2・2因縁
「陛下はフェルグラート家とあまり親しくないのです」
そばに控えていた侍女のシャノンが答えた。
「そうなの」
確かにフェルグラート家は公爵という位を持ち都に住みながらも、社交界では隅にいるイメージだ。前当主は一応貴族院に議席を持ち、亡き青年も政務庁のどこかで働いていたらしいけれど、存在は地味だった。
陛下との距離がそのような状況だったのならば、納得ができる。
ルクレツィアは握りしめた手を顎に当てて、なにやら考えこんでいる。
「どうかなさったの?」
と尋ねると、彼女は顔を上げた。見たことがないほど真剣な表情。
そして周囲を見渡すと、
「シャノン、人が来ないか見張っていて」
と言い、それを聞いたシャノンはうろたえた。
「大丈夫、アンヌは強いわ。知らないのならば、知るべきよ」
「どういうこと?」
私が尋ねるとルクレツィアはシャノンを促して、無理やり彼女を見張りに立たせた。
「あのね、アンヌローザ。先代の陛下が亡くなったときに王位第一継承権を持っていたのが、フェルグラートの新当主なの。今の陛下は四番目くらい。それをあなたのお父上と結託をして、奪い取ったのよ」
「それは……」
と言ったものの言葉が続かない。
作り話を彼女がするはずがない。周りに確認すればすぐに真偽がわかるのだから。
彼女は私の手を両手で包み込んだ。
「20年前のことよ。先の陛下が亡くなるまで、先々代のフェルグラート当主とその一派が政治の中枢にいたらしいの。だけど当時、新当主は生まれて数ヶ月だった。だから彼が18で成人するまで、父がラムゼトゥール家の助力を受けて暫定的に王位に着く、という約束のもと即位したそうよ。だけど誰も信じなかった。王位継承権が2番目、3番目だった人たちは亡命したそうよ。新当主は赤ん坊だったから都に残ったけれど、結局十歳で出家したわ。暗殺されないためだったと言われている。そうやって陛下とあなたのお父上は権力を握ったの」
私は目をつぶって深呼吸した。突然の話に頭も心も動揺している。
だけれどこれで、クラウスの情報が入らなかった理由がわかった。みんな私に遠慮をして話せなかったのだ。
父さま……。
ろくな政治家じゃないと思っていたけど、酷すぎる。
「アンヌローザ。あなたと私の父は最低な人たちよ。だけどあなたと私は違う」
目を開くと、優しい表情をした親友が私を真っ直ぐに見ていた。
「そうでしょ?私たちだけは世間様に恥ずかしくないように、人の道を外れないようにしましょう」
「……そうね。ルクレツィアの言う通りだわ」
彼女はにっこりとした。
「衝撃的なことを話してごめんなさい。でもこれからフェルグラートの新当主が社交界に入るのならば、警戒しないといけないから」
「……そうね」
ゲームのこともあるけれど、その前にルクレツィアと私は簒奪者の娘と憎まれているかもしれない。
「そんな状況で陛下は招くことをよく決断したわね」
ルクレツィアは頷いた。
「かなりの論争があったそうよ。放置するのか、呼びつけて『謁見』させるのか、『お越し頂く』のか。結局、新当主が、王位を主張することはないと誓約書をしたためたから、無難に夜会への招待になったのですって。それに彼、長く修道院に入っていたから、穏やかな人柄らしいわ。陛下も安堵しているのではないかしら」
穏やか?
ゲームではどうだったのだろう。
美形で顔の造りが整っているぶん、酷薄そうな印象だった気がする。それなのにチャラい女好き設定だった。
彼のルートはやってないから、穏やかでないとは言いきれないけど。そんな形容はしっくりこない。
「これだけ世間で話題になっているのだもの。無視続けたら、陛下の器の小ささを嘲られるだけよ。プライドに負けたってとこね」
笑顔で語るルクレツィアに、違和感を覚えた。
今まで私たちは政治の話も王家に関わる話もしてこなかった。だからなのか、彼女がこんなに宮廷の状況を把握し、確固たる意見を持っているとは思わなかった。
これで本当に嫉妬に駆られた悪役令嬢になるの?
とてもそうは思えない。
「ルクレツィアは舞踏会はどうするのかしら?」
「もちろん出るわ。敵を視察しないといけないものね」
「敵?」
「……内心では、私たち簒奪側を快く思っていないかもしれないでしょう?」
「……そうね。私も出るわね」
「夜会を楽しみましょう」
ルクレツィアはそう言って、私の手を離した。
「シャノン。もういいわ」
「はい。……あら、ちょうどお越しになりましたわ」シャノンは振り返って私を見た。「クリズウィッド様が」
「あら、お兄さまが?」とルクレツィア。「お暇なのかしら」
ルクレツィアの兄、第二王子のクリズウィッド。
攻略対象その1で、私の婚約者だ。
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