第171話 万が一の備えっていうのはしてあるもんさ
名前初出のネームドが多い回ですが
あまり覚える必要のありません
今後出番がある場合、そのとき改めてちゃんと扱うので
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ショークリアたちが、ミーツェの慰労会をしている頃――
ヨウヘイジャーを筆頭とした、ショークリアの私設部隊シャドウ・ワーカーの面々は、何食わぬ顔で町の中を歩いていた。
シャドウ・ワーカーはショークリアが個人的に集めている施設部隊だ。
最初こそヨウヘイジャーたちしかいなかったのだが、裏社会の人間を中心にスカウトを成功させて、着実に数を増やしている。
そんな彼らの目的は、親の帰ってこないクラスメイトたちの様子見だ。
親が帰ってこない今日から二晩は、シャドウワーカーが影ながら様子を見ることになっているのだ。
またその生徒の住まい近隣で、根回し可能な人への事情の説明も兼ねている。
とはいえ、マーキィ・ボウヤン生徒の両親や、イズエッタ・ブリジエイト生徒の両親などは、状況を把握して協力してくれているのは心強い。
「それにしても、わざわざ茶の日に食事会をするというのも、お嬢様は考えたモノだな」
「ああ。翌日の銀の日も休日だからな……学園でお嬢様に会えるのは、週明け白の日までお預けだ」
「両親の帰ってこない理由を尋ねるにはそこまで待つ必要があるだろうし、直接メイジャン邸宅へ乗り込んできたとしても門前払い……なるほど、精神的にはキツいな」
「精神的にキツいで済んでるならマシって話だ。これがお嬢様以外の貴族なら、屋敷に乗り込んできた時点で首が刎ねられてもおかしくないんだからさ」
「そうなんだが……事情を聞いても、ちょっと納得できないんだよなー」
町に溶け込みながら、シャドウワーカーたちはそんなやりとりをするのだった。
モメア・シチヨーキンの場合――
両親が帰ってこない。
お世辞にも治安が良いとは言えない地区に住んでいる彼女は、それだけで不安いっぱいになっていた。
理由が分かっていて帰ってこないなら、大丈夫。
けれども、理由が分からないまま――けれど帰ってこないという状況に、気弱な彼女の精神は、日が沈むのと同じペースで追い詰められていっていた。
「やだ、やだ、やだ、やだ……」
ベッドの上で身体を震わせて、ひたすらそれだけを繰り返す。
何がいやなのか、自分でもよく分かっていない。だけど、ただひたすらにイヤだった。
完全に日が落ち、町を照らすのが陽光ではなく、最近になって町中にたてられ始めた魔導街灯へと切り替わっていく。
近所にあるお世辞にも上品とは言えない酒場から聞こえる喧噪が、唯一の心の慰めだ。
だが、同時に下品な叫び声や大声が、彼女を怖がらせる。
生意気な何でも屋の女を路地裏で押し倒して、やめてやめてと懇願するまで楽しませてもらった――そんな話が、家の薄い壁を越えて聞こえてくると、もはや喧噪も慰めではなくなっていく。
無関係な喧噪も全て自分を怖がらせる声に聞こえてきてしまう。
そうして耐えきれなくなったモメアは、家から飛び出した。
カギも掛けずに、どこへ向かっていいのかも分からないまま。
行き先も決めずに走っていると、よっぱらいにぶつかってしまった。
「痛ってぇな!」
「ご、ごめんなさい……」
「あァ!?」
「ひィ……」
強面の男性に睨まれてしまうだけで、身が竦んで動かなくなる。
「へぇ……お前、良い身体してるじゃねぇか」
「…………え?」
モメアの身体は同世代にしてみれば早熟だった。
背も伸びやすく、胸や尻にも栄養が行きやすい。そういう体質だ。
だから、見た目だけなら成人女性と遜色がない。
人から見れば気弱で童顔で、男ウケする体付きの女性に見えることだろう。
そういう店――幻娼館で面接を受ければ、見た目だけで一発採用されるのは間違いない。
だからこそ、治安の悪い地区の夜の町で、無警戒に走り回るのは危険なのだ。
それは本来の彼女であれば充分に承知していることだったはずなのに。
「許して欲しかったら路地裏で少し相手してくれよ。そんな身体してんだから馴れてんだろ?」
「あ、あ、あ……」
自分は何をやってるんだろうか。
両親を探すにしても朝まで待つべきだった。
カギをしっかり掛けている分には家の中が一番安全だったはずなのに。
酔っ払いの手が伸びてくる。
乱暴にモメアの服を摑むと、強引に引きちぎる。
「ぁぁ……ぁぁ……」
そのことに悲鳴を上げるべきなのに、恐怖の余りに喉が掠れて音が出ない。
怖くて怖くて、腰が抜ける。膝にチカラが入らず、その場で尻餅をついてしまう。
もうダメだ――と、モメアが全てを諦めようとした時、
「何をしている」
「ああん?」
クールな面差しの痩身の男性が声を掛けてきた。
青い髪に青い上着を着ているので、全身青ずくめのような男性だ。
剣を帯びているから、何でも屋や傭兵の人かもしれない。
「この嬢ちゃんがおれにぶつかってきたからよォ、詫びに相手してくれるって言うんだよ」
「ぁ、ぃ……って……なぃ……」
言ってない――と、ちゃんと言葉にしたいのに声が出ない。
けれど、それだけで青い人は理解してくれたらしい。
「明らかに怯えている。どう考えてもお前の妄想だ。酔っ払うのはいいが、道理は弁えろ」
「顔がいいからスカしてんのかテメェ!」
酔っ払いが青い人に殴りかかり――けれど、青い人はそのまま酔っ払いの顔面を鷲掴みにして止める。
「ヨウヘイジャーのルーブ・アオシールだ。それを聞いてなおケンカを売るか?」
「知るかよそんな無名の馬鹿!」
顔を鷲掴みにされているのにそう叫ぶよっぱらい。
それに対して、ルーブと名乗った青い人――
「そうか」
――とだけ、小さく口にする。
次の瞬間には、酔っ払いが地面に叩き付けられていた。
「この辺りに来たばかりなのか、それとも無知なのかはしらないが、もう少し酒と言動に気をつけた方がいい」
完全に目を回している酔っ払いにその言葉は聞こえないかも知れないが。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
手を差し伸べられて、それを握る。
その時、破けた服から柔肌が見えてしまい、モメアは慌てそうになり――
「着るといい」
――けれど、声を上げる前に、ルーブが着ていたジャケット掛けられた。
「あ、あの……」
「返す必要はない。どこへ行くにもあった方がいいだろう」
淡々とした冷たい喋り方だが、だけど確かに感じる気遣いにモメアの目に涙が溜まっていく。
「ちょっと、相談に、乗ってくれませんか……?」
「それをするのはオレではない方がいい。キミはメイジャン家の食事会に出ていた学生だろう?」
「え?」
「ここからなら、食事処が近いな……連れていこう」
「それってどういう……」
さっさと歩き出すルーブを追いかけるように、モメアも早歩きで動き出す。
「オレも出席していたし、お嬢のやり口も知っている。
今のキミが必要とする場所には連れていくが、キミの両親が帰ってくるかどうかはキミ次第だ」
「それって、どういう……」
冷たく淡々と、でも何もかも見透かすような物言い。
思わず憧れてしまうほどに、カッコイイ人だな――と、モメアは思った。
「あの食事会は試験だ。お嬢のクラスはあまりにも礼節が出来てない者が多かったらしいからな」
「……あ」
心当たりがある。
先生だけでなく、ショークリアにイズエッタ、ミンツィエまでも礼節の授業中はかなりしつこく色々と言っていた。
「貴族の食事会で粗相をするというコトは、家族や自分の命、財産などが失われる可能性があるというのを、キミは分かっていたのか?」
「…………」
彼の冷たい言葉を聞いているうちに、モメアは気づいた。
両親がどうして帰ってこないのか。その理由は――
「……お父さんとお母さんが帰って来ないのはわたしのせい……?」
「そうだ。貴族相手の礼節があまりにも出来ていなかった結果だ」
「そ、その程度で……」
「その程度だと? キミは気づかなかったのか? あの会食には国王陛下や上級爵を持った貴族の方々も来ていたのだぞ?
主催者であるお嬢が招待した客の粗相は、そのままお嬢の粗相という扱いになる。キミの身分が平民であるかどうかなど関係ない。キミはそういった大物貴族の前で、お嬢の恥になる行いをしたという自覚はあるか?」
「だってそんなコト……」
「言われてない、か? キミは言われなければ挨拶はしないし、言われなければ背筋を伸ばせないのか? キミは自分の些細な行いが、その結果どうなるかを想像できなかったのだろう? 授業で習わなかったのか?」
「…………」
ルーブに何も言い返せない。
礼節の授業というのは、面倒なことを覚えて、試験を突破するだけのものだと思っていたからだ。
それを疎かにした結果、こんな大事になるなんて思ってもみなかった。
「これから案内するのは、マーキィ・ボウヤンの両親が経営している食事処だ」
「マーキィくんの?」
そう言えば、彼の父親が困ったら頼れと言っていた気がする。
「その食事処にて、礼儀、礼節を守り、筋を通せ。それが出来なければ、キミの両親は戻っては来ないだろう」
「あ、あの……イズエッタさんも、困ったら相談に乗ってくれるって……」
「ブリジエイト邸はここからだと距離があるし時間も時間だ。
何より、あの家は貴族にもっとも近い平民だ。貴族街までの距離や商人だからみたいな話じゃあないぞ? その在り方や生活そのものが、だ。
そんなところで、ちゃんと礼節を守って助けを求められるのか?」
「…………でも、助けてくれるって……」
「無条件で助けるワケがないだろう。お嬢は気さくとはいえ貴族だ。彼女に対して両親を返して欲しいとお願いしてもらう以上、相応の代価は求められる。それを理解しているのか?」
ポロポロと涙が零れ出す。
どうしてここまで言われないといけないのだろうか。
「いいか? キミは――キミたちは、貴族と共に生活する環境にいるんだぞ?
今は貴族とあまり関わらないのかもしれないが、今後は関わる機会が増える。
みんながみんなお嬢のように付き合いやすい貴族じゃない。むしろお嬢は希少種だ。
だからこそ礼節の勉強をして、実践して目を付けられないようにする。
それを疎かにしているのはキミたちだぞ? 泣いたところで解決しない問題だ」
ここまで言われると、モメアもさすがに理解してくる。
ショークリアはちゃんと対応すれば、両親を返す気があるのだろう。
「両親が帰ってこないのは補修みたいなモノ?」
「そうだ。そしてここまでされて何も学べないなら学園に通う意味も意義もなくなるだろうな」
「…………」
それはつまり、ここで両親を助け出せないようなら退学が確定するということか。
「教えてください。何をすればいいんですか?」
「キミたちはすでに習っている。それを実践しろ。
オレはすでに答えている。それを実行しろ」
そうして、ルーブは足を止める。
「ここがマーキィ・ボウヤンの両親がやっている食事処だ。
今日は店を開けてはいないが、横の脇道を進んでいけば玄関がある。
そのジャケットは――先は返す必要がないといったが気が変わった。
学園にてショークリアお嬢様に渡してくれ。そうすれば、オレの元へと返ってくる」
言うだけ言うとルーブはそこから去って行く。
「……つまり、退学せずにショコラさんに会えってコトか……」
上手く出来るか分からない。
だけど、ここまで教えられて出来ないなんて言ってられない。
モメアは気合いを入れると、ボウヤン家の玄関へと向かうのだった。
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完全にイケメンムーブしているルーブさんですが、実は深く考えてません。
ジャケットも本当に気が変わってやっぱ返してほしくなっただけです。
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