過去との決別

木ノ葉夢華

前編〜幸福〜




 * * *


「私はずっと、このままにちがいない」


 彼女はそう呟いた。


「これまでも、そしてこれから先も、私は”壊れたお人形”のままなのよ」


 悲壮なオーラを醸し出しながら告げる彼女の姿があまりにも痛ましくて、私は唇を噛み締めた。

 何と答えようかと思考を巡らしている間に彼女はどんどん前へ行ってしまう。


 私から、離れていってしまう。



「大丈夫よ」


 思わず手を伸ばした私に気づいたのだろう。後ろを振り向いて笑った。何が大丈夫なのだろうという疑問を頭の中で浮かべなから彼女を見た。


「私はみんなを不幸にする天才だから、しょうがないってわかっているの。もう諦めているし、そんな心はもう、どこかに置いてきてしまったから」


 内気で、見た目も地味な私に平等に話しかけてくれた友人。

 唯一無二の存在である彼女が何故、そんな表情をするのか、私は全然理解していなかった。


 いつもは気高く、時には親身に人に接する彼女の心がここまで色褪せていたことに、私はどうして気づかなかったのだろう。



 * * *



 あれは丁度5年前の話だ。


 小学4年生になって少し経った、蝉の鳴き声と太陽の照りつけに多くの生徒が疲労を感じていたあの日、その情報は舞い降りてきた。転入生が入ってくる、という話だ。それも、しがない田舎町の小学校に転入してくる例は数少ないというのに、女子だときて、多くの生徒が盛り上がった。

 だが当時、友達がいないだけでなく周囲からも表立って蔑まれていた私からしてみれば、蝿が羽音をたてていることと同等の意味のないものだった。

 

 問題はそれだけではなかった。

 数日後、校長室に入っていく本人を見た生徒が、美少女だった、と証言したのだ。


 そのために多くの男子生徒が彼女の姿をひと目でも見ようと昼休みと授業を放棄して校内を駆け回り、先生たちはそんな彼らを連れ戻すために奮闘した。

 挙げ句、その日の午後の授業はすべて彼方に消えてしまった。


 そして翌日、彼女が来た。

 真っ黒で艶のある髪を揺らしながら教室に入ってくるなり、そっけなく「麗華」と名前を言うと指定された席――つまり私の左横の席――に座った。その時頬を掠めた白い光線に目を奪われている間に彼女は私の視界から消えた。

 そのことを少しばかり残念に思う自分に疑問を持ちながら私は先生の話に耳を傾ける。だが内容は一向に入ってこないので思考をシフトすることにした。


 ただ時間だけが過ぎる。朝の会が終わり一時間目、二時間目と授業が流れるように終わっていく。いつもとは違う賑やかな空間で自分一人がおいていかれているような錯覚に陥り、周りと距離を置いてしまった。

 その結果、私は彼女に話しかけることさえできず、普段どおり体育の帰りは一人で帰ることになってしまった。


 風がゴォゴォと鳴り木々を揺らす。その勢いに私は赤白帽を押さえる。

 止むことを祈りつつ私は飛ばされないように大きな木に寄りかかった。


 「ああ、なんで私はこんな人間なんだろう」


 思わず声が漏れてしまう。駄目だ駄目だと自分に言い聞かせていた言葉が口から流れていく。


 「私なんか他の子達みたいに明るくないしコミュニケーション能力もない。それに・・・」


 たった一日。されど一日。

 180度変わってしまった世界に自覚していなくとも疲れていたんだろう。


 「私なんか、いなければいいのに」


 止まらない自虐の言葉を、ただ他人ひとごとのように聞いていた。


 

 「ねぇそこのあなた」


 それから何分経ったのだろう。いつの間にかあの風は止み、声がした。透き通るように綺麗な、人を呼ぶ声。

 私はその相手が自分ではないだろうと思い、その場から立ち去ろうとした。


 「聞こえてないの?そこのあなたのことよ。―――さん」


 ありえないことに、その声は私の名前を口にした。嘘だと思いつつも流石に無視することはできないと覚悟を決め、後ろを振り向いた。

 そこには冷たいながら意思のある瞳をした「麗華」という例の転入生がいた。キラキラしたオーラを前に私は何を言われるのかと身構えた。

 

 「ねえあなた、私と友達にならない?」


 まったくの見当違いの話に私は肩の力が抜けたような気がした。いや、本来ならばこれは脱力感というのだろう。その問いかけに喉から乾いた空気のみが通る。


 「私、あなたとなら気が合いそうだと思ったの。だってあなた以外の人たち、人としてつまらないのだもの。ただ無邪気で、人を傷つけていることにも気づかず、気づいても無視するだなんておかしいと思わない?」


 私は確かにそうだ、と思った。世間的には都会より田舎で過ごす子供のほうが感受性が豊かで、且つルールなどの規則や常識に厳しいと言われているが、この田舎町は異常なのかその常識は通用しないらしい。


 「私は一週間前にこの町に来た“一般人”だと自負しているからあなたにとっても安心だと思うの。少なくてもこの学校の生徒よりは常識があるはずよ。」


 彼女の顔を見た。そこには他の人達に向けていたような笑顔はなく、表情が抜け落ちたようなお人形のような表情をしていた。それでも私はそれが彼女の本当の顔なのかもしれないと思い始めていた。


 「私はあんな人達と一緒にいるくらいなら・・・」


 固まる私に手を差し伸べた。


 「あなたといるほうが平穏に過ごせそう」


 これまで友達といえるほどの人がいなかった私にはそれで十分だった。

 衝動的に、彼女の手を掴んだ。


 「よろしく、おねがいします」


 それ以外の言葉は出なかった。




 * * *




 それからというもの、私の学校生活は目まぐるしく変化した。

 彼女「麗華」が私の隣にいてくれることで私のことを表立って馬鹿にする人はすっかりいなくなった。多分裏ではたくさん言われているのだろうが、それでも見世物のように言われるよりは全然楽だった。

 

 変わったのはこれだけではない。

 昼休みや体育の帰り、下校などといったこれまで一人でいるしかなかった時間、彼女と一緒にいられるのだ!           

 私は憧れていた友達を手に入れた実感と共に嬉しさがこみ上げてきた。その反応に彼女は「友達ってそんな喜ぶことなの?」と首を傾げていたが自分にとってはそうなのである!少し呆れられたような気もするが別に気にはならなかった。彼女は私のことを嫌いにならないだろうという、どこから生まれたのかわからない自信のせいかもしれない。けれどそれ以前に彼女のことを信頼していたのだと思う。

 

 暇な時は彼女と色々なことを話した。

 テレビやインターネットで見聞きした世間話だけに留まらず、趣味の話もした。好きなキャラクターやデザイナー、愛読書の話までたくさんのことを話した。すぐ話題がなくなり私のことをつまらないと思わないだろうかと心配していたこともあった。がそんなことはなかったようだ。来る日も来る日も彼女は私の話に耳を傾け、話題を提供し続けた。


 私が一番驚いたのは彼女が音痴だったことだ!

 ある日私がカラオケに行こうと誘ったら顔をしかめながらついてきてくれた。ほとんど私が歌っているのを楽しそうに見ていたが、約束の時間が近づくにつれて、私だけ楽しんでいることに申し訳なく思った私は、最後は二人で歌おうと提案した。彼女は本日二度目のしかめっ面をしつつマイクを手にとってくれた。

 そこで選んだ曲は最近人気なJ-popだった。何事も上手くやってしまう彼女なら上手く歌えるのではないかという偏見を交えつつわくわくしながら待った。


 その先の出来事は悲惨の一言だった。

 すべての音を綺麗に(?)ずらしながら歌い終えた彼女は「だから歌いたくなかったのよ・・・」と恨めしそうな目で訴えてきた。幻滅したでしょうに、と静かに笑いながらジュースを飲む姿はどこかの有名モデルか女優に見えるほど、美しかった。

 

 「あなたには才能があるのでしょうね」


 そう言う彼女の言葉に私は耳を疑った。私より多くの才能がある彼女にそんなことを言われるとは思ったことがなかったのだ。それでも、うれしかった。自分を認められたようなそんな気がした。これまで経験したことはなかったけれど全然苦痛に思わなかった。


 「人間は必ず、一人ひとり個性があるわ。才能があるわ。各分野で優劣が合っても全体的に見て優劣なんてつけられないのよ」


 私もそうだもの、と言う。その呟きにそんな訳ない、私はいつも劣等生なのだと、劣っているのだと言いたかった。でも言えない。目を潤ませている彼女を悲しませるような言葉は、かけられなかった。




 

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