第48話
同刻、ルルイエ探偵事務所では。
「ナコトさん、七味ください」
「んー」
ずぞぞぞと音を立てながらうどんをすする二人の姿があった。
あまりにも不味いコーヒーの口直しに、すでに朝食を済ませたはずのナコトもうどんを食べている。
その小さな体のどこに入るのかというほどの量を平らげているが、ルルイエにとってはもはや慣れた事。
「んー……?」
そんなのどかな食事中に、ナコトが何かに気づいたかのように首をかしげる。
それから箸を止めて探偵事務所の扉を開け向こう側をのぞき込んでから、ゆっくりと閉めて鍵をかけた。
「どしたんすか」
「んーん、なんでもないよ」
と、同時に扉が叩かれる。
「なんでもなくねーよ、無駄な抵抗はやめてここを開けろナコト」
「……さて、おうどん伸びないうちに食べちゃわないと」
扉の外から聞こえてきた声を完全に無視するナコト、しかしその頬には一筋の汗が。
「おい合法鬼ロリ! 3秒以内にここを開けないとお前の失敗談一つずつ暴露していくぞ!」
「やぁやぁアバーライン、ようこそルルイエ探偵事務所に! ウェルカムドリンクはぶぶ漬けなんていかがかな?」
あっさり陥落したものの、あらゆる態度で帰れと伝えるナコト。
その気配は鋭く、ナコトの怒気に慣れているルルイエすらも冷や汗をかく程だった。
そして、そんなものに慣れていない者が一名。
「おい、俺はともかく相棒がもたねえからその殺気抑えろ」
「え? あ……」
必死に意識をつなぎとめようと歯を食いしばり、目を見開いて拳を握り締めるアデルが扉の陰に立っていた。
そのことに気づいてすぐにナコトは殺気を抑え込む。
「まぁなんだ、今日の仕事でピリピリしてるのはわかるが落ち着け。というかその仕事とは無関係な話をしに来たんだ」
「……本当に?」
「あぁ、邪神に誓って」
「……ニャルちゃんじゃないよね」
「炎の邪神クトゥグア様に誓うよ」
なおクトゥグアは現在太陽の真似事をしているため、吸血鬼であるアバーラインにとっては天敵といえなくもない。
とはいえ本物の太陽ではないので、吸血鬼が日光で浄化されてしまうという事例は今のところ起こっていない。
「まぁいいや、それで?」
「あぁ……まぁなんだ、とりあえずそのうどん食っちまえ。話はそれからだ」
「うーい」
アバーラインが促したことでルルイエとナコトは流し込むようにしてうどんを平らげてテーブルを開けた。
そこにルルイエ特製のコーヒーが二つ運ばれてくる。
「さて……話なんだが、嬢ちゃんは学校か?」
「クリスちゃん? 今日は体調不良で学校はお休みだけど、今は病院に行ってるよ」
「邪神の娘でも体調崩すんだな……」
感心したように頷くアバーラインの対面で呆れたようにため息を吐くナコト。
その様子を見て、全てを理解したのかアデルがアバーラインに小さく耳打ちをする。
「たぶん、女性特有のあれです」
「あ? あ、あぁ……なるほどな……」
「あのさ、アバーライン。私も意図に注意できるほどのデリカシーは持ち合わせていないけれど、娘さんのためにもその辺りはちゃんと理解を持っておいた方がいいよ。将来嫌われたくなかったら」
「……そう、だな。真面目に考えてみる」
少し落ち込んだ様子で懐から煙草を取り出したアバーラインは、そのままアデルに目配せをしてあとは任せたと言わんばかりに煙に思いを馳せた。
「あー、じゃあここからは俺が代わりに……まずクリスちゃんがいない事を確認した理由から説明しますか?」
「うんにゃ、流れで説明して。その方がわかりやすいから」
「わかりました。まずこれを見てください」
そう言ってアデルが差し出したのは数枚の書類と写真。
逮捕写真、通称マグショットと言われる物と何かしらの事件に関する調書などなどである。
「んー、これがどうかした?」
「この探偵事務所にクリスちゃんを迎え入れる事になった経緯は覚えていますか?」
「うん、フィリップスに頼まれて警察署に話をつけに行ったら面白そうな子がいたからスカウトした。それがクリスちゃんだった……で、いいんだよね」
「そうです、その時クリスちゃんが取り調べを受けていた理由がこいつらです」
そこに置かれたマグショットは以前クリスの活躍によって逮捕された自称大魔王とその配下たちだった。
しかしクリスが打ちのめした者達と比べて、だいぶ数が少ない。
「話には聞いていたけどねぇ……それがどうかした?」
「先日脱獄しました」
「あー……あぁ、そういうことね」
すべてを察したと言わんばかりに頷くナコト。
その隣でルルイエは首をかしげている。
「どういうことっすか?」
「つまりねぇ、アデルちゃん達はこいつらを捕まえたいけれど警察だけじゃ力不足ってわけ。もしかしたら並みのヒーローでも手に余るのかな?」
ナコトの言葉にアデルが小さく首を縦に振る。
「で、私達の力を借りたいけれどクリスちゃんは『やりすぎちゃう』から今回の事件にはかかわってほしくない。でしょ?」
「まさしくその通りです……ナコトさんなら、被害を最小限にできると考えて依頼を持ってきました」
「んー、あまり面白そうじゃないし午後から別のお仕事があるんだけどなぁ……」
気乗りしない様子のナコト、その言葉を待っていたと言わんばかりにアバーラインが煙草をもみ消して口を開く。
「この前、ニャル様関連の仕事に巻き込んだ借りがあるだろ?」
「それを言われると辛いところなんだけど……先約があるからねぇ」
「それも大丈夫だ。代役を立てる事で先方を納得させてある」
「むぅ、アバーライン……また狡い手管を覚えたね」
「なんとでも言え。ともかくこいつの逮捕に協力してほしい」
「逮捕と言ってもねぇ……潜伏先は?」
「不明だ、現在ヒーローと協力して調査にあたっている」
「じゃあ私の出番は後回しだねぇ」
そういうや否や、ナコトは欠伸をしながら給湯室に足を向ける。
「おいどこに行くんだ」
「洗い物、急なお客さんで朝ご飯の片づけが終わってないから」
「……妙なところで家庭的な奴なんだがなぁ。貰い手がいないのはやはりあの性格ぅお!」
「きこえてるよー」
顔面目掛けて飛んできたたわしを寸前で躱したアバーラインは冷や汗を流しながら給湯室に視線を向ける。
次の攻撃に備えてか、わずかに椅子から腰を浮かせていた。
「まぁいい……アデル、続きを」
「うす、とりあえず逮捕は主にナコトさんに協力を願いたいと思っています。けどその前に潜伏先を付きとめなければいけませんからね。その辺りの調査はルルイエさん、ひいてはルルイエ探偵事務所に依頼したいと思っています」
「ん? あぁうちに? 依頼額は?」
突然話を振られたことで煙草をふかし煙で輪っかを作って遊んでいたルルイエは一瞬狼狽するが、すぐに仕事用の頭に切り替えた。
何をするにも金というのは重要である。
仕事の依頼ともなれば、相応の金額を積んでもらわなければ動くに動けないものだからだ。
「これで、どうだ」
そういってアバーラインが差し出したのは10万Laと書かれた小切手。
探偵を雇う料金として、一日の金額ならばだいぶ多いが数日調査をしなければいけないとなると安すぎる。
そんな額を前にしてルルイエは頭の中で計算を始める。
「割に合わないっすね」
「日当たりの額だが気に食わんか」
「今日一日で調べろってことっすか? それとも毎日この金額出してもらえるってことっすか?」
「今日一日だ」
「なら、やっぱり割に合わないっす」
時間制限有りの成功報酬、日当10万は魅力的に見えるかもしれないが失敗すればタダ働きになってしまう。
そのことを視野に入れれば、この金額ではルルイエのやる気を満たすことはできなかった。
「…………ふぅ」
一切譲歩する気はない、そう態度で示しているルルイエを見てアバーラインは無言で小切手の末尾に0を書き足す。
「これでどうだ」
「……まじっすか? なんかあっさりしすぎてて怖いんですけど」
「どうせ俺の懐は痛まねえんだ」
「で、でも成功報酬だからなぁ。色々調べるのに手間も人脈も貸しも使う事になると考えるとなぁ」
その言葉にアバーラインは無言で小切手に書かれた数字の末尾に0を書き足した。
「よっしゃぁ! 不詳ルルイエ全力で対応させていただきやす!」
あっさりと釣られたルルイエに生暖かい視線を送るアバーラインとアデル。
この時警察二人以外は小切手に書かれた僅かなトリックに気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます