第59話 VSケツァルコアトル

ケツァルコアトルと戦い始めてあっという間に2カ月がたった。未だに毎日負け続けてる。


―あー、あー、あー―


この泣き声も大分飽きてきた。


「おい、ユキト。いつになったら勝てるんだよ。さっさと勝てよ。そろそろ和食が恋しいんだけど」


「だったら少しくらいアドバイスみたいの寄越せよ」


「俺そういうの苦手なんだよ」


「じゃあなんで付いてきたんだよ!」


「行けって言われたから」


「マジでチェンジで!もっと役に立つ人連れてきてー!この飲んだくれ、今のところ一瞬たりとも役に立ってないから!」


「おいおい、それはないんじゃねーの?美味い酒教えてやっただろ」


「、、、ほら!全然役に立ってねぇー!」


ケツァルコアトルは途轍もなく巨大で強い。火も吐けば氷も吐く。毒も吐けば癒しの光だって吐く。基本出来ないことはないんじゃないかってほどの万能ぶりだ。


ヘイシのおっさんが寄越した数少ない情報では、『三匹の神獣の中で最強』あと『神が作ったというより産まれ落ちた物』、『半神』ってことらしい。まったく役に立たない情報だ。マジでこのおっさん、一瞬たりとも役に立ったことがない。


「ユキト!あの蛇、次こそぶちのめしてやるのだ!」


「ユキト、もう少しで私もトツゼンヘンイになれると思う。たぶん」


もちろんこの二ヵ月戦い続けてきたのは俺一人じゃない。アンリとシンも一緒だ。


「でもあの蛇強すぎるな。害意が全くないのが救いだな」


そう、ケツァルコアトルはとんでもなく強いが、こちらからちょっかいを出さなければ攻撃してくることはない。ただそこに漂っているだけだ。


だからエディンバラは支配されていながらも、とても穏やかで平和だった。


「ぷはぁ!ったくやってられねーぜ。強すぎだろ。神より強いんじゃねーの?」


「まあ流石に神の方が強いだろ。ラスボスなんだから」


「いや、FFとかであるじゃん。ラスボスより強い裏ボス」


「神越えはないだろ。そうなってくると大分台無しだから」


ここ二ヵ月、ケツァルコアトルに負けるたびに街のパブでやけ酒をする日々が続いていた。


「もぐもぐ、我のせいなのだ。もぐもぐ、ごめんユキト。もぐもぐ」


ほっぺをパンパンにしながらアンリが謝ってくる。食べるか謝るかどっちかにした方がいいと思う。でもアンリのせいではない。


「アンリのせいじゃない。俺がアンリの力を引き出せてないせいだ」


「その通りだな」


わかってるがヘイシのおっさんに言われるとイラっとするな。


「ユキト、私もまだトツゼンヘンイになれてない。ごめんなさい」


「シン、気にするなよ。そもそもノリで言っただけで別に突然変異とかにならなくていいから」


「ぷはぁ、とりあえずアンリ・マンユの力を引き出すことじゃねーか?まあどうやるかは全く検討つかねーけど。わはは!」


このおっさんマジでぶん殴ってやりたい。


「私もユキトに憑けばうまくいきそう」


シンが手を挙げて意見言った。


「ん?どういうことだ?」


「アンリお姉ちゃんの力を引き出すやり方がわからないなら、私が憑いてパワーアップすればいい!これ名案!」


「でもシンって悪魔じゃないじゃん」


「うーん、神に反抗してるから悪魔ってことになると思う。あとなんかユキトになら憑けそうな気がする」


シンはかなり自信満々な顔で俺を見てくる。俺は横のアンリの顔を見る。


「ん~、、、本来なら我以外がユキトに憑くなど許されないが、そうなのだが、、、シンは我の妹分。特別に許しても、、いい」


アンリは悩みながらも言葉を振り絞った。大人になったな。あとで撫でてやろう。


「おいおい、ちょっと待てよ。二体の悪魔を取り込んだ奴なんて聞いたことないぞ!そもそも悪魔同士が反発しあうし、宿主が耐えられない!ユキト、お前死ぬぞ!」


さっきまで適当だったヘイシのおっさんが焦ったように話に入ってくる。確かに俺も聞いたことある。二匹の悪魔に憑かれると耐えきれなくて死ぬらしい。だから宿主を死なせたくない悪魔は他の悪魔が憑くことを頑なに拒否する。でもアンリは許可した。


「アンリが許可したってことは大丈夫ってことだろ」


「待て、ユキト!それになんの根拠がある!?」


「アンリは俺にとっての神だ。シンは家族。あとは勘かな。なんか行けそうな気がする」


「そんなことで命を賭けるのか!」


「これだけあれば十分だろ」


俺はにっこり笑ってヘイシのおっさんに答える。


「はぁ、やっぱお前はイカレてるよ」


「こんな世界じゃそれは褒め言葉だよ」


この日は日付が変わるまで飲んだあと、ホテルに帰って倒れるように眠った。目が覚めたのは昼前。途中スーパーでサンドイッチを買って食べながらタクシーに乗ってケツァルコアトルがいる場所へと向かう。


「はぁ、めんどくせぇな」


「おい、ユキト。昨日言ってたこと本当にやるのか?」


「は!?二人のかわいい女の子が俺と一つになりたいって言ってんだぜ?断るバカがいるかよ」


「死んでもか?」


「、、、俺は死なねぇよ」


「はぁ、わかったよ。頼むから死んでくれるなよ。お前に死なれたら俺がめちゃめちゃ怒られる」


「死んでほしくない理由、想像以上にショボいな」


やっぱりこのおっさん一発殴っといた方がいいかもしんない。


「お前は何で神と戦うんだ?」


「なんだよ。いきなり」


「いや死ぬ前に聞いとこうと思って」


「だから死なねーって」


「もしもがあるだろ。俺からするとかなりなんだが」


「はぁ、何で神と戦うのか?簡単だよ、死にたくねーからだよ」


「今死ぬかもしれないのに?死なないために死のうとする。矛盾してるだろ」


「死にたくもねーし、死なせたくもねーんだよ。一人で生きてたって死んでるのと変わらないだろ。俺はアンリ、シンが可愛いし、引きこもりの副隊長と幼馴染の隊長二人は別に好きじゃないけど生きててほしいんだ。それに好きな女もいる。だからそれが全部そろってないと俺は生きてるってことにならないんだ。その為なら命ぐらいかけるさ」


「なるほどな」


「てか命かけるぐらいしないとアレは倒せないんだろ?はじめから命をかけさせるためにあんたたちは付いてきた。違うか?」


「まあ、確かにその通りだが、思ってたのとは違う方法を選ぼうとしてるからついな」


「安心しろよ。どうせ俺が死んだところで怒られるだけだろ?」


「ああ、怒られる。あの世でノリムネに。ボコボコにされるかもしれん」


「、、、そりゃあ余計に死ぬわけにはいかなくなったな」


「死ぬなよ。死んだら殺すぞ」


「わかってるよ」


「ユキト、もうすぐ蛇のところにつくのだ!」


おっさんと話してる間にケツァルコアトルの巣の近くまで来ていた。少し離れたところでタクシーを降りて俺たちは歩いて渦巻き状に漂っているケツァルコアトルの中心まで行く。



「じゃあサクッと蛇退治しますか」



―悪魔憑き アンリ・マンユ―



まずいつも通りアンリが俺に憑く。今日はもう一人。



―来い シン―



「ユキト!受け止めて!」


シンが俺の中に入ってくる。アンリとシンが喧嘩することはない。あとは俺が二人の悪魔を受け止められる器を持っているかだ。







「うがぁぁぁぁぁ!!!」


「やっぱり無茶だったんだ!ユキト、早くシンを吐き出せ!」


「うぁぁぁぁ!はぁはぁはぁ、まだだ。俺がシンを追い出すわけねぇだろ!」


ユキトの身体のいたる所から血が噴き出す。まるで破裂する寸前のように。だがそれでもユキトはアンリとシンを手放すことは無かった。


「変な意地を張るな!このままだと死ぬぞ!」


ヘイシが焦るのも無理はない。噴き出す血の勢いは止まらない。このままだとあっという間に失血死してしまう。


「ごはっ!はぁはぁ、意地じゃないよ。愛だ」


「わけわかんないこと言ってんじゃねぇ!」


「大丈夫だから落ち着けよ。二人に俺を殺させてたまるかよ。大丈夫だ。抱き締めて撫でてやればいいだけなんだ」


ユキトはそう言って倒れる。気を失ったようだが、それでもいまだに血は流れ続けている。



―ここにいたのか2人共―


ここはユキトの精神世界。アンリとシンも迷子になって二人で抱き合って震えていた。


―ユキト―


―もう大丈夫だ。おいで。俺はずっと一緒だ―


―ユキトー!!!―


アンリとシンがユキトに抱きつく。ユキトは優しく抱き返し、ゆっくりと二人の頭を撫でてやる。



「おい!ユキト!起きろ!死ぬな!」


現実では意識を失ったユキトにヘイシが必死に声をかけていた。ヘイシの顔は青ざめていた。ユキトの死を確信して、無数の後悔が頭の中を暴れまわる。


力づくでもいいから止めるべきだった。心のどこかでユキトなら出来るかもしれないと思ってしまった。信じてみたくなった。信じてしまった。今考えればなんて愚かなことだろうか。


「ユキト逝くな!帰ってこい!」


ヘイシが声をかけていると突然ユキトの体が浮かび上がりながら光だした。


「え?」


覚醒である。


光が収まり地に降りて来たユキトの姿を見てヘイシは息をのむ。


黒い翼と白い翼の両翼を背中に生やし、瞳は金と赤が混じった色で光り輝いていた。肌の色は漆黒。髪は白銀に輝いていた。


「お前、ユキトか?」


「心配かけたな、おっさん。でもほらなんとかなっただろ?」


「心臓に悪いんだよ、バカやろう!じゃあさっさと倒せ!日本帰ってラーメン食うぞ!」


ヘイシにはわかった。目の前のユキトが格の違う存在になったことを。今のユキトを見ると頭上のケツァルコアトルがもう本当にただの蛇にしか思えなかった。


「蒲焼きにしてくるよ」


そう言ってユキトは空へと飛び立っていく。


今のユキトにはアンリ・マンユの『絶対悪』、そして同化によってシンが目覚めた『純愛』が共存している。


『絶対悪』でケツァルコアトルに厄災が降りかかる。その厄災は『純愛』によって何倍にも底上げされ、ケツァルコアトルの回復も妨害している。


シンの『純愛』は好きな人が望む状況に無理やり持っていく能力。つまりバフとデバフをガンガンかけていく能力だ。



「えぐいなぁ」


それが地上から見ていたヘイシの口からこぼれた声だった。






ヘイシの感想通り圧倒的だった。ケツァルコアトルは何もすることが出来ずにただただ蹂躙されて死んでいった。


そしてケツァルコアトルの血を全身に浴びたユキトが何もいなくなった場所に一人たたずんでいた。


「おい、よくやったな。って言うかメチャメチャやったな」


ヘイシがユキトに声をかける。


「ああ、そうだな」


ユキトは周辺を見回してそう答えた。そして気を失った。

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