第2話

「あらら、悪い子いっぱい……こういう時は、【バリツ42式:霧(ミストザ)の都(リッパー)】」


 ふわりと、少女の着ている服や髪が翻った。

 そしてまるで雲が落ちてきたかのように周囲一帯を霧が覆い隠す。

 ざわざわと、先程避難を済ませた兵士たちの間でもあれはなんだ、組合に問い合わせろなどとどよめきが広まる。


 外から見ている者でさえこれなのだ、霧の中に閉じ込められた者はどれほど困惑しているのかは語るまでもない。

 数秒、それだけの時間が過ぎ去った。

 ゆっくりと、霧が晴れていく。


 その向こうから姿を現したのはシャーロック・サファイアと名乗った少女と、大魔王と名乗りをあげようとした男、そしてその側に立つ4人の男女だけであった。

 それ以外は全て致命傷とまではいかなくとも、戦闘は疎か今後数か月は病院のベッドの上で養生しなければならないであろう怪我を負い、地面を這いつくばっていた。

 数百、ともすれば数千の武装集団をわずか数秒で戦闘不能にしうる人物の登場にその場にいた全員が沸き立つ。


 沸き立ったのだが……いささか盛り上がり方がおかしいともいえる。

 遅れて到着、正しくは防衛線を本職の軍隊に任せて事後処理を行うべく後方で控えていた警察官達は揃って安全そうな位置から見せ物でも見るかのように落ち着いている。

 酷い者は口笛を吹いて冷やかしたりタバコを吸い始めたりと好き放題だ。


「く……貴様……いや、その気配……そうか、貴様が神か!」


 先程顔面にニードロップを食らった自称大魔王がふらつきながらも声を荒げる。

 鼻が妙な方向を向いているせいか、いまいち迫力に欠けるため威厳もへったくれもない。

 ヘルムが取れた事で素顔があらわになったが、その恰好や肩書に対して目立った特徴のない、有体に言うならば不細工ではないけどイケメンでもない平均値と言うべき様相だった。


 兵士や警察官の、僅かばかりだがその場で事の成り行きを見守っていた女性職員達は幻想を打ち砕かれたように落胆しているというおまけつきである。


「神であるならば出し惜しみは無しだ! 四天王よ、最大火力で奴を屠る!」


「「「「はっ」」」」


 四天王と呼ばれた男女は空中に魔法陣を描き始める。

 そこに大魔王を自称する男が膨大な魔力を注入していく。

 一個人が保有する魔力としては随分と上質なそれに、先程までこのショーを見ていた軍隊や警察はあわただしく防衛用魔法を展開して身をかがめていた。

 ショーの余波で死ぬなどあまりにも情けないと制服が汚れようが関係ないと言わんばかりの態度だった。


「くらうがいい、我らが最終奥義……グランドフレア!」


 幾何学模様、緻密にして繊細な魔法陣はそうとしか表現できない。

 それほどまでに細かく作り上げられた魔法陣を介して、常人では制御は愚かその体内に留めておく事さえままならない程の魔力を詰め込まれたそれは鳥のような姿を象る。

 まさしく火の鳥、不死鳥の最もメジャーな姿であるそれが音を超える速度で少女に飛来した。


「おおう……」


 それを、眼で追う暇もなく全身で受け止めた少女、もうもうと立ち昇る煙に確かな手ごたえを感じた自称大魔王と四天王達は肩で息をしながら口角をあげた。


「くは、くははははは! やったぞ! ついに我らは神をも超えたのだ!」


「おめでとうございます! 魔王様!」


「しょせんは偶像、魔王陛下の前では無力も同然でしょう」


「不埒ものには鉄槌を、まさしく大魔王の所業ですな」


「……これも道理なれば」


 高笑いと称賛の声が響く戦場。

 おそらく本来彼らがいた次元では世界を相手取り勝利できるほどの猛者だったのだろう。

 だからこそ忘れてしまったのか、あるいは知りえなかったのか。

 戦時中に油断したものは死ぬのだと。

 パァンという軽い音が響いた。

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