02-009

 それは、青白い光となって列車の車両を打ち破る。


 自然現象の雷とは真逆の、空に昇っていく雷。


 雷の直線上にいた化け物は、痙攣したように体を震わせながらその場に崩れ込んだ。


 自分の体の中に生まれた、まるっきり新しい感覚。


 しかし、ずっと昔から――それこそ生まれる前から知っているような不思議な感覚が、体から滲み出てくる。


 息をするように、指を動かすように、はたまた足を動かして一歩を踏み出すかのようないたって自然な動作で、明日香は二度三度と雷を空中に放った。


 いずれもドォンと豪快な音を轟かせて弾けていく。


 そんな不思議な感覚に囚われていた明日香の視界に、再び化け物が入り込んだ。


「ミツケタ」


 先程雷が直撃したはずの化け物も煙を携えながらのぞき込んでいる。


「ミツケタ」


 明日香のことを指さして怪物は呟く。


「ミツケタ」


 その言葉を合図にしているのか、明日香の視界には一体、また一体と化け物が集まってきていた。カラスが餌でも見つけたかのように群がってくる。その一体一体が明日香のことを見ては「ミツケタ」と呟き笑う。その様は、人間が買い物に行った際に品定めする様子と酷似していた。正に今自分が品定めされている。これほど不快で屈辱なものなのか、と明日香は苦笑いを浮かべた。


「ミツケタ!」


 その化け物の一体が、痺れを切らしたのか、窓を殴りつけた。転倒した際に入ったヒビかなにかがたたったのか、化け物の豪腕が窓の耐久力を上回ったのだろうか定かではない。が、振るわれた拳は破壊音を轟かせ、窓を粉々に破壊した。ことは紛れもない事実だった


「……来ないで!」


 自分一人を狙っていることは明白。来るな、という言葉に乗せて雷を放つ。


「来るな……こっちに寄るな!」


 再び言葉に載せて雷を放つ。


 右手と左手から一つずつ放たれた稲妻はいずれも化け物に命中こそしたものの、吹き飛ばしただけで終わる。例え言葉ならまさに焼け石に水状態で、雷の軌跡状に空いた穴にもすぐに次の化け物が体を重ねてくる。また雷を放ち、そこを埋める。五度繰り返したところで、とうとう一体が車両内に侵入した。


 その巨躯に明日香は言葉を失った。車両の高さは二メートル半ほどだが、化け物はそんな車内を窮屈にしてしまうほどの大きさを誇っていた。


「ミツケタ」


 再び不気味な言葉を発しながら化け物は明日香めがけて拳を振り上げた。殴られる、と思うも一瞬、見たことの無い景色がフラッシュバックする。


 ――これ……。


 蘇ったのは、あの少年と自分自身が戦っていた映像だ。しかも今回はあの少年の視点ではなく自分自身が見ていた主観的な景色だった。


 ――……こうやって避けてたんだ。


 過去の自分から動き方を学び、自身の力にしていく。振りかぶられたその拳もフラッシュバックの中にいた少年の者とは比べるまでもない遅さで、容易く避けることに成功した。


 明日香の中の恐怖が、だんだんと自信に変わっていく。


 避けることも吹き飛ばすことも出来る。見たことのない不気味な相手だけれど、引きこもりだった自分でも抗える――。


「ぐっ……」


 戦える――そう確信した明日香の心を引き戻したのは、乗客が叫んだ一つの断末魔だった。怪物が一歩踏み出した先にいた乗客の反応が途絶えた。心肺停止という通知がシードに数秒投影されて消えていく。


 ――このままこの場所にいたんじゃ……!


 狙いは明らかに自らへ向いている。このまま被害が広がるよりも、自分が囮になれば――先程の恐怖も、戦うという選択肢もすっかり消え失せ、代わりに生まれた判断力が明日香を突き動かした。


 目一杯に足へ力を込めて、爆発させる。車両の天井がボコリと凹んだことをよそに明日香の体は窓を突き破り、空中に投げ出された。


 彼女の眼下には川。足場になるものは何もない。身体能力が跳ね上がっている状況で大きな怪我を負うことはないだろうが問題はその後にあった。


 先日降った大雨の影響か、川の流れは急で、混濁した色と荒くれ具合から見ても川というより濁流と表現した方が適切だ。


 着水すると、急な流れが手足の自由を奪いにくる。


 身動きが上手く取れない。


 もがきながら水面から顔を出す。


 辛うじて見えたその視界には、電車から化け物が数体降りてくる姿が肉眼で確認できた。


 ――このまま自分が餌になれば……!


 その先は考えていない。


 ただ、あの乗客達に少しでも危害が向かわなければそれでいい。


 そんなことを考えながら明日香は川の中で目を瞑り、流れに身を任した。



       ※



 久しぶりの全力疾走に永海渚は心を躍らせていた。


 ここのところ自分が出勤しているときに限って何も問題が起きることがなく、端から見れば幸運の置物といった状態だった渚。


 暴れたりないと思っていたところに舞い込んだ大事件。警察官という肩書きならば市民の安全を危惧する場面であるにもかかわらず、どう力を振るって暴れてやろうかと考えていることに気づいて渚は苦笑いを浮かべた。


 ――仮にもサツなのにね。


 桜の紋に顔向けできないな、などということを考えながら渚は視界を前に捉えた。

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