終齢
真花
1-1
蝉が羽化しようとしている。暗闇に浮かぶその背中から何かが出ようと、沈黙の中、まるで一度死んだように、じっとそのときに向かって姿勢を正している。どの成虫になるかは決まっていない。蜻蛉か蟷螂か蜘蛛か、それとも蝉か、そのどれになるのかを幼虫は必死で選んでいる。ミンミンと鳴くのはそうなるように運命付けられたからじゃない、その虫が蝉になりたいと願ったからだ。
僕の視線がその願いを殺す。それは僕の意図したことじゃないし、幼虫の察知したことでもない。だけど、観察に晒された幼虫は、仮に生まれた蝉の道から外れることが出来なくなる。もし彼が蝉になることを望んでいたとして、外圧によってそれ以外の可能性が絶たれたなら、同じように望みの輝きを保てるだろうか。僕は観察が望みの周囲を殺風景にならすことを、分かっていながらこうやって彼を観ている。先輩蝉の声が降る。だけど見上げた闇のどこから来ているのか分からない。
ここは闇夜の底、だけど底だからこれ以上落ちることはない。昇ることを願わなければ安住可能な場所、もし、願わなければ。幼虫は昇るだろうか。昇ることが必ずしも正しいとは言えない、底にも多くのものがある。ただ、ここは底だと言うことを僕も幼虫も知っている。
僕は幼虫を観ている。
幼虫は動かない。僕が視線を切るのを待っている、その隙に彼の願う虫になるのだ。僕は目を離さない。汗が、つ、とこめかみを流れる。先輩蝉の声がする、さっきよりも遠い、彼等が遠ざかっているのか、僕達が離れて行っているのか、いずれ聞こえなくなるだろう。
僕は幼虫を観ている。幼虫は動かない。
(続く)
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