ひだまりで彼女はたまに笑う。

高橋徹/電撃文庫

ひだまりで彼女はたまに笑う。

プロローグ

 春のしがやわらかな、高校生活初日の朝。

 おりはいい天気だからと早起きをして、通学路の遊歩道をのんびり歩いていた。


(気持ちよすぎる)


 はだでる風は温かいし、木々のさざめきは思わず目を細めてしまうほど。

 この場所はイヤホンを着けないほうがいいな……などと考えていると、ふと。


(あれは……んん? 何をしてるんだ?)


 公園と遊歩道の境にある桜の木。

 それをはさんで、ひとりの女の子とねこが相対していた。


「にゃー」


 片やひとなつこそうな茶トラねこ。愛くるしさのかたまりだ。


「だ、だめ……こっち来ないで……」


 そして片や……。

 毛先があごの辺りまでびた、陽光を浴びた雪原のようなぎんぱつ

 ついの宝石を思わせるへきがん

 血の筋がけて見えるほど白く、どこか寒々しい大地を連想させるはだ


(マジか……)


 まるで、さっきまで絵画の中にいましたとでも言うような女の子。美しい、ということが生まれて初めて頭にかんだ。


「にゃー、にゃー」


 茶トラねこがとてとてと桜の木を回り、彼女の下へ向かおうとする。彼女はその分だけ歩いて遠ざかる。おりが見ている前でくるくる、くるくる。ひとりと一匹はたがいのきよをそのままに桜の木を二周した。バターになりそう。


「うぅ……君はこっちに来ちゃだめ……」


 うそみたいにれいな女の子は、くにゃりとまゆを曲げながらもねこやさしく呼びかけている。


「にゃ?」


 茶トラねこが立ち上がってにょいんと身体をばし、あいきよう満点に桜の木をかりかりと引っかく。きしめてわしゃわしゃとでたいくらい愛くるしい。しかし女の子はその光景を見て、何やら目をぐるぐるさせている。


(あ、桜が……)


 あわい色合いの花びらがふわりふわりとちて、いやしをぎようしゆくしたような光景をやわらかくいろどる。彼女の白いはだと桜の花の対比に目をうばわれた。


(これは……助けたほうがいいのかな)


 事情はわからないが、彼女はねこけている。たった今通りかかったフリをして助けようか……などと考えていると。


「うぅ……ほ、ほんとだめなの……。こ、こっち来ちゃ、だめにゃー」

(え)


 やたらめったらわいらしいどうようしてしまい、足元の葉っぱがかさりと音を立てた。女の子と茶トラねこが同時におりのほうを向き、彼女が目を見開く。

 気まずい。

 心臓がきゅっとまる。

 生きてきた年数などたかが知れているけれど、今このしゆんかんが人生で一番気まずいと自信を持って言える。


(うーん、ほんとどうしよう)


 ねこひとなつこそうな目でじーっと見つめてくるが、女の子はけいかいしんを限界レベルまで引き上げた顔で見ている。俺はちまたで話題の変質者だったっけ? と真面目に考えてしまうほどに。


「あ、いた! もー!」


 三者(?)が動けぬまま固まっていると、こうちやく状態を打ち破る元気な声が聞こえた。

 お団子頭の女の子がぎんぱつの少女のもとにる。


「もー、どこをどう進んだらこっちまで来ちゃうの……って、どうしたの?」


 ぎんぱつの少女は、くちびるを引き結んでお団子頭の女の子の服のそでをつまみ、今にも泣きそうなのをこらえるようにぷるぷるしている。


「みす……あっち……」


 ぎんぱつの少女がぽしょりと消え入りそうな声でつぶやき、視線をおりのほうに向ける。お団子頭の少女はちらりとおりのほうを見て、なるほどねと困ったように笑った。


「ごめんなさい、この子ってちょっと、というかかなり……って、ちょ、どうしたの急に!?」


 ぎんぱつの少女がとんでもなくびんな早歩きで去っていく。お団子頭の女の子が「待ってってばー!」と言いながらし、おりに両手を合わせて苦笑いをかべた。それから高速ではなれていくぎんぱつの少女の背に向けて、


「ちょっと! そっちじゃない! 学校は右だからー!」

「…………」


 曲がり角を曲がっていちど消えたぎんぱつ少女がふたたび現れ、逆方向に消える。お団子頭の女の子もあわててついていった。


「……なんだったんだ……」


 へいぼんな中学生活からは想像もつかない、あまりにもい時間。高校ってすごい……と思ったが、今の体験はとくしゆすぎるだろうし、そもそもまだ高校についてさえいない。


「にゃー?」


 いつの間にか足元にいた茶トラねこが、かまってーと言わんばかりにあしにすりついてくる。


「……ああもう、わいいなぁ」


 じようきようを整理したいと思いつつも、ねこわいさにまどわされているところでふと気付く。


「……そういえば、あの制服ってたしか……」


──ふたりの少女が着ていたのは、自分と同じ高校の制服では?


       ×  ×  ×


 入学式は講堂で行なわれるとのことだった。ひとつひとつのにしっかり背もたれのある、なんともいかめしい空間。入学式や卒業式、加えて講演会などもここで行なわれるらしい。


(席は……適当でいいのか)


 クラスごとにざっくりとした位置は決められているが、あとは先に来た人から奥にめて座ればいいとのことだった。席につくと、周りには同じ中学だった友人が何人かいる。初対面のクラスメイトにしやくをしつつ、同じ中学の友人とだんしようしていると──不意に、講堂の入口でどよめきが起こった。


「ん? どうしたん……だ……」


 おりのつぶやきがれる。

 どよめきの中心にいたのは、先ほど通学路で出くわしたぎんぱつの少女とお団子頭の女の子だった。ぎんぱつ少女が辺りをきょろきょろと見回し、お団子頭の女の子が少女の背をぽんぽんとたたいて席を指差す。何気ないやりとりにも関わらず、おりふくめ周りの視線を余すことなくきつけている。


(同じクラスなのか……!)


 ふたりが座ったのはおりと同じクラスのエリアだった。内心激しくどうようするも、なんとか平静をよそおう。


「すげぇわいい子だな……? ? どうした?」

「え、ああ、なんでもない。で、なんだっけ、自動運転の未来についてだっけ?」

「お前がぼーっとしてることだけはわかった」


 同じ中学の友人に冷静にツッコまれた。


       ×  ×  ×


 入学式を終えて教室に入る。窓からは通学路である公園の遊歩道と、みだれる桜の木が見えた。ときおり、ひらりとう桜の花びらが窓を横切る。

 黒板を見ると、すべての席に名前が書かれている。


『席はあらかじめくじで決めたので、先に座っといてください』


 どうやら担任の先生があらかじめ準備してくれたらしい。書き文字でくだけた口調を見るとちょっとコミカルだなーと思いながら、まどぎわ後方の席につく。


「あ、おり~。また同じクラスになったね」

「まさかだな」


 前の席に座っていた、小学校からの友人──でらみなとがくるりとかえり、人好きのするみをかべた。おりとはまるで性格がちがうのだが、それがみようしように合う。気が付けば一番よく話す友人になっていた。


しゆんみんあかつきを覚えず、っていうもんな」

「いつもねむそうな顔を春先にあらためてイジるのって、もはやおりくらいしかいないんだよね」

「定期的に言わないとみなとのキャラがうすれるだろ?」

「僕のキャラって細目だけなの……?」


 他愛もない話をしながら周りを見回す。中学までの友人が四分の一……といったところだろうか。おりみなとが卒業した中学はすぐ近くにあるので、無難といえるだろう。


「…………」


 まだ空いている席は数人分しかない。おりじよじよにそわそわして、みなととの会話もそぞろになり、しきりに辺りに視線を向ける。


おりだれか探してるの?」

「え、あ、いや? 別にそんなことは」

しんしやにしか見えないからやめたほうがいいよ~」

「うぐ……そ、そうだな……」

「暖かくなると変な人が増えるっていうからね~」

「お返しの切れ味がするどすぎるんだけど……」


 みなとはほわほわとした空気感だが、おりへのダメ出しはなかなかようしやがない。けれどおりみなとのそんな空気感が気に入っていた。


「どう見てもだれか探してるよね? 入学式でわいい子でも見つけたの?」

「ぅえぃあぅぉ?」

いそうな声出さないで~」

「すまん」


 どうようしすぎてしまった。二つとなりの席の女子がぷふっとし、顔をそむけながら両手を合わせて「ごめん」と謝ってくる。急激に顔が熱くなった。


「いや、ほんと別に、だれも探してなんて……」


 教室の入口で、銀のかみがふわりとった。


「この教室で合ってる……?」

「合ってる合ってる。席は……っと。おー、すっごい近いじゃん!」


 通学路と講堂で見た仲の良さそうな少女ふたりが、黒板に書かれた席を見てはしゃいでいる(といってもはしゃいでいるのはお団子頭の女の子だけだが)。すでに座っているクラスメイトたちはきようだんでの会話を……というよりも、ぎんぱつの少女にただただれている。


(あれ? そういえば……あの人の名前って書いてあったか?)


 ふと疑問に思う。ぎんぱつの少女の顔立ちには寒々とした大地のおもかげが見える。ターニャとかエレオノーラとかそんな感じの名前なのかと思ったが、黒板には漢字しか書かれていない。

 ふたりの少女はくるりとかえり、おりのほうへ近づいてきたかと思うと──ぎんぱつの少女がおりとなりに、そしてお団子頭の女の子がその前、みなととなりに座った。


(マ、ジ、デ、ス、カ)


 心の声が片言になった。ぎんぱつの少女はこちらにいちべつもくれず、まるで前を向くことしか許されていないかのように、お団子頭の女の子と話している。


「えっと……仲、いいんだな」


 ためしに、しどろもどろになりながらもふたりに話しかける。みなとが口を縦長に開けて「おー、やるじゃん」と言わんばかりの顔をした。ちょっと腹が立つ。

 答えたのは案の定、お団子頭の女の子だった。


「うん。小学校のときはよく遊んでて、中学は別になってもちょこちょこ遊んでたの。ねー?」

「……うん」


 お団子頭の女の子が両手をばす。ぎんぱつの少女がそろりと手をばしてつなぎ、きゃっきゃっとはしゃぐ。背景で花がみだれていそうな光景だ。


「俺、おり。よろしく」

「わたしは鹿かのおかすずだよー。よろしくね!」


 お団子頭のすずわいらしい敬礼をする。


「僕もまざっていい? でらみなとで~す、よろしくね」


 場の空気がほぐれたところで、みなとがごく自然に加わった。


「あ、うん。よろし……く~」


 すずみなとと目を合わせると、言葉がいつしゆんれた。すぐにいつもの調子にもどったが、それでもみなとすずはちらちらとたがいを見ている。


「ええっと、あとは……」


 おりがそろりともうひとりの少女を見つめる。彼女はおりの視線をあっさり受け流すと、すずに何やら耳打ちをした。

 すずしようしながら口を開く。


「んーとね、今聞いたことをそのまま言うんだけど……」


 口元ににぎこぶしを当てて「こほん」と小さなせきばらいをすると、


すずはらかえでです。よろしく、のぞ

「ちょっと待ってちょっと待って」


 今朝のことを言ってるんだろうけれども、人聞きが悪いなんてもんじゃない。

 みなとが両手で口をおおい、うさんくさいウソ泣きをしていた。


「友人が入学式の日に罪をおかすなんて……。インタビューを受けたら『ごろからそういうことをやらかしそうだなと思ってました』ってちゃんと真実を伝えるね」

「そういうときって『だんは真面目で……そんなことをする人じゃなかったのに……』とか答えるのがテンプレじゃないっけ?」


 すずがぷふっとす。


「ふたりは息合ってるねー」

「そうか? ……いや、まあ、うん、そうか。えっと、すずはらさんは……」


 かえでにも話してもらいたいと思って視線を向けるも、かえでの視線はすずにしか向いていない。何かの法律で視線を制限されているんだろうか。

 かえですずに何やら耳打ちをする。


「ええっと……『のぞと話すことなどない』だってさ」

「原告不在の裁判みたいになってるんだけど」


 みなとすずがぷふっとす。これならかえでも笑うか……と思いきや、なぜかうわくちびるしたくちびるを内側に巻き込んでちょっとぷるぷるしている。かえですずに耳打ちをする。


「『これからは直接話しかけるのを禁止します』だってさ。わたしもめんどくさいんだけど……」

「それディストピアすぎない?」


 みなとすずが顔をそむけ、かえではふたたびうわくちびるしたくちびるを内側に巻き込んでぷるぷるしている。なんぞや。

 となりの席なのに、タケノコの皮かってくらいいくものかべを感じる。

 めちゃくちゃれいだけど、なんだかめちゃくちゃめんどくさい子だな……。

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