを一輌用意する程度にとどめる。


「ロランド氏に燃料と電力を分けてもらって、助かったよ」


「なに、もともとはギブソン軍の物資だ。私に気兼ねすることはない」


 互いに気持ちよく笑い声をあげて、俺たちは握手を交わした――最高の気分だった。

 

 

 コルグたちの運搬車トレッガーが走り去ると、我らが戦利艦も再び浮上し、移動を再開。その日の正午直前には、ラガスコの監視塔に通信と発光信号を入れていた。

 

         * * * * * * *

          

「そうか。アルパ・デッサを失ったか……」


 ドローバ・ハモンドは俺の報告を聞いて沈痛な表情を見せた。

 

「良い士官だった。アルパの死は悔やんでも悔やみきれん。将来はわが軍の、重戦甲部隊の教導を任せたいと思っていた……」


「ご無念お察しいたします、閣下」


 ハモンドが開封したナッツ・バーが、齧られないまま右手の中でペンのように回されている――器用だな、叔父上。

 

「……だが、代わりに得たものもある。生き延びた士官と兵士の貴重な経験。ギブソン軍の動向と、奴らの医療技術についての情報。それに、わが軍初となる空中艦艇の入手――」


 これは本当に大きな成果と言えた。ハモンドの軍は彼が一代で築いたもので、まだ帝国の軍組織から独立して日が浅く、保有していない兵器も少なくない。打撃艦シュラック一隻といえども、空中艦を保有したことで今後の戦略、戦術は大きく広がるはずだ。

 

 一方、ギブソン軍はポール・ギブソンが帝都から下向して任地で独立を宣して以来、今の領袖ギル・ギブソンで三代目。領土の拡張を続け、軍備も十分だった――遠隔地で走狗となる山賊に、打撃艦とポータイン三輌を貸し出せるほどに。

 真っ向から敵に回すには、まだこちらの力不足。何らかの対策が必要になるだろうが――そんなことを目まぐるしく考えていると。

 

「――そして、ロンド・ロランドという優秀な士官が、その能力を自ら証明した、という事実だ。よくやってくれた。お前は血縁こそ薄いが、わしにとって誇るべき甥、頼むに足る親族だよ」


 ハモンドの言葉には、最後に不意打ちのような讃辞がくっついていたのだった。

「くっ……もったいないお言葉です!」


「はは。そうしゃちほこ張るな。今後、お前にはアルパの分まで大いに働いてもらわねばならんからな。筆頭騎士らしく鷹揚に構えておけ……食うか?」


 そう言って、ハモンドは未開封のナッツ・バーを一本、俺に突きつけた。

 

「頂戴します」


 くるりと紙包みを剥いて一口齧る。つなぎに混ぜられたキャラメルか何かがねばりつく感じで、やけに抵抗感のある歯応えだ。


(筆頭騎士だと……俺が!?)


 やったことを考えれば妥当なのかもしれないが、さすがに一足飛びすぎないかと不安になった。


「さて、しかしそうすると……どうしたものかな」


 ハモンドは席を立って後ろを向き、壁にかかった地図を眺めた。このウナコルダ地方を中心とした、半径二百キロほどのエリアを示したものだ。

 

「ちょっと思いついたのはな……お前を、山賊の一団を引き継いだ新参のはぐれ騎士という触れ込みにして、そ知らぬ顔でウラッテへ駐留させる、という仕掛けだ。ギブソンの軍から補給を受けて情報を仕入れつつ、時々町や村を襲っては、わしの正規部隊に追い払われる、という役どころだな」


「そ、それは……!」

 ナッツ・バーをハモンドの顔面めがけて噴き出しそうになった。TVアニメ版の展開とほとんど同じではないか。

 

「そうすれば、山賊や、場合によってはその背後のギブソン軍の脅威をことさらに喧伝して、この辺りで中立を守っている町や村に、われわれの保護下に入ることを承諾させる、ということができるかもしれん」


「な、なるほど……しかし……」


「まあ半分冗談だ。そんな立場に置くには、お前は今の我が軍にとって貴重すぎるからな……少なくとも、常時その任に当たらせるわけにはいくまい」


「それを聞いて、ほっとしました。ただでさえ住民の感情への影響が最悪です。カラクリが割れれば、わが軍にとっては致命的かと」


 どう考えてもアニメのあれは悪手だった。乏しい情報から推測するに、あれで民衆の恨みを買ったのが前半退場の遠因になったのではないか、とさえ思える。


 ハモンドはカラカラと陽気に笑ってレモン水の瓶を開けた。

 

「うむ。そんなことをせずとも先日のクヴェリへの襲撃だけで、十分に交渉の材料にはなる。そうだ、二日ほど英気を養ったら、一度クヴェリへ行ってもらうとするか」


 ハモンドの目が、何を閃いたか奇妙な輝きを帯びた。

 

「クヴェリへ、ですか」


 そういえばあそこでは今、山賊から鹵獲したポータインが整備中だったはずだ。本来俺の乗機になるはずだったやつだ。

 

「そうだ。町の警備をわが軍に担当させてはどうか、という提案をな。書面にまとめて内々に商工会まで持って行って欲しい。なにか任務に必要なものがあれば申請するといい。主計部の者が取り計らってくれるだろう」


 提案というが、これはほぼクヴェリに対する恭順の要求。もっと言えば恫喝ともとれる。


「であれば……空荷の運搬車トレッガーと、サエモド二輌をお貸しください。これは主計に掛け合っても、閣下のお声がなければ通りますまい」


「なるほど。ポータインをついでに取ってくるか」


「はい」


 本当ならばヴァスチフを持っていきたい。だが、あいにくと打撃艦に対して行った例の無茶な攻撃のせいで、右腕が完全にいかれていた。部品の調達の都合もあって、修理にはだいぶ時間がかかるようなのだ。

 

「ついでに申し上げれば、先の偵察での遭遇戦で擱座させた、ほぼ無傷のポータインも回収できればと思いますが……」


 あれはエネルギーケーブルが切れているのに加えて、二か所ほどの装甲が破損しているだけだ。ラガスコの設備でも直せるし、すぐ動く。


「ああ。それは別に部隊を動かそう。クヴェリ行きはな、休暇のつもりで行ってこい。サエモドの人選は任せる」


「はっ」


 俺は一礼するとハモンドの執務室を出た。クヴェリ行きに当たっては、まずリンは連れて行くべきだろう。商人の娘らしく読み書きも堪能だし、副官として横に控えさせておけば、華のある外見が他へ与える好印象も期待できる。

 迂遠なことだが、非公式でも軍使となれば、そういうところにも気を遣わなければなるまい。武器を取っての戦いなど、むしろ騎士にとっては楽な仕事の部類なのだ。


(さて、そうするとサエモドには……)


 有能なのはシャーベルだが、彼女はようやく意識が戻ったばかり。これから数日は療養せねばなるまい。すると。

 

「フェンダーとグレッチか……この二人だな」

 

 グレッチは使える。フェンダーは少々不安だが、それゆえに目の届くところに置く必要があるだろう。

 あとは偵察行で良い働きをした、あの騎兵と八人の歩兵たち。彼らを連れて行って、街で少し遊ばせてやるのも悪くはあるまい。

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