第56話 おんり~・ふらいどらいす

「絵に描いたような町中華だな…」

 夏男が呟いた。

「ほらっ、ほらっ、ねっ? あったでしょ」

 青海に首を締めあげられている田中さん必死のアピールである。

「しかも…明かりが付いているぜ…」

 時刻は22時である。

「ん? 着いたですか? 冬香…麻婆豆腐がいいです」

 目を擦って冬華がムクッと起きた。

「先生、解るわ、酔っ払い相手の店なのよ…アテにできないわね」

「ぼったくりバーみてぇなもんか?」

「それは違うわ…」

「何が違うんだ?」

「うん…客層というか、でも正常な判断が鈍っている相手という意味では微妙に被っているかもしれないわね」

「まぁ…ゾンビ相手に、ぼっくりも何もないでしょうから…行きましょうよ」

 小太郎がバスを運転しているゾンビに停車を促す。

「ココで停めてください」

「…あうあぅあー‼」

「いいから‼」

 バス停ではないことが問題となったようだが、説得を経て店の前でズラッと並ぶ。

「腕を切り落とせばよかったんじゃね? 会長先輩」

「青海くん、キミは怖いことを言うね」

「ハハハッ、切っても生えてくるさ多分な‼」

「いや…生えないでしょ…ゾンビってそういう感じじゃないですよ秋季さん」


「中華飯店『カンカン』?…パンダの名前候補で落選しそうな名前だな」

 夏男が早速、悪態を吐く。

「そうですわね~、カタカナってところも…なにか引っかかりますわ」

「大体、中国語の語尾は『アルネ』だから問題ないんじゃないでしょうか?」

「向井君…未来ではどうだかしらないけど、先生、個人的には『アル』を使う中国人を知らないわよ」

「いやいや皆の衆、炒飯食べれば解るって、さぁ入ろうよ」

 田中さんに背中を押されてガラッとドアを開けて中に入ると数人のゾンビがすでに食事中であった。

「ぃらっしゃいアルよ」

 厨房から威勢のいい声が店内に響く。

 向井が申し訳なさそうに立花先生の顔を見た。

「……先生」

「言わないで頂戴‼」

「いたな、アルを使う中国人」

 青海がニヤニヤしながら立花先生の顔を見ている。

「うっさいわね‼ まだ中国人とは限らないでしょ‼」

 再び向井が立花先生の顔を見た。

「……先生…中国人以外でアルを使う人種って?」

「知らないわよ‼ スペイン人が使っていたら何か問題でもあるのかしら‼」


 店先でギャーギャー吠える立花先生を無視して冬華がチョコンッとカウンターへ腰かける。

「冬華…麻婆豆腐です‼」

「ないよ‼ ウチは炒飯専門ネ」

 厨房から顔を出した店主。

「イー…アル…カンフー?いや間違ったアル…サン…スー…9人アルな、炒飯9個、毎度アリ‼」

 厨房へ戻った店主、奥から炒め物サウンドが聴こえてくる。

「おいおい、田中さんよ~、テメェ‼ 炒飯しかねぇってどういうことだ‼ そんなもんは冷凍食品で食い飽きてんだよ‼」

 夏男がキレだしたのであった。

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