第58話 神と呼ばれるもの

何千年、何万年、何億年生きてきたかももうよくわからない。今分かるのは、私は終わりを求めているということだけ。神が一番求めてはいけないことだ。神とはそんな感情を捨て去って永遠を、自由を、平等を与え続けなくてはいけない。それは始めから分かっていた。でも私は耐えられなかった。神の器ではなかったんだろう。というか神の器など本当に存在するのだろうか。神というもの自体があり得ないものなのではないか。


「そうかぁ」


何となく納得してしまった。あり得ないんだ、そんなもの。そんなものがあると思ってしまったのが間違いの始まりだった。


あり得ないものに自分をあてはめてしまった私はその歪な姿に耐えられなくなり、心を捨てた。体に全部丸投げして、心は眠ることにしたのだ。とても眠たかったから。ずっと寝ていたくなったのだ。心が起きていては世界を終わらせることなどできない。これでも神であろうとした身なのだから。



私は神ではない。最初の一人だっただけだ。世界の次に生まれたのが私だった。土よりも水よりも先に私は生まれた。どうして生まれたのかはわからない。ただ最初だったことが私を狂わせた。この世界の主人公は自分だと思い込んでしまったのだ。


私には様々なものを生み出す力があった。私は陸を作り、空を作り、海を作った。そしてこれからもっと沢山のものを創っていくために自分を手伝うものとして『天使』を作った。ある程度世界が出来上がったとき、そこに住まう者として自分に似せた生き物『人間』を作った。命を作った。死を作った。思想を作った。宗教を作った。醜さを作り上げた。


そうしてるうちに人間は私の手を離れて自由に進化していった。それを見て分かってしまった。ああ、自分は神でも何でもない。不完全な存在にすぎないと。全知全能であるだけのただの不完全なのだと。


世界も神もただそこにあるだけでよかったのだ。だが私はあるだけの存在になれなかった。なれなかったんだ。





神であり父でもある御方とはまともに会話したことはなかった。

父がかけてくれるのは簡単な挨拶ぐらいなものだ。でもそこに何の不満はなかった。声をかけてくださるだけで私は幸せだったからだ。


だが一度だけ神と少し長く話せたことがあった。


『人間たちが健康を害することなく住めるように世界を調整してきました』


『そうか、ありがとう。お前たちには迷惑をかけるな』


『迷惑などとは!我らは神に創られた存在!貴方様のために働くのは当たり前です!』


『そんな大したものではない。子は親を超えて行くものだ。私はただ生んだだけ。きっとお前たちは私より優れた存在になるだろう』


『そ、そんなことは―


『あるさ。あって欲しいとも思っている』


『そ、それでも私だけは絶対に貴方様に仕え続けます!』


『自分の役割にそこまで囚われなくてもいい。お前は自由に生きていいんだぞ』


『違います!貴方様に仕える事こそが私の自由なのです!』


『そうか。じゃあお前は最後まで私と一緒にいてくれ。ミカエル』


このすぐ後に神はお眠りになられた。世界を終わらせることを決め、それについて苦しみだした。


だが私はあの最後の会話を絶対に忘れはしない。あの時間は私にとって何よりもの宝物だったから。


だから私は最後まであなたの傍におります。あなたがどんなに間違えようと、どんなに自分をお嫌いになっても、私だけはあなたを信じ続けます。お守りし続けます。絶対に、絶対に私だけはあなたからお離れしません。





神とはただの最初の意志ある者でしかなかった。でも神はこの世界の主役だと信じた。だがこれは当たり前なことだ。世界と同時に生まれた最初の意志ある存在。100人中100人が例外なく自分をこの世界の主役だと思うだろう。


というか事実、神は主人公だったのだろう。だがどんな物語でも主人公には終わりがある。そうして物語を終えるのだ。それがハッピーエンドであろうがバッドエンドだろうが。


だが神はその物語を終えることはできなかった。主人公を次にゆずることが。


それでも真っ当しようともがいた。だが神の心はどんどん蝕まれていった。臣下に裏切られ、我が子のように思っていた人間たちが争いを始めた。


そしてそれに対してどうすることもできない自分。神どころか、主人公であることさえ疑わずにはいられなくなった。


じゃあ次に何を疑うのか。世界だ。


自分を生み出した世界という概念そのものに疑いを向けたのだ。


だから知りたくなった。世界というもの自体を消し去ったあとに自分はどうなるのか。


絶対に思ってはいけないことだ。


自分には絶対に出来ない。何度もバカバカしいと諦めた。だが拭いきれなかった。自分が何なのかどうしても知りたかったのだ。


それでも神である自分が世界を壊すなど絶対に出来ることではない。あってはいけないことだ。


だから神は心を捨てた。


心を捨ててでも神は知りたかったのだ。無限に近い時を生きてきた中で最後に残った、最後の疑問。


『私は何のために生まれたのか』




俺は最初に神を裏切った天使であり、最初の悪魔だ。


神は俺に『ルシファー』という名前を与えてくれた。『明けの明星』という意味だ。


原初、世界に意思を持った存在は俺と神の二人だけだった。


神とは沢山の話をした。永遠に近い時間のなかで。


そのうち神は天使を増やして行き、人間という生き物まで作り上げた。そう作り上げたのだ。これ以上の作品を作るのはもう神にさえも無理だろうということを悟った。


天使たちは神のことを父と呼ぶが、俺にとって神は兄のような存在だった。誰よりも長く一緒にいた兄弟だ。


でも神は徐々に、ゆっくりと狂いだしていった。いや、狂ったんじゃない。疲れていったのだ。


兄弟の俺だけが分かった。神はもう終わりたいと思っていると。


そう気づいた時に俺は仲間たちを引き連れて神を裏切った。


結果は惨敗。だがそのおかげで世界に悪魔という存在が誕生した。幸か不幸かこれによって俺たちは人間に憑りついて神や天使と戦えるようになった。


正直神が世界を終わらそうがどうでもよかった。何なら俺が代わりに終わらせてやってもよかったぐらいだ。


でも神、いや、兄との最初の約束があった。



『私はこの世界を愛している。だからお前もこの世界を愛してくれ』


『とっくに愛してる。こんなおもしろいものはない』


『じゃあ私に何かあったらお前が代わりにこの世界を守ってくれ』



たとえ壊れていようが、この最初で最後の兄との約束だけは絶対に守る。この俺様が人間ごときと共に戦うことになったとしても。



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