どうせみんな死ぬ。~愛しい紙片~

さくらのあ

第1節 反抗期の次期皇帝ちゃん

第1話 信じない人

  私は、人を信じない。人なんて、平気で約束を破るし、何を考えているか分からないし、簡単に裏切る。


 だから私は、人を信じない。


「アイネ、ロロと遊んで」

「嫌だ」


 水色の短髪に、蜂蜜はちみつ色の瞳をした小柄な少女が、いつものように誘ってくる。


「ねーねー、アイネ、ボクと遊ぼー」

「嫌」


 黒色のツインテールに、緑の瞳をした小柄な少女が、これまた、いつものように誘ってくる。


「かまって」

「嫌だって言ってるでしょ」

「遊んでくれなきゃやだー」


 左右から腕を引っ張られて、ゆらゆらと揺らされる。太陽をさえぎってできた影も、三つそろってゆらゆらと揺れる。


「――だああ! もう、しつこい! 私、勉強してるの! 見て分からない!?」

「だいじょーぶ。アイネは馬鹿だから、勉強しなくていー」

「なるほど! お父さんに似て馬鹿だから、安心だね!」

「……ロロ、ベル。ちょっと、表に出なさい?」

「やっ」

「わーい! 逃げろー!」

「待ちなさい!!」


 シャーペンを強く握り、二人の逃げる背中に向けて、思いきり、振り下ろし、斬り上げる。


 ――瞬間、太刀筋に沿って芝生がめくれ、大地が二分し、数キロ先の木が縦に割れ、その先にある囲いにヒビが入る。


 ロロはそれを俊敏しゅんびんにかわし、ベルは後の攻撃を直に受けて、平然としている。


「全然ダメ。どこ狙ってるの? 運動音痴?」

「ね、ダメダメだよね。アイネ、今日のマッサージ、なんか弱いよ?」

「当たらないのはあんたが避けたからだし、当たった方もマッサージじゃないわよ!!」


 私を馬鹿呼ばわりする二人を、一体どうしてやろうかと、思っていると――ふと、後ろから頭を片手で掴まれ、動きを封じられた。


「アイネさん? こんなところで、何をしているの?」


 優しさを装った声だ。本当はその裏にどれほどの怒りが隠されているか、知らないわけではなかったが、私も頭に血が上っていたのだろう。


「はあ? ステアさんには関係ないでしょ」

「あらあら、アイネさん。――ママと呼びなさいと、いつも言っているでしょう!?」

「怒るとこが違ががががっ!!!!」


 ギチギチと、頭を片手でめられ、体を持ち上げられる。どんな握力してるの、この人。


「楽しそうだね! 僕も混ぜておくれっ」


 本当に楽しそうに、小躍こおどりしながら混ざってくるのは、赤髪の男だ。こちらは本当に遊びに来たような、まりのない顔をしている。


「楽しくない! ギルデ、邪魔じゃま!」

「娘の邪魔、は聞き慣れているから、ノーダメージだ。それよりも。いつも、パパと呼ぶよう言っているはずだけどね? ――罰として、一週間、課題を増やしてあげよう」

「それだけはあああっ!?」


 突然やってきたギルデに、いつものごとく、課題を増やされた。なんと、理不尽な世の中だろうか。


***


 ロロとベルに邪魔をされ、ステアとギルデに怒られ、制裁せいさいを下された挙げ句、課題まで増やされた。割れた大地やら木やら外壁やらは、直しておいてくれたらしい。魔法でやれば、一瞬だ。


「はあ。何か楽しいことないかなあ」


 自室で、適当にスマホを見ながら、ぼーっと過ごす。増えた課題は、今はやる気にならない。


「――ルクスチャンネル、また上がってる」


 見るか見ないか、悩みに悩んで、見ることにする。


「革命教のみなさん、および、このチャンネルをご覧になっている主神教のみなさん、こんにちは。それでは今日も、革命教の布教ふきょう活動に取り組んでいきます」


 出だしはいつも通り。本番はここからだ。


「みなさんご存知の通り、革命教では、この僕、ルクス・ロゼッシュを信仰しんこうしています。突然ですが、僕の最近の悩みは、高齢の方の信者が少ないこと、なんです。動画配信だと、どうしても、若い世代が集まりやすいようで。何か、いい案はありませんかね、ナーア?」

「ボランティアでもすれば?」

「それはやってますね」

「じゃあ、高齢者向けの法律を出すとか――」

「それもやってますね」

「いっそ、高齢者を支援する企業を――」

「あー、三社起業して、子会社も増えつつありますね」

「……それなら、もう、脅すしかないんじゃない? もし、改宗かいしゅうしてくれないなら、ボランティアも法案作成も会社経営もしないわよって」

「分かりました。僕が高齢の方に人気がないのは、ナーアのせいですね」

「は? なんであたしなのよ」

「次回の放送までに、反省文を五枚、提出してください」

「……え、マジのやつ?」

「はい。マジのやつです」


 ――まだまだ動画は続きそうだったが、飽きたので、ここでやめる。


「はあ、つまんない」


 再生数と評価を見て、私はため息をつく。なぜこんなものが人気なのか、よく分からない。何が面白いのやら。


「……勉強しよう」


 スマホを充電器に繋ぎ、ワイヤレスイヤホンをつけ、好きな音楽を聞きながら、ギルデから言い渡された課題を着々とこなしていく。


「よし、基本課題はこれで全部。あとは、日記と、読書感想文、写真撮影、国の改善案を三つ、それから自由研究と――はあ。こんなのやって、何になるんだろう」


 でも、課題だから、やるしかない。


 それから、私は二階にある図書室へと向かう。読書感想文用の本を探すためだ。


 課題は二週間おきに出される。計画的に進めていたのだが、残りの一週間で三冊読めばいいところを、先ほどの一件で六冊に増やされてしまったため、一日一冊は読まなくてはならなくなった。


「どの本にしよう」


 感想文は一冊につき、最低五枚。選ぶ本はどれでもいいが、ただのあらすじになってはいけない。採点者がギルデならまだ救いはあったが、残念ながら握力お化けのステアなので厳しい。


 その上、選ぶ本の分野も偏らないようにしなくてはならない。となると、先に六冊選ぶ方が懸命だろうか。


「産業にも興味を持ちましょうって言ってたっけ。うへぇ、頭が痛い……」


 とは言いつつ、比較的好きな、文学や歴史の本から探すことに決める。分類番号を見ながら、本を探し歩き――本棚の中の一冊に目をとめる。


「『血の皇帝 ~彼女の罪~』。……新しい本、入れてくれたんだ」


 ステアが購入してくれたのだろう。分類は歴史となっていた。一冊はこれにしよう。


 ――そうして、六冊、本を選び終え、ふと、窓の外を見ると、いつしか、夜が明ける時間になっていた。


 私は一度、外に出て、新鮮な朝の空気を肺一杯に吸い込む。それから、チェケという、写真をその場で現像してくれるカメラで、夜明けの空を撮影する。


「今日の写真、すっごく綺麗に撮れた……!」


 夜明けの空は、この時間にしか見られない。なんだか、得した気分だ。


「綺麗な空――」


 まだ星の残る空に、白い手を伸ばす。


「まだ全然、足りないなあ……」


 私には、目指すべき目標がある。それは、あの星に手を届かせるよりも、はるかに遠い。



 ――曰く。歴史上、最も平和とされる王国、ルスファを、一夜にして一人で滅ぼした。


 ――曰く。世界のすべてを見通し、自身に仇なす者を、一人残らず粛清しゅくせいした。


 ――曰く。ミニチュアのごとく、世界の配置をもてあそび、地図を変えた。


 それが、かつて、この国、メリーテルツェットを立ち上げた、『血の皇帝』。


 彼女が、私の目指すべき目標だ。



「――いつか必ず、追い越してみせる」


 読書感想文を一つ書き終え、今日の――正確には、昨日の日記をつける。


「よし、日記終わり。ギルデ、そろそろ起きてるかな?」


 日記等の課題は、その日やった分だけ、毎日、ギルデこと、ギルデルドに提出することになっている。とはいえ、今日のように徹夜することも少なくない。そのせいで、授業中に寝てしまうのだが、それはともかく。


 朝の訓練に取り組んでいるであろうギルデのもとへと、私は眠い目をこすりながら、足を進めた。

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