01-005

 戦国時代を彷彿とさせる山吹色の陣羽織。火炎に促されて吹いた突風がその陣羽織を持ち上げると、大翔の懐に携えられた七つの面が顔を出した。一枚一枚に動物が象られており、それらの面それぞれが鳴き声を零している。


 その中から一つ、蛇の面を取り出すと、自らの後方に投げ捨てた。そこをスタート地点とし、ぐるりと明日香と大翔を中心として、一周だけ地を這うと、今度は軌跡上に火柱を立ち上げる。結果的にそれは炎の壁となり、周囲への被害が漏れないための対策となった。


 より疲労は溜まるが、一般人を巻き込まずに処理する方法はこれしかない。『KEEP―OUT』の文字を炎の壁に映し出してから、姫宮明日香を見た。


 当の本人は糸が切れた人形のようにその場に横たわっている。異様な緊張感の中で時を待つ大翔の手には、汗が滲んでいた。


 数時間にも感じられる時間の中で、彼女はゆったりと立ち上がった。


 人の動きではない。ロボットのような、独特な動き。


 ――来た。


「あっは……あははっ! 何これ、超っ気持ちいっ!」


 先ほどのおどおどした印象とは真逆の声色。理性の吹き飛んだその表情に狂気を感じた大翔は咄嗟に亀の面を左手に握った。たちまち面は鎧のように体を炎が包み込む。


 刹那、彼女の全身から無数の稲妻が飛び散った。雷雲かよ、と炎の中で大翔は引きつった笑顔を見せる。


「そんなとこに引きこもってないでさぁ! 出てきてよ! ほらほらぁ!」


 姫宮明日香は踊るように手を振りまく。すると、暴れていた稲妻はまるで意思でも持っているかのように繊細な動きで大翔を狙った。


 寸での所で躱し、回避しきれない場合には炎を盾のように扱いギリギリのところで凌ぐ。激しい攻撃の嵐に迂闊に攻勢に転じることができず、防戦一方だ。


「むー……それじゃ、スペシャルコースをプレゼント!」


 業を煮やしたのか、少女は両手を重ねると、縦横無尽動き回っていた稲妻を手のひらの上に集め始めた。次第に一つ一つの稲妻は巨大な雷の塊と成る。


 ――まともに受けたらマズい!


 重ねてきた彼の経験が警笛を鳴らしていた。両手を前方に向けて、これまで凌ぐために使っていた炎達を眼前に集中させる。


 そんな大翔を見て、少女はにやりと笑みを浮かべた。

 その瞬間、音が弾けて雷の球体が弾け飛んだ。


 緊張の糸とともに体の強張りが取れてしまい結果的に大翔の全身の力が一瞬抜ける。


 その刹那。


 大翔の背中に鋭い痛みが走った。


「こんにゃろ……!」


 振り向くと、バチという音と共に地面が若干の電気を帯びていた。仕組みは解らなくても、背後から不意打ちを仕掛けたことは明らかだ。


「あはは……はーっ、楽しいなぁ!」


「調子乗りやがって……!」


 我慢の限界はとうに超してしまっている。

 もう容赦している余裕はない。


 残り五枚となった腰の面の中から四枚を取り出した。内二枚の面、馬と猫に「起きろ!」と呼びかけると面の形を崩して炎となり、馬の面は両足に、猫の面は両手に取り憑いた。


「なになにー? もしかしてやる気になった⁉」


 本格的な戦闘態勢に入ったのを見て、彼女は不敵な笑みを浮かべた。戦うことが楽しい、傷つけるのが快感――そう、シードに支配されているのだろう。


「あーそうだよ。ちょーっとだけ本気出してやる」


 そう言って、取り出した狐の面を一つ彼女に投げつける。投げた面は炎を纏った矢のように、鋭さを保ちながら明日香の顔面を襲った――が、見切ったと言わんばかりの表情を浮かべながらすっと首を傾けて容易く回避する。


「うっれしいなぁ! ね、ね、どうやって戦うの? 今のボク、負ける気がしないんだけど!」


 まだまだ余裕なのか、気にしないと言わんばかりの笑みを崩さない。


 よほどの自信からか、はたまた強大な力を手に入れて理性の枷が外れているのか。


 どっちでもいいや、と大翔も笑みを返す。


「気づいたときには何にも覚えてねーから、安心しな」


 ぐっと、腰を落とす。


 低い体勢から大翔は、全力を持って、地面を蹴り上げた。


 自身でも理解できないほどの超スピード。移り変わる景色に、脳の処理が追いついていない。

 どこに行こうか、と悩んでいる暇も無いまま大翔の体は勝手に動く。


「うしろっ!」


 この速さについて行けるはずもない。


 となれば、頼れるのは気配と勘だけ。

 どちらを用いたのか大翔にはわからなかったが、彼女は確かに体をひねり、反応した方向へ雷を放とうと両手を重ねた。


「……あれ?」


 間抜けな声を零す明日香。思惑通り彼女の眼前には少年がおり、その標的に向けて彼女はやはり雷を放つ。

 放たれた雷の塊が大翔の姿に当たると、形が崩れユラリと漂い、まるで粉のように霧散した。しかしたちまち炎は集合、一点に集まると狐の形を成し、その炎の狐はクスクスと少女を嘲笑う。


「バーカ、正面だよ!」


 大翔は少女の頭上に飛んでいた。


 視界外から、躊躇いなく全力で右拳を振り抜く。


 全体重を載せ、更に纏った炎で威力を増加させた拳は容易に彼女を地面へ叩きつける。激しく叩きつけられた体は地面にバウンドして体全体が少しだけ浮いた。

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