第121話
三日と半日が過ぎ、ようやく目的地に辿り着いた。途中追手が来ないか冷や冷やしたが、特に遭遇する事も無かった。運が良かったのか、マリウスが上手く躱していたのかは分からないが。
着いた先は、神殿だ。初めて目にしたそれは兎に角大きな建物だった。だが城とも教会ともまた違う、不思議なものを感じる。
マリウスは馬を徐行させ旋回し、中々近付かない。その理由は、神殿の周囲には騎士団や兵士等がいるからだ。
「どうやら間に合ったみたいだね」
この状況で間に合ったとは、どう言う意味だろう。多分ディオン達は神殿の中にいる。取り囲まれている状態で、寧ろ絶体絶命としか思えない。リディアは困惑する。
その時だった。神殿の一部から炎が上がった。
「っ……」
その光景に思わず身体を震わせ、マリウスに体重を掛けてしまう。だが彼は動揺する事なく優しく受け止めてくれた。
「行こうか」
手綱を引き方向を定め馬を軽く走らせた。神殿の直ぐ側まで行くと、リディア達に気が付いた団員や兵等が一斉に視線を向けて来た。
攻撃されるかと身構えたが、マリウスがいるからか何もされる事はなく一先ずは安堵する。
マリウスは徐に馬から下り、リディアの事も抱き上げ下ろした。
「リディア嬢、どうする?」
穏やかに聞いてくる彼が、何を言わんとしているかは分かっている。ここまで連れてきたのにも関わらず、マリウスは最後の確認をする。きっとここでリディアが少しでも迷いを見せれば彼の事だ「じゃあ帰ろうか」と軽く笑って言いそうだ。
射抜く様なマリウスの視線にリディアは目を伏せた。正直怖い。沢山の騎士団と兵士。燃え上がる炎。多分、生きては戻れない。
だが、中にはディオンがいる。
「私、行きます。……マリウス殿下、今までお世話になりました。どうかお元気で……」
ゆっくりと目を開けたリディアもまた真っ直ぐにマリウスを見遣る。珍しく彼は笑っていなかった。
不意に抱き寄せられる。その力は驚く程力強い。
「お別れだね。彼の元へお行き、リディア」
そう言って彼は笑った。だが何時とは違う寂しそうな笑みだった。リディアも精一杯の感謝の意を込めて笑って見せた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「マリウス殿下っ」
第二王子と女が現れたと報告がありエクトルは急いで駆けつけた。その時には神殿の中へ入って行く女性の後ろ姿が僅かに見えただけだった。
「やあ、エクトル」
相変わらず呑気な笑みを浮かべているマリウスに一瞬呆然とするも、直ぐに我に返る。
「マリウス殿下、何故此処へ……それに先程の女性は、まさか」
赤い髪色が見えた。あれはやはり彼女だ。
「リディア嬢だよ」
軽く笑い返答する姿に怒りすら感じてくる。
「何故、行かせたんですか⁉︎この炎が見えないんですか⁉︎彼女を死なせるつもりか⁉︎」
「エクトル兄さんっ、落ち着いて下さい」
エクトルが怒りに任せマリウスに掴み掛かろうとするが、後ろにいたフレッドに止められる。
「僕視力はそんな良くないけど、流石に見えてるよ。よく燃えてるね」
更にハハッと笑う。エクトルは拳を握り締めた。
「それなら、何故っ」
エクトルが声を荒げるが、マリウスはただ穏やかに笑みを浮かべているだけだ。
「僕はね……彼女を愛してるんだ。ずっと昔から」
突然の告白に、言葉を詰まらせる。ずっと昔とはどう言う意味なのか……相変わらず彼の思考にはついていけない。
「成る程。ですが、尚更理解し兼ねます。愛しているなら何故っ……」
「だからこそ、だよ。僕は愛する彼女の望みは何でも叶えてあげたいんだ」
燃え盛る神殿を光悦した表情で眺めているマリウスにエクトルは息を呑む。
例えそうだとしても、死ぬと分かりながらワザして此処まで連れてきて、その上で送り出したと言うのか。
狂っている。
「君達には、僕の想いは到底理解出来ないだろうね。彼女はさ、彼の死に耐えることが出来ないんだ……必ず彼女は彼の死を嘆き悲しみ死んでしまう……。僕は傍観者でしかなく、彼女を救う事は出来ないんだよ。……そんな彼女を、もう見たくないんだ。だから一緒に死なせてあげるのが、せめてもの僕から彼女への愛だ」
やはりエクトルにはマリウスが何を言っているのかまるで理解出来なかった。ただ一つだけ分かってのはマリウスが如何にリディアを愛しているかと言う事だけだ。狂おしいほどまでに……。
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