第20話

「おーう、きっちり捕まえたのね……お疲れ様」


 ねぎらいの言葉を賭けるルルイエ、その手にナコトは吊るされていない。


「あれ、ナコトさんは?」


「下で他の鳥人縛ってる、鉄筋で」


「鉄筋で……」


 鬼の膂力にものを言わせた力業である、文字通りの意味で。

 なおそれに縛られるというのはとてつもない激痛であるという事だけ付け加えておく。


「しっかしまぁ……事件を防ぐことはできなかったけど結果オーライかねこりゃ……。正式に雇ってたわけじゃないし、危険な仕事になったのもお目こぼししてもらえるでしょ……ん、ということは……」


「ん? それって……」


「あ、あぁいやね、それなりには役に立ってくれそうだし、しばらくは助手をお願いするよ」


 そう言って右手を差し出したルルイエ。

 パァッと朗らかな笑みを浮かべたクリスは握手に応えるように右手を差し出し、その手は空を切った。

 ルルイエの右手が突然軌道を変えて、クリスの胸部に迫ったからだ。


「うん、発育も私好みでなかなか触り心地もいいしね」


 セクハラである。

 この期に及んで、というよりはひと段落ついたからこそ本性が出たというべきか。

 ルルイエは趣味を前面に押し出してクリスの胸を鷲摑みにしたのだった。

 雇う以上危険な仕事をさせず、セクハラも厳禁と言われていたがまだ雇用関係にはない。

 契約の穴を突いた見事な……もとい小賢しい行為だった。


「き……」


「き?」


「きゃああああ!」


 それに対する真っ当な女子高生の反応と言えば悲鳴と、稀に反撃。

 ただしこの場合クリスのとっさの反撃と言えば……。


「ん? なんか暗く……ぎゃあああああああああああ!」


 いまだ健在の超大巨人による拳だった。

 とっさに魔法でガードしたとはいえ有無を言わさない質量攻撃にルルイエは危うく三途の川を渡りかける事になったが自業自得である。

 一番の被害者は腕から頭だけを出していて、振り下ろされた拳に釣られて超加速によるGをもろに受けた隼の鳥人であろう。

 とはいえ事件の首謀者だけに同情する者がいないのもまた、哀れな話である。

 なおこれは生物に限った話であり、最大の被害はというと。


「あ……」


 クリスが間の抜けた声をあげる事になったが、爆破と水圧で壊れかけていたダムである。

 超大巨人による手加減抜きの一撃はダムを粉砕するには十分すぎる威力を秘めていた。

 結果足場は崩壊しルルイエは飛行で、クリスは超大巨人の腕に収まることで落下は免れた物のダムの下ではナコトが必死に瓦礫を打ち払っていた。

 犯人たちを見捨てればナコトも楽に逃げられたが、そこにはダムから避難してきた観光客もいたため彼女にしては珍しく必死に救助活動に励んだのである。


「……ルルイエさんのせいです」


「……実行犯はクリスだよ」


「でもいきなり胸を掴むとかあの位されて当然です!」


「いやいや普通に威力が過剰すぎるから!」


「女の子に対する非道な行いはあのくらいでちょうどいいんですよ!」


「よくないわ! ダムをぶっ壊す一撃のどこが適切だ! 辞書で適切の項目調べてこい!」


 話がきれいに終わるのは物語の中だけである。

 現実は何とも後味の悪い出来事や、面倒なおまけが追加される物だ。


「あーそこの二人、ハワード市警だ。おりてきなさい、逮捕するから」


 ふと鳥人達を縛り終えたナコトが見れば、ダムの下ではアバーライン率いる警察官達が立っていた。

 メガホン片手にそう叫ぶ彼の声は、残念なことにしばらく言い合いをつづけた二人には届かなかったのだった……。


「せっかくヒーローらしく、事件には間に合わなかったけど犯人確保で無事解決できると思っていたのに! ルルイエさんのばかー!」


「これから雇用主になる相手に馬鹿とはなんだこらー!」


 ……届かなかったのである!

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