自分がしんどいだけだ……

 琴美は、

『自分の憂さを晴らすために誰かを攻撃しない』

 というだけで、十分に平穏を守るための努力をしていると言えた。基本的には、

 <イジメられる側>

 になりやすい立場であると言えるだろうが、それでも、

 <イジメる側>

 になる可能性だって十分にある。彼女よりも快く思われていない相手を攻撃し、他の生徒に<きっかけ>を与えることだってできるのだから。

『自分の憂さを晴らすために誰かを攻撃しないだけで努力?』

 と思うものもいるかもしれないが、そんなことに感情的になって他者を罵り嘲るなら、それは琴美でさえやらないことをやっているということだ。

 彼女はネット上に、

『ヤベ! クソ親いなくなった! テンション上がるわw』

 的なことをアップもしているにせよ、それはあくまで自分の実の親に対してのものでしかなく、見ず知らずの誰かを攻撃しているわけでもない。

 かつては不愉快なコメントをしている者に対して<意見>を述べたりしたこともあり、それに相手もキレて<レスバ>になったことがあった。

 最終的には相手が根負けした形で黙ってしまったとは言え、それで何か楽しかったかと言えばまったくそんなこともなかった。しかも、兄の一真に、

「あんまり他人に食って掛かるなよ。自分がしんどいだけだ……」

 とも言われた。

「ん……」

 はっきりと返事はしなかったものの、彼女はそれ以来、自分から他人に食って掛かるようなことは避けてきている。彼女がそれをしないだけで、不快な思いをする者がそれだけ少なく済んでいるということだ。

 だから学校でも、他の誰かを攻撃して不快な思い嫌な思いをさせないというだけでも立派なことなのだ。

 学校でどれだけ嫌な思いをしている者がいるか冷静に考えることができるなら分かるだろう。

『学校で不快な思いをする嫌な思いをする』

 というのは、そのほとんどが結局、他者の理不尽な振る舞いが原因のはずだ。しかもえてして、やってる側は、

『自分は正しいことをしてる』

 と考えて改めようともしない。

『自分の憂さを晴らすために他者を攻撃する』

 ことに何の正当性もないというのに。それを正当なものだと考えるなら、自分が他者から不快な思い嫌な思いをさせられることを認めないといけないというのに。

 だからこそ、琴美が学校で他者に対して攻撃的にならないというだけで結果的に<努力>していることになる。

 それを嘲る者も少なくないだろうが、そうやって他者を嘲ることをやめられないのであれば、

『他者を嘲らない』

 ことの難しさも分かるはずではないか?

 そして琴美があまり他の生徒から攻撃を受けないということは、この学校の生徒は、ちゃんとそれを教わっているということでもある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る