第39話 『狗神』の新隊長

はぁ、だるい。なにがだるいって全てがだるい。絶対に入るつもりのなかった十三槍に無理やり入隊させられ、しかも隊長って。隊の名前は『狗神』。今は壊滅したイチジョウ家の息がかかっていた隊だ。イチジョウと名のつく者はいなくなったと言っても、隊に残っているのはイチジョウ家に従属していた家の者たち。そこにササキ家の僕が隊長として入るんだから、、、控えめに言って最悪だ。




絶対誰もついてこないだろうし、それどころか隊を上げたイジメにあう可能性が高い。




コウイチロウさんには勘弁してほしいものだ。あの人は昔から僕を過剰評価している感がある。




わざわざ分家筋の僕をねじ込むぐらいなら、本家にまだまだ兄弟たちがいるだろうに。はぁ、憂鬱でしかない。僕は基本的に戦闘に向いてないんだ。だからずっと技術職として開発に没頭していたかった。




「なあ、君もそう思わないかい?ファウスト」




「技術開発局副局長も兼任なんでしょう?それなら現場で情報を得られる分だけ研究ははかどると思いますが?それに隊長ともなればそれなりの権限も約束されるでしょう。今まで閲覧できなかった資料にも目を通すことも可能です。いいことずくめでは?」




「はぁ、そうだね。君はそう言うか」




彼女は僕に憑いている悪魔、ファウスト。知識欲の塊であり、合理性の権化だ。霊体の姿で僕の傍にいてくれる。でも僕に興味があるわけではなく、僕の傍にいれば最新の情報を得られると思っているだけだ。




まあ上人からの決定なのだから、僕の隊長就任が覆ることはない。どこかに逃げ去ってしまいたいがそこまでの勇気も僕にはない。そこまでわかった上での人事なのだろう。逃げることもも出来ずに結局ここまで来てしまった。




僕は嫌々ながらも『狗神』の隊員たちの前で隊長就任あいさつを行う。




「申し訳ありませんが、我々はササキ家の人間など隊長として認められません!」




そう言って来たのは新しく副隊長になったケイコ・イチノセだ。元は第八席だったらしいが、その上の席次の人間はみんなイチジョウ家だったために先代隊長のシンイチ・イチジョウに皆殺しにされた。




彼女の目は赤くて、隈もひどいものだった。きっと泣いてばかりいて碌に眠ることも出来ていないんだろう。そしてそれは副隊長の彼女だけでなく、『狗神』の隊員全員に共通していた。シンイチ・イチジョウがどんなつもりでイチジョウ家を皆殺しにしたのかはわからないが、僕は彼らが哀れに思った。




「これは決定事項だ。認められないならそれは上人に言うといい」




「ちっ!上人もササキ家ではないですか!」




「ああ、でもそれが決まりだ」




「くっ」




副隊長は悔しそうに俯く。




「ただ僕は『狗神』をササキ家の物にしようという気はない。そもそも僕は七家の対立が嫌になって飛び出した口だ」




「ではなぜあなたが『狗神』の隊長に選ばれたのですか!」




「それこそ上人に聞いてほしいな。僕もよくわかってないんだ。断りたくてたまらなかったのに逃げ道を塞がれ、僕はしょうがなくここに来てる」




「嫌々隊長になるというのですか!そんな人など余計認められません!!!」




彼女は声を荒げた。そりゃそうか。でも―




「でもこの隊の隊長になると決まった時、もう逃げられないと分かった時、僕は腹をくくった。僕は君たちのために死ねる人間であろうと思う。ササキ家と天秤にかけられたとしても迷いなく『狗神』を選ぶ。僕はそういう隊長になろうと決めて今日家を出た」




「く、口だけなら何とでも言える!!!」




「その通りだ。だからこれからよろしくってことだよ」




「ユウジロウ、早く情報を収集してラボに戻りましょう」




空気などお構いなしといった感じでファウストが急かしてくる。




ああ、僕の味方はどこにもいないようだ。






とりあえずこの日は適当に研究資料をもってラボへ帰った。




「はぁ、ファウスト見た?隊員たちのあの目。完全に僕を敵対視してるよ」




「ん?何か言いましたか?ユウジロウ」




「、、、いや、なんでもない」




ファウストは自分の研究にしか興味がない。僕のセンシティブな悩みなど理解してくれない。




基本的に悪魔とは神に反抗した天使たちだが、ファウストは違う。人間から悪魔になった稀有な存在だ。




彼女は超常の力を知るために人間の身でありながら自らを悪魔に堕とした。普通出来ることじゃない。現に人間が悪魔になった例は後にも先にも彼女だけだ。




感じ取れさえしないものをあると仮定して見えない身でありながら数字でその存在を証明した知能、そしてそうまでして知ろうとする執念、これがあったから彼女は神の想像もつかないようなことやってのけたのだ。




だからファウストは他の悪魔と違って地獄から来てるわけじゃない。ゴーストという形をとって半顕現型として自由に動き回っている。今ではファウストの方が僕よりもラボを自由に動き回っている。




「副局長!『狗神』隊長就任はどうでしたか?」




話しかけてきたのは僕たちがいないときのラボの責任者を任せている研究員ショウジ・キエスロだ。




「上手くいくわけないだろ?全員僕を仇のような目で見てたよ」




「ははは!でしょうね!おーい、みんな!副局長はやっぱ隊員から嫌われたってよ!」




僕の不幸を楽しそうにシュウジは他の研究員に言って回る。どうやら賭けをしていたようだ。本当に僕に味方はいないのか?




恨めしそうな顔で研究員たちを見ているとショウジが戻って来た。




「そんな顔しないでくださいよ。俺たちは副局長を応援してるんですよ?」




「僕が嫌われてる方にみんな賭けてたじゃないか!」




「それはどう見ても明らかだったので、上手く行く方に賭けたのは大穴狙いの奴らだけですよ」




「ほら!」




「そりゃ最初はそうでしょう。イチジョウ家の縄張りにササキ家が入っていくんですから。でもそんなの慣れっこでしょ?科学者は常に失敗からスタートするんですから」




ショウジがいい顔で笑いながら僕の肩を叩いてくる。




「まあそうだけどさぁ」




それから一応毎日『狗神』の隊舎に顔を出してはいたが、隊員たちの目は『早く帰れ』といっているようであまり長居もせずにラボに帰る日々が続いた。




そんなある日、ラボにいるときにファウストが異変を察知する。




「ユウジロウ、『狗神』の隊員たちが窮地に陥っているそうですよ」




「はぁ!?なんで!?」




「自分たちだけで任務に行ったようです」




「それこそ意味が分からない!なぜ僕を通さない任務なんてあるんだ!」




「ユウジロウなしでも出来るとコウイチロウに直談判し、それをコウイチロウが許可したようですね」




「あの人は本当に、、、。というか知ってたなら教えてよ!」




「私は彼らに危機が迫ったら報せろと言われていただけです。だから今報せました。何か問題でも?」




そうだった。彼女はそうだった。これは僕が悪い。




「うん、問題はないよ。僕を彼らの元へ連れて行ってくれ」




「承りました」

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