第22話 夏と野菜とカレーライス

 夏には宿題がいくつか出る。学校としてもしばらく空けるのだから学力を落とさないための措置だろう。

 それを一気にやろうと考えていても、そこまで手は動かない。

 ならばと、時間を決めてやるべきなのだ。コツコツ進める事が大事であり、精神的にも負担が少ないと言うやつだ。


「ふぅ」


 僕は今日のノルマを終え、時計を見る。

 少し時間には早いが、まあいい。準備だけは済まそう。


 今日は予定にあった「カレーを作る会」の日だ。なんだよそれとは思っているが、無理やりねじ込まれたのだから仕方がない。

 まぁ、カレーは嫌いではないから別にいいか。不安なことは僕らが作ることくらいだろう。


「さて、行きますか」


 予定時間も近づいてきたので、僕は美琴さんの家に向かう事にした。


 今日の会場は美琴さんの家の喫茶店だ。

 喫茶店のキッチンを使って作るそうだ。設備とか道具とかあるなら使うべきだ、と美琴さんは言っていた。

 ありがたい限りである。


 前に入った喫茶店。そこを目指して、僕は歩き出す。

 日も落ちかけているが、夏ということもあってまだまだ暑い。

 たらりと汗が出ながらも目的地へとたどり着いた。


 表の扉からは入らずに、裏の方へと回る。従業員用の扉から入ってきて欲しいとの事なので、それは従う。

 普段は絶対に使うことのない裏口からの入るということで、少し緊張してしまう。

 まぁ、気にしていても仕方がないので挨拶と共に中に入った。


「こんにちは、華咲空です」

「おっ!空くん来たね!イェーイ!!ウチにようこそ!!」


 そこにはいつも通りの元気で、エプロンをつけている美琴さんがいた。


「あ、美琴さん、どうも」

「やぁやぁ、今日も元気そうだね!!よし、とりあえずこっちに来てー」

「はい、分かりました」


 美琴さんの案内についていくと、店内へとたどり着いた。

 お客さんがおらず、店内に音楽も流れていないためか、少し寂しさを感じる。

 しかし、この状況の特別感がなんだかある気がして少しワクワクする。


「ふっふっふー、ようこそ、我が城へ!!やぁ、君が空くんだね?美琴から話は聞いているよ!!会えて嬉しいなぁー!」


 突然、後ろからとても元気に話しかけられた。思わず振り返ると、そこにはニコニコと満面の笑みを浮かべている1人の男性が立っていた。


「あ、こんにちは。今日はありがとうございます」

「いやー、いい子だねー!さすがは空くんだ!!うんうん、今日はよろしくね!!」


 この人は一度見た事がある。

 そう、この喫茶店のマスターだ。つまり美琴さんのお父さん。

 というか、この2人はすぐに親子と分かる。凄い元気だ。

 美琴さんは明らかにこの人から影響を受けているのが分かる。


「ね!いい子でしょ、空くん!!あ、空くん。この人が私のお父さんね!私たちのカレーが失敗した時の保険だよ!」

「やぁ、美琴パパだよ!美味しいの作ってね!」


 美琴さんのお父さんはグッと右手でサムズアップする。

 ああ、なんだか圧倒される。美琴さんが2人に増えたようで、なんだか疲れそうだ。


 僕が先行きを不安がっていると、新たな人がこの場に現れた。


「どうもー、こんにちはー。あかり先輩を届けに来ましたよーっと、お、後輩くん。来てたんだねー。どもども、みんなの糸さんだよー」


 ひらひらと手を振りながら糸さんと、部長さんが入ってきた。


「やぁ、今日はいい日だね。私はちゃんとお腹を空かせてきたよ」


 なんだか心なしか部長さんのテンションが高いような気がする。

 いつも落ち着いている感じだが、今日は楽しそう?な気がする。もしかして、カレー好きなのだろうか?


「部長!糸!ようこそ!カレーを作る会へ!!よし、これでメンバーは揃ったね!始めよう!!」


 僕らは促されるままに、空いているお店の椅子に腰掛ける。


「さぁ、今年もやってきました!カレーを作る会!!今年は新メンバーが加わりました!はい、空くんです!!わー、パチパチ!」


 美琴さんにつられてみんなは拍手をする。なんだか恥ずかしい。


「さぁ、第二回!!カレーを作る会だ!!材料はこちらで用意しています!あとは君たちの腕を貸してください!!」


 あ、これ第二回なんだ。てことは第一回もあるはずと思い、近くにいた糸さんに聞いてみることにした。


「あの、これって前もやったんですか?」

「うん、去年に思いつきでやったかなー。まぁ、こんなものは基本ノリだよ、ノリ」


 ノリと言われてしまえば全くもって否定できない。まぁ、そんなノリに僕も参加している訳だが。


「いやはや、今年もやってくれるとはとでも素晴らしいね」


 何やら1人とても感動してらっしゃる方がいる。いやもう、楽しさが滲み出ているよ、部長さん。


「部長さんはカレー好きなんですか?」

「ああ、大好きだね!!豊富な種類があり、スパイスの香りといったらもう、素晴らしいだろう!」


 ああ、なんだか部長さんまで、美琴さんみたいになっている。

 いや、まぁこれでカレーが好きなのは分かった。それに、カレー好きな人がいるなら大きなミスはないだろうと少し安心した。


「はい、これが食材だよ。夏野菜カレーを作るって聞いたからその材料と、あとは美琴がなんか色々買ってたかな」


 美琴さんのお父さんが食材を見せてくれた。

 鶏肉や豚肉、そして玉ねぎ、じゃがいも、にんじんなどの一般的なカレーの材料に加えて、ナス、トマト、ズッキーニ、ピーマン、パプリカ、かぼちゃ、などなどいろんな種類の野菜があった。


「・・・なんですかこれは?」


 僕は用意されたなかに異質なものを発見し、美琴さんに見せる。


「あー、これ?いいでしょ!!やっぱオリジナリティがないとね!!」


 ニコニコ笑顔でそう告げられてしまう。

 ああ、もう、なんでこの人は自信満々なんだろうか?


「なんで冷凍チャーハンと冷凍のオムライスを買ってるんですか!これを一緒に煮込むんですか!ご飯にかけるものにメイン料理を混ぜようとしてるんですか!」


 いやもう、言ってしまった。

 僕は落ち着いている方だと思ったいる。しかし、冷静ではいられなかった。

 だって、考えられるだろうか?こんなものが紛れ込んでいるとは思わなかった。


「ふっ、挑戦だよ!!」


 ああ、やっぱりこの人はダメだ。ノリと勢いで生きている人だ。

 そんな事を思っていると、ポンっと肩を叩かれた。


「まぁまぁ、美琴はこんなだから諦めなさいな」

「ちょっと糸!!それって、どういう・・・」

「そうですね、諦めます」

「なんか2人、この前の買い物から私の扱い雑じゃない?」


 美琴さんがなんか言っているが、まぁいい。糸さんが言っているのならば仕方ないと思える。

 僕は諦めて、調理に臨むことにする。


「あの、僕は何をやればいいんですか?料理なんて、授業の家庭科でしかやったことはありませんけど」

「そっか、君もか空くん!!よし、じゃあじゃんけんで食材切る人を決めようか!」


 君もか・・・


 僕はもしかしてと思い、参加者の顔を見渡す。すると、彼女たちはニコニコと笑いながらも軽く頷いた。


「美琴さんは?お店手伝っているんですよね?」


 前に美琴さんがここで働いているのを思い出し、聞いてみた。

 自分の実家だし、手伝っている。ならば希望があると思ったのだ。


「ふふ、私は料理が出来ないよ!!お父さんに止められてるよ!!よし、この中に料理が得意な人はいない。だから、完成が酷くなろうが笑って許そう!」


 なるほど!僕が初めに感じていた不安が的中したという事だ。

 よし、覚悟を決めよう。いや、決めるしかないだろう。


「負けた人2人ね!行くよー、最初はグー!ジャンケンポン!」


 美琴さんの掛け声と共に、それぞれに手を出した。


 ◇◆◇◆◇◆


 僕は慎重に包丁を使って食材を切っていく。慣れない手をしながら、包丁を動かしていく。


「ああ、やっぱり難しいね!!」


 隣には美琴さんが声を出しながら食材を切っていた。目の前には、粉々のじゃがいもやにんじんがまな板の上に置いてあった。

 ジャンケンに負けたのは僕たち2人だった。


「そうですね、やっぱり慣れないことは難しいです」


 僕の方も形なんか綺麗ではなく、うまくいかない。


「まぁ、いっか!煮込めば同じだよね!!」

「そうですね」


 煮込んでしまえば形の汚さなんて気にならなくなる。なので気にしても仕方がない。


 僕たちは大量の食材を切り終え、次に託す。

 糸さんと部長さんが食材を炒め、煮込んでいく作業をする。


 まぁ、あとは鍋に入れて待つだけの作業になる。

 しかし、不安はある。ちゃんとチャーハンとオムライスが入っている。それに加えて、チョコレートとかマシュマロとか、なんかいろいろ入っている。


 これはカレーというよりも、闇鍋に近いのでは?と思うが、カレールーが入ればカレーになりそうとも思ってしまう。


 さて、どうなるのだろうか?とりあえず僕らは待つしか出来ない。



 しばらく待ち、カレーの匂いがしてくる。


「うん、とても楽しみだね!」


 部長さんがとでも楽しそうにしている。

 カレー好きと言っていたが、美味しくなくてもいいのだろうか?

 まぁ、まだ美味しくないときまったわけではないが。


 僕はドキドキとしながらご飯とカレーをよそってもらった。


「はい、空くん大盛りね!!いやー、楽しみだね!!」


 美琴さんに勝手に大盛りにされてしまったが、いいか、作ったものを残すのも嫌だし。

 カレーの中にはゴロゴロと多くの野菜があった。随分と具沢山なカレーである。


「さぁ、食べようか!!いただきます!」


 僕らは手を合わせて、食べ始める。

 ゆっくりとカレーを口に運び、もぐもぐと口を動かす。味を見ながらゆっくりと。


「あー、案外普通?なんか量の多いカレーって感じかも、ちょっと甘いけど」

「まぁ、そうですね。意外と酷くはないですね」


 味はまぁ、普通。というかまぁ出来としてはいい感じじゃないか?


「うん、あたしは結構好きかもしれないなー」

「うん、いいね。この色々具が入ってるのはとでも楽しいよ。それに、うん、いい味だ」


 糸さんと部長さんには好感触のようだ。


「うん、みんなで作ったから美味しい、だね!空くん、どうだった?」


 どうだったか。まぁ、味は失敗はしなかった。みんなで食事も出来た。

 うん、なかなか悪くないと思ったかな。


「楽しかったですね」

「でしょ!来年もやるからね!」


 美琴さんが楽しそうに笑う。

 今回は、成功したと言っていいだろう。しかし、失敗したとしても、僕は笑って、楽しかったというだろう。

 多分、そんなものなんだろう。美琴さんたちと一緒に作れたから楽しいんだろう。


 ああ、なんだか今年の夏はとても、楽しくなりそうだ。僕は改めてそう思った。


「うん、うん、今年もいい感じだねー!あ、良かったら僕のカレーも食べてよ」


 ちなみに、美琴さんのお父さんのカレーを食べて、とても美味しく、ああ、これがカレーかと思ったことは秘密である。

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