第91話 対金城高校

「セットカウント3-0により金城高校の勝利です。両者、礼」

 ありがとうございました──と。

 三番コートにてネットを挟み、礼をする両校。桐崎第二高校はふてくされた顔でコートを後にした。それを観客席側から見送る桜爛大附高の面々。

 運営側へオーダー提出した遥香の帰りを待って、伊織は一同をあつめた。すこし離れた場所では大神をふくむ才徳OBがそのようすを見守る。

「第一ラウンド終了、うちらの対戦相手が金城に決定しました。ここまでは予想通りやな。というわけでさきの第一ラウンド試合を踏まえて組んだオーダーを発表する。S1に雅久」

「うしッ」

「S2、瑛」

「……うす」

「ほんで、D1に秀真とニーナ」

「ウェーイ。マブダチペアじゃん?」

「だれがマブダチだ」

 以上、と伊織が手をたたく。

 これぞ盤石の布陣である。

 桜爛大附テニス部のシングルス番手順は現在、一番から雅久、秀真、乙幡、新名、蓮、凛久、赤月である。秀真は二番手の実力があるうえダブルスの展開センスも抜群に長けている。初心者あがりの三名にとってはもっとも組みやすく頼もしい相手と言えるだろう。

 ここ数か月はとくに伊織の指示によって、三名とのダブルス練習に力を入れてきた秀真ゆえ自信もひとしおである。

 ええか、と伊織は目を光らせた。

「春季都大会はシングルス二本とダブルス一本の三試合──うち二本を勝てたらチームの勝利や。金城は秋季の大会でベスト16に入る実力があるチームやけど、さっきの桐崎第二との試合見たやろ。アンタらがこれまで相手にしてきたコーチ陣、白泉の子らとくらべたら月とすっぽん。負ける要素が見当たらへんわ」

「すげー強気じゃん」雅久がうれしそうにつぶやく。

「当たり前や。個人戦で関東いくレベルがS1張ってんねん、まず問題ないから。リラックスしてやってきんさい」

 といって、伊織の腕が凛久と雅久にまわる。

 桜爛大附円陣の合図だ。そこにはマネージャーや遥香はもちろん、才徳OBの面々もついでに参加し大所帯の円陣となる。伊織は凛久にアイコンタクトを送った。掛け声は部長から──ということか。

 ようし、と凛久は気合を入れた。

「新星桜爛団体戦初戦、プライド見せてくぞォ」

「応ーッ」

 声が揃う。周囲の他校選手たちが視線を向ける。しかし彼らは気にしない。それぞれがこれから繰り広げられるであろう勝負に対しての高揚を笑みに変えて、互いに笑み合った。

 該当のコートへむかう出場選手を見送ったのち、伊織は蓮を見た。

「さてと──蓮」

「はい?」

「ちなみにこの金城高校に勝ったあと、つぎの対戦校がどこか知っとる?」

「は、えーと。シードの武蔵野南高校とさっき一番コートでやってた試合の勝者ですよね。勝ったのはたしか戸田高校」

「せやな。武蔵野南はシード校のなかではそこまで脅威でもないんやけど、むしろ戸田の方がええゲームメイクしとってん。おそらく金城に勝ったらつぎに当たるんは戸田やとおもうわ」

「なるほど、つまり」

「おねがいできる?」

「わかりました。行ってきます」

 すっかり玄人顔で蓮は立ち上がる。

 それを見た琴子もつられて腰を浮かしたが、蓮はふるりと首を振った。

「黛はうちの試合見てやって。あとで改善点を練習メニューに加えるつもりだから」

「わかりましたっ」

「じゃーあたしがついてくッス。蓮サン」

「え」

 夢咲蘭花。

 彼女はキラキラと瞳をかがやかせていきおいよく立ち上がる。どうやら常々『偵察』というものに興味があったらしい。すっかり身支度を済まして、ターゲットとなる学校がどこにいるかをさがしている。

 蓮はちらりと蜂谷を見た。こんな目立つ人を連れていっていいものか、と逡巡している。しかし蜂谷の反応は意外にも良いものだった。

「行ってきなよ。べつに学校に乗り込んでデータを集めるってわけじゃない、単なる観客だとおもって」

「はあ。そういうもんですか」

「夢咲さん。ちょっと」

「なんスか?」

 蜂谷は何事かを蘭花に耳打ちする。

 彼女はぽかんとした顔で聞いていたけれど、頼むよマネージャー、と肩を叩かれるやとたんに気合いが入ったか、

「ウィーッス!」

 と拳を突き上げた。

 目指すは、武蔵野南対戸田の試合がおこなわれる二番コートへ。蓮と蘭花は肩を並べて歩いて行った。


 ────。

 さて、桜爛団体初戦である。

 とはいえ伊織のいうとおり、S1試合は雅久の熟達したゲームセンスが火を噴いた。相手の三年生選手もするどいショットとコントロール力ではあったものの、おさないころより磨き上げられた雅久のフットワーク、動体視力、フィジカルの前ではあまり役にも立たない。

 見る側からしても非常に安定感のあるプレイングで、雅久は6-3というゲームカウントを数えて早々に勝利した。

 桜爛のチームメイトたちが「さあどうだ」と息を呑んだのは、つづいておこなわれたD1の試合である。秀真はともかく、新名は公式大会初参加の初心者。人によってはそれだけでメンタルがブレることもあるからだ。

 しかし──。

「ニーナのメンタルがブレる? 笑わせんなって」

 と雅久はなぜか得意げな顔でつぶやく。

 実際、彼の言うとおり新名は練習時とまったく変わらぬ好プレーによって、順調にポイントを稼いでいった。なんといってもフットワークの軽さである。ふつうならば諦めるような頭上を越す高いロブも、見事なジャンプ力で高さを合わせてスマッシュやハイボレーで攻めていく。

 まるでウサギのようなプレーを前に、杉山が姫川を横目に見てクスクスわらった。

「アイツどっかで見たようなプレイスタイルやなー」

「見どころあんぜ、ニーナは。合宿のときからコイツはやる男だとおもってたんだ」

「ほんでもあの動きに合わせるペアの気苦労も底知れんけどな──秀真はええ選手やわ」

 伊織がぼそりとつぶやく。

 この試合を見れば、新名に秀真を組ませたのは正解だったと確信する。彼の卓越したゲームコントロール力と意外な柔軟性、ペアの意思をくみ取って先回りする感受性の高さ──。もちろんシングルスでも実力は高いが、彼の真価はダブルスでこそ発揮されると言ってもいい。

 意外だったぜ、と大神はうれしそうにつぶやいた。

「うちに立ち寄ったころと比べると顔つきから何から、ずいぶんちげえじゃねーの」

「当たり前や。うちがこの数か月間でどんだけ徹底的に、秀真のなかから雅久への劣等感をなくさせたと思てんねん」

「劣等感か。……その感情はときにいい方へ転ぶこともあるだろうが、アイツにとっては逆効果だったわけだ」

「うん。むしろそんなんナシに、自分のテニスに集中する方が秀真には合うててん。まあほんでも気付けば期待以上の両刀使いに成長したわけやけど」

「なるほど。最良采配だな」

「ホンマおもろいわ。シングルス特化型とダブルス特化型、両刀万能型──それぞれ特徴があるなかで、みんなの実力が一番発揮されるオーダーを作んねやんか。クセになりそう」

 と、伊織は恍惚の表情を浮かべた。

 さて試合は順調に桜爛リードのままマッチゲームへ。5-2というカウントで新名のサービスゲーム。心に余裕があるゆえか、あるいはもともと緊張ということばを知らぬのか、新名はのびやかにラケットを振り下ろし、するどいファーストサーブを放つ。

 ほんとうに秋からテニスをはじめたばかりなのか──と目をうたがう好サーブは外角に跳ねてエース。秀真の「ナイッサー」という熱い声援に押され、新名はその後も絶好調なサーブを見せ、なんと四ポイントのうち三ポイントをサービスエース、あるいは相手のリターンミスを誘ってゲット。最後のポイントは、サーブで崩れたリターンボールを秀真がするどいハイボレーで相手コートへ突き刺した。

「ゲームセット ウォンバイ桜爛 ゲームカウント6-2」

 主審コールとともに試合は終了し、この時点で二勝をあげた桜爛大附は早々にチームでの勝利を確定させた。

 最初のS1試合開始からわずか四十分。

 あっという間の初戦白星スタートを切った、桜爛大附高校である。

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