第122話




「火責めか」


少し前に神殿の一角に火が放たれた。何時まで続くか分からない籠城戦に、いい加減痺れを切らしたのだろう。


ディオンは一人回路に佇んでいた。これまでか……。応戦するにも、結果は見えている。捕らえられ無様に処刑されるくらいなら、このまま灰になる方がマシだと思う。


だがもはやそれも、どうでもいいか……。


もう、リディアはいない。最愛のリディアひとに見捨てられてしまったのだから。彼女は自分ではなく、あちら側を選んだのだ。



「もう、俺には……何もないんだ」


ただ、一つ言うならば自分がいなければリディアは救われるのかも知れない。


「なら、これで良かったのかもね」


リディアを助けられ無かった本当の元凶は自分だったのなら、とんだお笑い種だ。莫迦過ぎる。答えは簡単だったのだ。自分がさっさと彼女前から消えれば良かったのだから。


あーでも……後一度だけでいい、リディアの顔を見たい……。


我ながら往生際の悪い事だと思い、笑えた。

ディオンは力なく項垂れ、不意に向かい側の回路に視線を遣った。


「リ、ディア……」


「ディオンっ‼︎」


そこには息を切らせたリディアが立っていた。中庭を突っ切り此方へと走って来る。これは夢か何かなのか……随分と自分に都合の良い夢だ。


「ディオン‼︎」


リディアは勢いよくディオンに抱きつく。ディオンは呆然としながらそれを受け止めた。


「……本、物?」


「ちょっと、何それ。少し会わない間にボケたの?」


確かめる様に頭、頬、首、背と触っていく。夢でも幻覚でもない。本物のリディアだ。思わず目の奥が熱くなる。らしくない。


「リディア、どうして……お前、俺を見限ったんじゃ、いやじゃなくて、何してるんだよ!今のこの状況分かって……」


折角このままいけば何もかも上手くいく筈だったのに……何故こんな場所まで莫迦な兄を追いかけて来たのか……。


ディオンはリディアの真っ直ぐな瞳にたじろぐ。


「本当何時も人の話聞かない上に、思い込みが激しくて……困ったお兄様ね。誰が、何時、見限ったと言った訳⁉︎私はそんな事一言だって言ってない!莫迦じゃないの!…………確かに国王陛下の殺害した容疑で勝手に私に何も言わずに逃亡しちゃうし、リュシアン様を斬った事を……赦した訳ではない。だって私の大切な友人のお兄様だもの。勿論シルヴィちゃんを斬ろうとした事だって……正直言って、赦せない。でも」


まるで裁かれている気分だ。何を言われるのか、怖くなる。夢にまで見たリディアに会えたのに、愛しい彼女の声を聞けたのに、衝動的に耳を塞ぎたくなる。


「でも……このひと月ずっとずっと考えてた。正しく生きないとダメだって頭では分かっているの。でも、やっぱり私は……ディオンがいないとダメ……嫌っ、無理なの。寂しくて、寂しくて、息をするのも苦しい……。もしディオンが死んでしまったら、そう考えるだけで死んでしまいたくなる。……だからね、例え行き着く先が地獄だとしても……私はずっとディオンといたいの。何処へだってついて行く。離れたくないっ」


まだ都合の良い夢でも見ているのだろうか。そう思える程、リディアの言葉はディオンにとって幸せな嬉々するものだった。


「リディア…… お前はさ、本当莫迦で救いようがないよ。俺のことなんて放っておけば良いものの……俺がいなければお前はきっと幸せになれる筈なのにさ……」


この期に及んで、意地を張り逃げ腰な自分が情けない。リディアの方が余程覚悟を決めている。自分で自分を嘲笑する。


瞬間大きな音が、近くで響いた。二人ともに我に返る。煙も濃くなってきた。このままでは二人ともに焼け死ぬ。


「リディア、行くよ」


ディオンはリディアに煙から護る様に自分の外套を頭からスッポリと被せると、手を取り走り出す。


何時も何処か諦めていた。どうせ無理なのだと。運命は変えられないと。繰り返す度に記憶は蓄積されて重く伸し掛かる。ディオンは疲弊し、とっくの昔に限界を迎えていた。

だが、自分が本当の意味で諦めた時、もうやり直す事が出来なくなるのではないか……そんな風に考えると自分が怖かった。矛盾した感情の中で苦しみ続けた。


ディオンは、今回は何時も違う道を辿っているのをひしひしと感じていた……。きっと次死んだら戻れないと、確信めいたものをもっていた。だが……。


「このまま終わるなんて、格好悪過ぎるだろう」


妹であり女性である彼女に此処まで言わせてしまったのだ。


もう、絶対に諦めない。今度こそリディアを死なせたりしない。最期の最期までもがいてやる。


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