第45話 魔王 山本五郎左衛門

「よくやった。蛇」


その爆撃に紛れてガブリエルに斬りかかる男がいた。三原則のヘイシだ。


ガブリエルは爆撃を受けながらもギリギリでヘイシの一撃をかわす。


「はぁ、嫌になるなあ。君たちみたいな天使上がりじゃない悪魔を憑けてる奴らは」


「俺はお前たち四大天使を殺すために今日まで生きてきた。ぶち殺してやるから覚悟しろ」


「たく、ノリムネ・イシガミを殺されたというのにまだたてつくつもりなの?」


「なんだよ、ちゃんと覚えてるんじゃねーか。フルネームで」


「、、、本当にボクに勝てると思ってるの?」


「ここには俺だけじゃなく、ノリムネの遺志を継いだやつらが3人もいるからな。ほら、気を抜いてたら首を取られるぜ」


「ちっ!」


おっさんが話してる間に首でも飛ばしてやろうと思ったんだが勘づかれたらしい。ギリギリで避けられた。


「おい、おっさんが適当なこと言ったから避けられたんじゃねーのか?」


「なに言ってる。俺が適当なこと言ってやってたからガブリエルの傍まで行けたんだろーが」


「、、、まあいいや。おっさん、この女はここで殺すぞ!」


「はぁ!?当たり前だ。くだらないこと言ってんじゃねぇ。お前は寝ててもいいんだぜ?このクソ天使は俺が殺すからよ」


俺はめんどくさいことは嫌な人間だ。自ら辛いことをしたりはしない。復讐なんてバカのやることだ。復讐にはなんの意味もない。


だから俺たちはきっとバカなんだろう。


「おっさん、ジジイの仇を目の前にして寝てなんかいれるわけねーだろ。アレはこの世で一番苦しめて惨めに屈辱的に殺してやる」


「ユキト、アレに生まれてきたことを後悔するような死を与えるのは僕だ」


後方支援をやめ、ルシファーと同化したミナトがすでに俺の横に立っていた。


ミナトがルシファーと完全に同化するのは珍しい。ルシファーは最も気難しい悪魔と言われている。人間なんかと同化するなんてことはない。初めてルシファーを宿した悪魔憑きはノリムネ・イシガミ。ルシファーが初めて自分以外に認めた人間だ。


ノリムネ以外の人間に憑く気はなかったルシファーだが、ノリムネを殺された後一人の人間に憑くことになる。ノリムネの仇をとるための力を欲しがる少年に。


「父さんを殺した奴らを殺し、父さんが残したものを守る力を寄越せ」


これが契約。


『父さんを殺した奴を殺す』


今この契約が執行される。


ミナトとルシファーの間に信頼関係や尊敬などといったものはない。別にミナトはルシファーのことが嫌いだし、ルシファーはミナトを認めてはいない。だが目的が一致したから一緒にいるだけだ。


ミナトにとっての全てであるノリムネ、そしてルシファーにとっての唯一の友であるノリムネ。この一点において一致しただけ。


ノリムネの最期を看取ったのはミナトだ。そしてそこにはもちろんルシファーもいた。ミナトは自分の無力さに泣き、ルシファーは四大天使ごときに自分の友を殺されたことに生まれて初めて怒った。


これが2人が契約を結んだ瞬間だ。


そして今まさに彼らの仇が目の前にいる。


『ミナト―


「ルシファー―


『全部やる』


「全部寄越せ」


魔神化したミナトは黒い六対の翼で飛び上がる。



―神殺しの槍(ロンギヌス)―



空から雷が落ち、その雷は一本の槍となってミナトの手に握られる。


「目障りだ、ガブリエル。さっさと死ね」


そのままミナトはその槍をガブリエルに向けて投げ飛ばす。



「神に愛されている者との違いを味わうといいよ」



―天撃―



ミナトが投げた雷の槍は空から豪雨のように降り注ぐ雷に阻まれる。


「神からの愛に見放された悪魔たちじゃ所詮こんなものだよ。ボクたちには天が味方するんだから」


ガブリエルは声高々に言いきるが、ルシファーが呆れたように言い返す。


『神がお前たちを愛してるだ?あの木偶はなにも愛していない。いや、愛するという感情さえも失ってる。お前らに天の力が使えるのは鍵を持ってるだけだ。神から合鍵みたいの貰ってるだけだろ。現に違うドアから入れば天の力はこっちにも味方する』



―風神雷神―



ガブリエルに天変地異と言えるほどの天候の暴力が襲い掛かる。


やったのは空からガブリエルを狙っていた千鳥隊長のユメだ。


ユメについている悪魔のカラス天狗の能力は『天空』。彼女は天候を自在に操ることができる。


「はぁはぁはぁ」


さすがにこれほどあり得ない天候を生み出せば千鳥の隊長と言えど相当な疲労だろう。


しかしそれに見合うほどの大きな成果だ。


本来ユメは小さな天候の変化を操り、遠くの音を聞いたり、視界を良くしたりなど後方から支援するために動く役割だ。でも今回は全力を使って大きな天候の変化を起こしガブリエルへ一矢報いるために動いた。


今回、神殺しの槍ロンギヌス側は隊長格が何人死のうがガブリエルを殺すことを決めていた。


四大天使の一角を落とすということはそれぐらいの価値があるのだ。


ヒイロの予言でこの学祭中にガブリエルが降りてくることはわかっていた。だからこそこの学園に有力なメンバーが集まっていたのだ。だがなぜか一瞬全員がそのことを忘れた。だから集まるのが遅れた。だがそれも微々たる誤差でしかない。当初の予定通りガブリエルに総力戦で挑めている。


まあ誤差に過ぎないとしても、なぜこんな行き違いが生まれたのか。完全に打ち合わせをしていたはず。だが俺もガブリエルが現れる前の数分間の記憶が曖昧だ。


じっくり原因について考えたいのは山々だが、今はそんなことを考えてる暇はない。目の前のガブリエルに集中しないとあっさり全て終わってしまう。納得のいかないことをよく考えるのは目の前の女を殺してからだ。


「おい、やっぱりお前。久しぶり過ぎて動きが鈍いぞ?」


いつの間にかガブリエルの背後に回っていたヘイシのおっさんが、後ろから心臓を突き刺す。


「がはっ!本当に忌々しい!日のいずる国の悪魔!」


「さっさと死ねよ。クソ女」


更にヘイシは心臓に突き刺した刀を抉るようにねじる。


「ごは!」


「おっさん、上出来だ」


「父様の仇は僕が獲る」


俺とミナトはここぞとばかりに飛び掛かる。そして空からも援護が加わる。


「ジジイの仇をとって来やがれ!」


ミツキは豪雨のような爆撃を繰り出しながら俺たちの道を作った。


「殺す」


「死ね」


ヘイシのおっさんが心臓を突き刺しているところに俺とミナトは左右から同時に首を狙う。


首を飛ばしてやろうと思って。見た目だけなら十代の少女の首を斬り飛ばしてやろうと思って。俺たちは殺すために斬りかかった。


獲った。殺したと確信したが俺たちの攻撃は空振りに終わる。


「はぁ、考えなしに突っ込み過ぎだ。俺の準備が間に合わなかったら死んでたぞ、お前」


消えたガブリエルは離れた場所で男の天使に抱きかかえられていた。


「ウリも降りてこれたんだ」


「ああ、ついさっきな。というかなに殺されそうになってんだよ、ガブリエル」


「え?ボク殺されそうになってた?」


「はぁ、お前は何も考えな過ぎだ。雑魚相手ならそれで構わないが、向こうには七つの大罪や悪神もいるんだぞ!気を抜けばやられるのはこちらの方だ」


「ウリはまじめだなぁ」


「お前も今回ばかりは少し反省しろ!そして俺たちは降りて来たばかりだ。しばらく本来の力を取り戻すまで姿を消すぞ!」


「え!?せっかく地上に降りてこられたのに!?てかまだ誰も殺してないんだけど!」


「黙れ!反対は認めん!手傷を負ったお前なら容易に拘束できる。このまましばらく準備に時間を当てる」


「ちょっと待ってよ!ボクはそれに了解はしてないよ!」


「お前の意見など聞いていない。これはこれからのことを考えたうえでの決定事項だ」


「だからって!」


「これ以上ごちゃごちゃ言うようなら、意識を奪って連れていくしかないな」


「え?」


「その足りない頭で選べ。意識を保ったまま連れられて行くか、意識を奪われて連れられて行くか。結局結果は一緒だがな」


「なんでウリってそんなに偉そうなの?」


「お前よりは頭がいいからな」


「おい、イチャイチャしてるんじゃねーよ。クソ天使ども」


ヘイシのおっさんは二刀を構えて二人の天使の前に立ちはだかる。


「その甲冑。昔我々に歯向かった人間と悪魔か。見逃してやるからどっかに行け」


ウリエルはめんどくさそうにヘイシのおっさんを見る。


「だってよ。五郎」


『はは、天使ごときのくせに生意気だな』


―死死舞い―



「きゃあああ!!!」


「うぎゃああ!!!」



誰の目に映らなかった凄まじい太刀の舞いはガブリエルをとウリエルを斬り刻むという結果だけをその場に提示した。


「ほら、鳥もどきども。手羽先にしてやるよ」


ヘイシのおっさんは血塗れになっている天使たちを見下ろして刀を構える。


俺は少し勘違いしていた。ヘイシのおっさんは一人で四大天使に勝てたんだ。というかそれだけの力をつけていた。つまり今回俺たちはただダシに使われただけ。おっさんは俺たちを使って四大天使をおびき寄せた。四大天使と対面することこそがおっさんにとって一番難しいことだったんだろう。だが捉えてしてしまえば見ての通りだ。神の最高戦力が無様に悶えている。


三原則と言っても俺たち十三槍の隊長たちの少し上に位置していると思っていた。何なら十三槍最強の俺は遜色ないと思っていたが、格が違った。三原則ヘイシ・ヤマガタは並ぶものも脅かすものもいないほど圧倒的な神殺しの槍ロンギヌス最強の男だった。



「小僧どもよくやった。まさかクソ天使が二匹も釣れるとは。手間が減って助かるぜ。お前らここから離れろ。四大天使は生半可な攻撃じゃ死なない」



―斬神―



「きゃあああ!!!」


「うぎゃああ!!!」


言葉の途中でヘイシのおっさんはガブリエルとウリエルを再び切り刻む。


「どうせいくら斬り刻んだって、足止めにしかならない。ほっときゃ治りやがる。だから圧倒的な力で塵一つ残さず消し去るしかない。という訳で俺は今から新宿を消し飛ばす」


「ちょ、ちょっとまて、おっさん!ここには一般人も大量にいるんだぞ!」


「わかってる。でもまあそれは必要経費だ。世界が滅ぶかどうかって時に犠牲なしで居られるわけない。まあ何もわからない一般人にはむごいことになるが、こいつらをここで殺しきれなかった場合の方が人は死ぬ」


ヘイシのおっさんは本気だった。大多数のために少数を切り捨てるつもりだ。そして俺もそれに反論できなかった。俺もその方が有効だと思ってしまったからだ。正しいとは決して思わない。でもこれが一番人が死なない選択だとわかってしまった。


一定数の罪のない人間を殺すことになろうとだ。


「お前らはその罪のない人間を一人でも逃がせ。俺は10分後にこの辺り一面を吹き飛ばす。この天使二人を動けなくしてられる限界の時間がそれだ。だからそれまでに出来る限り動け。でもどうななろうが10分後に俺は罪のない者たちと一緒にこの天使たちを殺す。気にするな。人殺しをするのは俺だ。お前らに罪はない」


「当たり前だ。罪とか罰とかは全部あんたが背負ってくれ」


「はは」


「へへ」


弟子であるタケシがヘイシのおっさんに涙声で強がって見せた。



『死ぬ気か?ヘイシ』


「本当はミカエルも殺してやりたかったが、俺一人の命で四大天使のうちの二人を連れていけるなら上出来だろ。あとはノリムネの子たちが成し遂げるさ。、、、五郎には申し訳ねぇな」


『構わん。俺はお前といる時間が好きだったから一緒にいた。最後まで付き合ってやる』


「あの世に行ったらまた朝まで飲もうぜ」


『上等な日本酒があればいいな』


「ああ、そうだな」


『楽しかったぞ、ヘイシ』


「ありがとうな。五郎」


『さあ、じゃあ最後は派手にやってやろう』


「うん、やろう」


すでに魔神化しているはずのヘイシのおっさんは更に姿を変えていく。より巨大な鎧武者に。おっさんと山本五郎左衛門は完全に一つになったのだ。もう元に戻ることが出来ないほどに。おっさんにも山本五郎左衛門にももう自我はなかった。二つの意思が完全に一つなって存在することはできない。だから今のヘイシ・ヤマガタとは山本五郎左衛門は最後の使命を真っ当するだけの時限爆弾となったのだ。


山本五郎左衛門は魔王と呼ばれる最強の悪魔。能力は『消滅』。あらゆる事柄をこの世から消滅させる力を持つ。

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