第41話

「さーやってまいりました温泉旅行! ……のはずなんですけどね」


 翌日、ハワード地区のコール町の一角にある白一色で平屋という一見すれば図書館にも見えるような施設の前に集まった一同。

 世間的に異世界転移門と呼ばれる施設の前で無理やりにでもテンションを上げようとして、そしてやはり雰囲気にのまれて意気消沈するクリスだった。

 事件の裏にニャルラトホテプと呼ばれるほどのトラブルメーカー。

 その場のノリも含めて、そんなモノを呼び込んでしまった自分たちの愚かさを呪いながらも仕事なら致し方なしと腹をくくった次第。

 約一名、ルルイエという駄天使のみがウキウキとした様子で札束をぺらぺらと数えていた。


「ふ、ふひひ……本当に30万……これなら給料と家賃払ってもガチャが……ぐへへへへ」


 もう本当に、駄という言葉すら生温い塵天使であった。


「ルーちゃん……もう何も言うまいと思っていたんだけどさ……覚悟、しとこう」


「え? なんですか? お家賃ならどうぞこちらを」


「うん、いらない。今月分も来月分もいらないからそれしまって……」


 あのトラブルがあれば渦中に飛び込まずにはいられない、むしろ面白い事があるならば自ら事件を生み出す、トラブルの影にナコトありとまでアバーラインに言わしめるほどの女がげんなりしていた。

 こちらもノリで黒幕を呼び込んでしまったことを後悔しつつ、自らの在り方を正そうとしていた。

 本当に珍しい事に、ナコトは今回の行いを反省しているのだった。

 そして……。


「警部、俺帰りたいっす……」


「俺も愛妻と愛娘のいる我が家が恋しい……あとこれ一応潜入捜査扱いだから名前で呼べ……」


「うす……アバーラインさん」


「よし……」


 お通夜ムードの男二人。

 ナコトが無理を言って、フィリップスを通して警察に掛け合いこの場に参上させたのだが表向きは仕事である。

 そのため拳銃も手錠も手帳もきっかり用意して、万全の態勢だった。

 むしろ様々な事件に携わり、クラフト家をはじめとするトラブルメーカーの情報に詳しい彼らは普段以上の。

 つまりは厳戒態勢でこの旅行に臨んでいる。

 実際荷物の八割は武器であり、然るべき機関に遺言まで残してきている。


「これ、出張手当でるんですよね……」


「でる……というか出させる……署長ぶん殴ってでも……」


 謎の決心をしたアバーラインだったが、その眼は本気である。


「俺、ぶっちゃけ女性と温泉旅行って聞いた時死ぬほどはしゃいだんですよ……ニャル様関わってないと思っていたから」


「俺はナコトから旅行のお誘い来た時点で通話切ろうとした」


「そこは同感ですが……なんだかんだで綺麗どころ集まってるじゃないですか……でもまさかそれが地獄への片道切符なんて誰が想像します?」


「いいかアデル。ナコト、ルルイエ、クラフトのどれかが関わった時点で地獄行きは確定している……この前の事件でお前も学んだだろう」


「そりゃそうですけど……俺はまだ枯れてないんで……」


「俺だって現役バリバリだっての。妻以外の女に興味がないだけで……娘は別枠だからな」


「わかってますよ……」


 女性陣に聞こえないようにぼそぼそと会話をする二人。

 たしかにアデルの言う通り、性格や言動を除けば綺麗どころが三人集まっている。

 しかも全員がタイプの違う美女だ。

 ルルイエは万人が芸術品のような美しさと称賛する美貌とスタイルの持ち主である。

 たわわに実った胸部は思わず顔を埋めて頬ずりしたくなるほどだろう。

 だが実際は酒と煙草と娯楽をこよなく愛する駄天使である。

 対照的にナコトは愛くるしい背丈と胸部、女性ですら可愛いと言い撫でまわしたくなるような顔立ちに、その外見相応の艶やかなキューティクルのロングヘアーと、黒髪に相まって吸い込まれるような漆黒に輝く角はマニアにはたまらない。

 が、中身はトラブルメーカーの破壊神である。

 その中間に位置するのがクリスであり、母譲りのエルフ特有の妖艶な美貌と年齢からくる可愛らしさのハイブリッド。

 いまだ成長中ながらに胸部は服の上からでもわかる程度になだらかな曲線を描いている。

 当人曰く着やせするとのことなので、脱げばどれほどの物かとよこしまな感情を抱くクラスメートも少なくはない……。

 が、邪神の娘であり過去被害総額は数百億。

 ついでに言動や出自が原因で十数年間友人の一人もできなかったという経歴まである。

 掘り下げ続ければこれでもかという程に粗と罪が出てくる女だ。

 そんな、外見だけ美女三人との旅行。

 まだ警察官になったばかりの、言い換えるならば思春期がようやく終わったアデルにとっては夢を見てもいい状況だった。

 ニャルラトホテプが絡むまでは。

 そして現在はというと……。


「もしもし、お父さん? うん、なんかあったら連絡するからニャルさん捕まえといて……デッドオアアライブで」


「ぐへへ、達成報酬で70万。それにサイン付きブロマイドなら1枚20万は堅い……」


「さーて、久しぶりに本気で挑もうかな……」


 臨戦態勢の女三人である。


「色気の欠片もねえ……」


「アデル、毒のある肉は食うなよ……」


「うす……」


 意気消沈している男2人を引き連れて、彼女たちは異世界転移門へと歩みを進める。

 ノーデンスという比較的まともな神が任されている領域であり、様々な世界へと飛び立つことができる。

 またこの世界に楔を穿つ事で、外界からの転移者は全員この場に転移させられる仕組みとなっている。

 以前クリスが叩きのめした自称魔王も、この楔の効果で引き寄せられたと言っていい。

 大半の世界は様々な規制が課せられるという法律が存在し、転移の為には専用のパスポートが必要だが今回赴く桃源郷は邪神たちの管轄内なので、そのパスポート無しでも転移可能な数少ない世界である。

 他にも年中常夏のふたぐんビーチや、逆に一年を通してウィンタースポーツが楽しめる狂気山脈なども存在する。


「ニャルラトホテプ様のご推薦で桃源郷へ往復5名様ですね。こちらへどうぞ」


 明らかに旅行に行くという面持ちではない面々を無視して、転移門の受付嬢は淡々と仕事をこなす。

 荷物を片手にしばらく歩かされた一行は、一つの部屋に案内され扉が閉まると一瞬の浮遊感を感じとる。

 そして数秒後。

 チーンという間の抜けた音と共に部屋の扉が開かれた。


「ようこそ、桃源郷へ」


 僅か数秒の旅。

 エレベーター感覚での異世界転移。

 他の世界の住民からしたら卒倒しかねない魔導技術である。

 が、そこは神々の管理する世界故の利便性。

 ただの人間であるアデルでさえも、今更驚くようなことは無い。


「……ナコトさん、ここからは常に臨戦態勢でいましょう」


「……だね、クリスちゃん。どこから何が飛んでくるかわからないよ」


 ニャルを知っている二人は既に警戒を厳にしている。


「おっほぉ! ここが桃源郷! うっはうはのゴージャス温泉地帯!」


 ニャルの本性、あるいはニャルがもたらす被害を知らないルルイエだけが上機嫌である。


「……アバーラインさん、胃薬無いですか」


「よく効く奴持ってきている……後で分けてやる」


「あざます……」


 そしてゴージャス感に気おされて胃を痛める小心者二人。

 逸般市民と一般市民では反応が真逆になるのも致し方ない事である。

 が、そもそも逸般市民の方は警戒厳のためそれどころではないともいえる。

 浮ついている一名に関してはもはや語るまでもないだろう。


「………………おかしいですナコトさん。いつまでたっても攻撃が来ません!」


「クリスちゃん……これも新手の罠かもしれないよ……」


 いつまでも疑り深い二人だった。

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