第22話 荒野再び


 四度目の扉を潜り、僕達は次の場所に飛ばされる。


 みんな、そろそろ小休憩程度では抜けきらない程に疲労が蓄積されつつある。出来ればあとどれだけ進めば最奥に辿り着けるのか知りたい所だ。


「ねぇ、ここさっきも来なかった?」

「……本当だ」


 だが、僕達の目の前に現れたのは既に訪れたであろう無尽の荒野。

 そこは以前と変わらぬ殺風景な姿を以て、再び訪れた僕達を迎え入れた。


「元の場所に戻されたと言う事でしょうか?」

「うーん……。でも、前とはちょっと様子が違う気がするよ?」


 リベラの言う通り、前回は始めに青空が広がっていたはずだが、今回の空は既に薄暗く悍ましい灰色の雲に覆われていた。


 何かを焼き尽したかの如き忌むべき色。

 何処までも広がるその光景に僕達は思わず身構える。


「あぁ、やっと来たのか。待ちくたびれたぜ」

「……貴方は!!」


 そこへ現れたのは何時かの女戦士。

 一度目の荒野から出る際、彼女の右手は戦っていた騎士によって斬り落とされたはずだが、目の前の彼女はそんな大怪我を負った様子も無く、腕も無事に見える。


「ここまで辿り着くのにちょっと時間をかけすぎじゃねぇか? 待つこっちの事も考えてくれよ」


 男勝りな口調で話しかけて来る彼女は、凝った首を解す様に回しながら拳を打ち鳴らす。

 その身から放たれる威圧感は、騎士とぶつかり合っていたあの時に近しい物を感じる。


「これ……倒さないとだめだよね?」

「多分そうだと思う……。でもあの人すっごい怖い……」

「私達、勝てるでしょうか?」


 余りにも隔絶した実力。このまま戦えば僕達は間違いなく全滅する。

 撤退しようにも通って来た扉は既に無く、この荒野では相手を撒こうにも遮蔽物が無い。


 つまり、今の僕達には戦うと言う選択肢しか存在して居なかった。


「何を話してんのか知らねえが、お前達も薄々感付いてんだろ? 俺を倒さなきゃこの先には進めねぇってな」


 この状況を打開しようと思考を巡らす僕達を見ながら女戦士は嗜虐的な笑みを浮かべている。


「……質問に答えて貰っても良いですか?」

「お前の求める答えを俺が知ってるとも教えるとも言ってねぇのを承知の上でなら聞いてやるよ」


 僕の問いに対して彼女はまともに取り合う気は無さそうだが、それでも構わない。

 首肯を返し、そのまま彼女に向かって問いを投げかける。


「この場所は大遺跡の内部で間違いないですか?」

「お前がそう思うんだったらそうなんじゃねぇか?」


 興味も無さそうに彼女は答える。

 知らない、と言うよりは本当に聞く価値も無いと思って居る様な反応だ。

 構わず僕は質問を続ける。


「ここは誰かの記憶を基に構成された場所ですか?」

「さぁ? そんな事に興味ないね」


 リベラの見て来た光景と今まで訪れた場所。それらから導き出した仮説だが、これに対しても彼女は答える気は無さそうだ。

 つまらなそうに欠伸をする彼女を見ながら質問を続ける。


「この場所で出会った影たちは皆、記憶の持ち主に縁のある人物ですか?」

「しーらね」

「あ、あの人……」


 余りにも僕の問いに答える素振りを見せない女戦士にリベラが苛立ち始め、女戦士はそんな彼女を見て面白そうに挑発を繰り返す。

 今にも飛び掛かりそうなリベラを手で制しながら、僕は一番知りたい事を口にする。


「その記憶の持ち主は、存在して居ないのでは?」

「……え?」

「リオン君、何を……」


 僕の問いに反応したのは、今までの質問を間近で耳にしていたエルンとレナ。

 彼女達はこれまで立てていた仮説からは想定して居なかった角度で放たれた疑問に驚きを隠せないでいた。


(……何か、反応は?)


 一方の僕もこの問いに対し明確な答えが欲しい訳では無い……というより殆どあてずっぽうだ。


 戦いが避けられない以上、少しでも情報を引き出し、相手の心を惑わせたい。

 荒唐無稽な問いで相手が呆気にとられるも良し。何かしらこの場所の核心に迫る情報を聞き出せれば上々だ。


 どんな反応をするにせよこれが最後の質問だ。これ以上は聞くだけ無駄だろう。

 そんな思いで発した問いに彼女は―――




 ―――真紅に燃え盛る炎を纏う事を答えとした。




「熱い!!」

「あ、これ、もしかしなくても怒った!?」


 途轍もない熱量が目の前の存在から発され、それと同時に押し潰さんとばかりの威圧感が僕達へと押し寄せる。


「黙って聞いてりゃ、べらべらと……。良く回る口だな、俺の炎で舌を炙ってやりゃあ少しは静かになるか?」

「言う程黙って聞いて無かったと思うけどね!!」

「―――ッ!!」


 ぎらぎらと怒りを滾らせる女戦士に向かってエルンは冗談を口にする。

 それに対し一層熱量の高まった威圧を彼女に向かって放つが、エルンは少し圧されながらも不敵な笑みを浮かべて炎を纏う戦士を睨み付ける。


「……ははは!! 良いね、最高だ!! 何だい、少しは肝の据わった奴も居るじゃ無いか」


 それを見た彼女は高笑いを上げる。

 そして一頻り笑った後、腕を振り上げ以前の様に炎の檻を生み出した。


「あわわ、また炎が……!!」

「まさか二人共、正面からあの人と戦うつもりですか!?」


 レナの問いに対し僕達は何も答えない。

 それを肯定と受け取ったのか、彼女は口の端を噛み締めながらも魔術を使う。


「―――『水膜の抱擁』」


 薄い水の膜が僕達の身体を包み、今にもこの身を焼こうとする周囲の熱から僕達を守る。

 どうやら彼女も戦う意志を固めた様だ。


「皆が戦うなら、私も戦うよ!!」


 周りを取り囲んだ炎に驚いていたリベラも、小剣を胸の前で構え戦闘態勢に入る。

 その様子を見ていた女戦士は、とても、とても愉快そうに笑い出した。


「ははっ、あはははは!! 良い!! こんなに愉しいと思えるのは何時ぶりだったか」


 笑いが堪え切れないのか、口元を覆い隠しているのにも関わらず彼女の吊り上がった口角が手の端から漏れて見える。


「ま、名乗るくらいはしてやるさ。―――俺はラース。これからお前達をたっぷりと可愛がってやる人間の名前だよ」


 ラースと名乗った戦士は轟々と燃え盛る炎を纏いゆっくりと、しかし確実に、僕達に向かって歩みを進め始めていた。

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