第四章 埋まる外堀
ゴールデンウィークを過ぎてふたたび学校が始まった。入学式の
大型連休は、できることなら
『むっふっふ……そういうお
『
『オッケー、
『土下座の
『いおりんのそういう
などのやりとりをしたが、そのあともしばらく話を聞いてみると、どうやら
『小学校のときは、もうちょっと積極的に外に遊びに出てたんだけどねぇ』
「なあ
「ん~?」
「よくアニメで、
「たしかに、『ヒロインの
「別にそういうのは否定しないっていうかぜんぜん賛成なんだけど、そういう過去の出来事ってゼロか百かでは
「ふむ。その心は?」
「
「それは……うん、たしかにそうだろうね」
「なかなか言葉にするのが難しいんだけど、俺はそういう、人の『ちょっとしんどかった過去』に
「高一でよくぞその境地に……。ところで
「ん?」
「この話……真昼間の外でする話かなぁ?」
「たしかに」
体育のサッカーの
「そっち行ったぞー! カバー入ってー!」
「
「今だー! 行けー!」
「いきなりこんな話をするのは、暑いのが原因かもしれない……」
「たしかに、これだけ暑ければ
「さりげない毒で少し頭が冷えましたけども」
今日の最高気温は三十℃。昼休み直前のこの時間帯は、おそらくそれくらいまで達しているだろう。グラウンドで積極的に運動している面々は限定されていて、
「女子は中でバスケだろ? 最初は
「中は中で大変でしょ。
三十℃はふた昔前なら夏の
「体育館の窓は開けてるみたいだけど、あれでも限度はあるよなぁ」
「バドミントンをやるときはもっと
「それは
一ヶ月も
「真夏で気温が三十五℃とかになったらどうするんだろうな? みんな
コートの
「時間帯を早くしたり、逆に夕方活動する部もあるみたいだね。大会前でどうしてもがっつりやりたい場合は、
「みんな大変だなぁ……」
「やっぱりこれも真昼間のグラウンドでする話じゃないと思う」
「たしかに」
もういちど
「ところで
「そうそう、動いてるときはアドレナリンが出て意外となんとかなるんだけど、こうして落ち着いてるとじくじく痛み出すんだよな」
「ノリツッコまないって
「ちゃんとノリツッコミをすると十中八九スベるからな……」
そして
「だぁぁ~……しんどぉぉぉ~……」
交代して
「おつかれ」
「俺は! 女子と体育がしたい!」
「「
「いや、楽しいよ? 楽しいけどさ、せっかくなら女子がこっちをちらちら横目で見てる中で
「お前の具体的すぎる
男子が
「女子のバスケ……」
「
「ツッコみたいけど、どこをはたいても手に
「それは僕も同じだけど」
「……ちょっと水飲んでくるわ」
「はーい、行ってらっしゃい」
体育館の
一気に半分ほど
「あっつ~~~い! 窓だけじゃムリー!」
クラスメイトの女子ふたりがドアを開け、まるで
中も外も大変なんだな、と思っていると──
「あ、ごめーん」
バスケットボールが開いた
「あ~、
ボールの砂を
「だろうなー。男子だと
「そのあと洗うのも
「今ちょうど
「そうなんだ。せっかくだし……んん? なんで今……」
女子の言葉に引っかかりながらも体育館に入る。
「
(え、はやっ!?)
パスを受け取った
ゴールと
ボールを持った
バスケボールがボードに当たり、ゴールネットをくぐる。そこでホイッスルが鳴った。
「
「つよすぎだってー!」
チームメイトの女子が口々にはやし、
「あ、う……そ、そんなことは……」
「ふぅ……」
雪白の
チームメイトとのハイタッチを終えた
ひとつひとつの仕草があまりにもなめらかで美しい。
(そうだ、
このままではクラスメイトをガン見する変態になってしまう。わき腹と太ももを同時につねるとちょっと我に返った。力を込めすぎてかなり痛いが、クラスメイトに
体育はまだ続いているし、いつまで
俺は帰る、帰るんだ……と言い聞かせながら、
「か~えで! おっつかれ~!」
「ひゃあん!?」
(あかん)
心の声がなぜか関西弁になった。わき腹と太ももをふたたびつねるも、痛みがまるでわからない。
(これは本気で
不意に
「おやおや~? いおりん、これはラッキーなとこを見ましたな~?」
口を「ω」の形にして引き続き胸を
「みす、ず……っ?
「
「すげぇ
「あぶっ、ちょっ、マジであぶなぐはっ!?」
「だいじょーぶかいおりん!
「マジでやばいから助け……ってそっちにかよ!」
「むぅ~……
「無理だってのいってぇ!?」
「いいぞ~!」
「いけいけー!」
他の女子は三人の
「ちょ……っ、マジで……もう……っ!」
「こーら」
体育の女性教師が、
「多少はしゃぐのは構わないが、さすがにやりすぎだぞ?」
「ぅ……す、すみません。でも罪には
「しゅんとしながら
「わたし保護者
自覚はあるらしい。
グラウンドでホイッスルが聞こえた。
「ほれ、号令だ。
「わかりました……ありがとうございます、助かりました」
これ以上この場にいても、ふたたび
「
「あーいや、色々あってだな……」
男子はコートでプレイしている生徒以外は
「いや、もう、本当に色々あった……」
「水を飲みに行っただけでそんなに
水を飲みに行ってからの出来事を思い返す。
体育館の重い
そこで
「……
「ナンデモナイ……」
「なんで片言なの……」
やわらかくひしゃげる、男子の
運動直後であることと
(あかん)
ひとつひとつを思い出すたびに、身体の一点が急激に元気になっていく。
「
「急にどうしたの」
「俺の
「それなりってことは本気でってことだね」
「どういう日本語だよそれいってぇぇ!?」
「こらー、はしゃぎすぎだぞー」
体育教師に
× × ×
体育後の昼休み。
(ちょっとひとりにならないと)
いつもは
(そういえば、屋上が使えるんだよな)
屋上に向かう
文化祭のときにしか使われないという空き教室で、イヤホンを着けて動画を観ながら楽しげに
目立たない階段に座り、仲
教室からは見えない場所にある
ちょっとした発見をしつつ、
(そういえば……
ふと思い出す
彼女は昼休みになると、いつも
校舎にはまだまだ自分の知らないスポットがある。そのいずれかで
ドアを開けた
「あれ? いおりん?」
「へ?」
横からかけられた声に
声をかけてきたのは
そしてその
(ここで食べてたのか……んん?)
(きーーまーーずーーいーー)
「パパラッチが、ついにここまで来た……」
わずかに
「い、いや、たまたまだから!?」
「いおりん、せっかくだから
「
「勝手に俺を分別のないゲス
「いいよいいよー」
「
「え、い、いいの……?」
てっきり
(き、気まずい……っ!)
女子の集まりを
「わー、いおりんのお弁当ってがっつりだねー。男子だー」
本気で帰ろうかと迷っていると、
今日は体育があるからと、
「わかりやすいねーこれ。お母さんが作ったの?」
「いや、親は
「「「えー!」」」
女子のテンションが一気に上がる。黄色い声とはよく言ったもの。
「へー、いおりんが作ってるんだー。すごいね!」
「これ、よく見たら二層になってる?」
「ああ、とにかく
「あはははは! ストロングスタイル!」
女子の盛り上がりが最高潮に達する。屋上に他の生徒がいなくてよかった。
(ん?)
ちらりと
「……………………」
なんだか、目がキラキラしている。
「
「う……うん。今日のお弁当、ちょっと
「えっと……食べる?」
「えっ。……パパラッチからの、
「英語と武士言葉が混ざるってどういう状態?
「パンも買ってるから、ちょっと分けるくらいなら
三つのパンを見せると、女子たちが「おお~……
「で、でも……」
それから自分の
「で、でも……」
「言葉と動きが合ってなさすぎるけど、なに、口と手のあいだに時差があるの?」
また顔をそむけた。
「いいじゃん
「それは多すぎるから!?」
「
「なんで
言いながらも、ようやく食べる気になった
「い、いただきます……」
おそるおそる弁当を受け取った
もぐ、もぐ、もぐ。
ゆっくりと
「……
「……それはよかった」
ほっと胸を
「えっと、ありがとう」
「ん、どういたしまして」
「……もうちょっと食べていい?」
「どうぞどうぞ」
「八割くらいもらうけど、いい?」
「なんで
ふたりのやりとりに
「いや~、いおりんはホントいいキャラしてるな~」
「
「あ、
「えっ!?」
「そ、そんなに食べてない……っ」
その光景を見ていた他の女子は、意外そうに目をぱちくりさせ、それから楽しそうに笑っていた。
教室に
「
「屋上」
「ひとりで?」
「……サア、ドウダロウナ?」
「
「…………」
「この反応は男子とじゃないな~」
これ以上あがいても心が折れる。観念して事情を話すことにした。
「俺を見る女子の目が、なーんか
「
「え」
──今ちょうど
体育で聞いた言葉を思い出す。
「しかも話を聞いた感じ、
「なんで!?」
自分の
「なあ
「
糸かってくらい目の細い友人の
(ん?)
『以下のメッセージは、屋上にいた女子グループ(
『わたしたちが屋上で食べるのは、毎週月曜と水曜です』
『雨の場合は一日後ろにずらします』
『食べに来たかったらいつでも来ていいよ』
『今度は妹さんのお弁当も見せてね!』
「……マジで?」
スマホの画面を見たあと、まず見てしまったのは
ノートで目から下を
「……調子に乗らないように」
照れくささがめいっぱいにじんだ
(うーわ、これは……うーわ……うーわ……マジかー……)
できることなら両手で顔を
クラスメイトに自分の
けれど、こうやって遠まわしながらも
Interlude
「
帰り道で
顔を上げ、
空に
口の中がちょっと
「……うん」
「どれくらい
人差し指をあごに
「……あわよくば、全部もらいたいくらい?」
「あはははは!
「だって……
自分の感情には正直でありたい。
不意に
「……
「
「……そう、なの?」
「そうそう。表情筋の筋トレになっててとってもいいと思いまいひゃいいひゃいいひゃい!」
細い手をぱたぱたさせるのが
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