第115話




目が合った。兄は至って冷静に此方を見ていた。


「っ⁉︎」


シルヴィを背に庇い、ディオンの剣を受け止めて押す。だがディオンも譲る気はないらしい。強い力で押し返してくる。


「やめて、ディオンっ」


「邪魔をするな」


両足で踏ん張るが、これ以上は耐えられない。だが自分がここを退けばシルヴィが殺される。


「いっ‼︎」


ディオンに軽く押されただけでリディアは蹌踉めいた。瞬間足を掛けられ、横に転がされてしまう。そして視界に入ってきたのはディオンが剣を振り上げそのまま……。


「っ⁉︎」


「っ……」


「リディ、ア……」


リディアはディオンの足を斬りつけた。深くないが、衣服が切れ血が僅かに滲んでいる。ディオンはシルヴィから剣を退けた。


兄は、まるで信じられないものでも見る様な目でこちらを見ていた。それもそうだろう。まさか妹から斬りつけられるなど思いもしなかった筈だ。



「ごめんなさっ……でも、でもっ」


身体が震えていた。ディオンを斬りつけた事への罪悪感からか、またはディオンへの恐怖故かは分からない。だがそれでも剣を放す事はしない。寧ろキツく握り締める。


瞬間、暗いをしたディオンと視線が交差した。





剣が打つかる。剣を受け止める度に、身体全体に強い衝撃を感じた。先程と比べものにならないくらい力強い。


リディアは戸惑い混乱していた。

何故ディオンと斬り合いをしなくてはならないのか……。

兄から殺気はない。だが昔と違って、これは稽古でも戯れあっている訳ではない。握っているのは真剣であり木剣ではないのだから、少し間違えれば……死ぬかも知れない。


「お前は……俺じゃなくて、そいつらを……選ぶのか?」


「違うっ、そうじゃないっ」


「じゃあ、何でだよ!」


強く剣で振り払われ、リディアは後ろに尻餅をついた。



「俺と一緒にくるって、俺を愛してるんじゃないの?」


「ディオ……」


リディアは言葉を呑み込んだ。その理由は、呼吸を乱し、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。


「お前に出会った時から、今日まで俺はお前だけを支えに生きてきた。お前さえいれば後は何も望まない。こんなにも、愛してるんだ。お前だって、そう言ってくれただろう⁉︎」


ディオンの言葉に唇を噛み締めた。涙をグッと堪える。


「やはり、嘘だったのか」


「……ディオン、違う、私は」


「違わない。……お前まで、俺を見捨てるんだね」


そう話す姿は、幼い頃の兄と重なって見えた。胸が押し潰されそうになる。


「違うわ、そうじゃないの!ディオン!ねぇ、聞いて⁉︎」


彼は、スッと剣を下ろした。もう、自分の声は兄へと届かない。


「ディオン‼︎」


その時階段を駆け上がってくる音が聞こえた。姿を現したのは兄のいつかの部下だっだ。


「……行こう」


彼は確か、ルベルトと言う名だった筈。


ルベルトはリディア達を一瞥してから、ディオンを促す。ディオンは虚ろな表情のまま踵を返した。


行ってしまうっ……。



「ディオンっ、待って‼︎ねぇ!」


必死に叫んだ。呼び止めた所で何を言えばいいのか、最早分からない。もう何を言っても響かないかも知れない。だがそれでも引き止めなければならいと思った。そうでないと、もう二度と会えなくなりそうで……怖かった。


「ディオンっ、ディオン‼︎……行かないで、ディオンっ‼︎……お兄、様……」

 

ディオンが振り返る事は無かった。……リディアは力なく地面に伏した。















目を開けるとそこは、自邸の自室のベッドの上だった。頭がぼうっとする。


「リディア様!お目覚めになられたんですね」


ハンナは持っていた水差しを手から落とし、ベッドへ駆け寄って来た。ガシャンと割れた頭に響いた。


「……ハンナ」


「五日も眠られたままで……本当に良かった……」


涙を流しながらリディアの手を取る。そして、思い出した様に「医師を呼んで参ります」そう言って慌ただしく部屋から出て行った。



「五日……」


ディオンが行ってしまった後の記憶がない。地面に伏して……多分気を失ってしまったのだろう。


それにしても、自分はそんなに眠っていたのか……。その所為か、身体中が痛い。顔を歪ませながら、ゆっくりと身体を起こしてみた。

手を握っては開く。それを呆然と眺める。特に動くのに支障はなさそうだ。


あの後、どうなったのだろう……。

リュシアンは?シルヴィは?……ディオンは。

アレは悪夢だったのか……一体何処からが夢で現実なのか、もう分からない。


頭が痛い。クラクラして気持ちも悪い……。


「リディア様?」


程なくしてハンナが医師を連れて戻ってきた。起き上がり気分の悪さに身体を丸めている姿を見て「まだ起きては身体に障ります!」と凄い剣幕で怒られてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る