第165話 初見だと確かに見た目最悪ではあるよな


24/05/13

参考にしてた伊勢エビ解体の資料に脳とでてたので、内臓じゃないんだ……と思って脳にしていましたが、どうやら内臓(中腸線=肝膵臓)で合ってたようなので修正しました


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(……お? デキてる組やデキそう組が動き出してるな……)


 料理をしつつ周囲を見回したショークリアは内心でニヤりと笑う。

 動き出しているクラスメイトの面々は、この時点ではちゃんとデキている。


 ただ、宴の中盤になっても動きが微妙な生徒の両親には、事情を説明して少し身を隠してもらっているワケである。


 もちろん、料理はそちらへもちゃんと提供しているので問題はない。

 一番の課題は、こんな状況でも騒がずにいられるかどうか――である。


「ショコラ……荒療治とはいえ、かなりエグい……」

「そう?」


 みんなが焼きバサミに舌鼓を打っている間に――と、ショークリアが大螯おおバサミの足から身を取り出し、ほぐしていると、モルキシュカが声を掛けてきた。彼女の横にはヴィーナもいる。


「ヴィーナ……自覚ないよ、ショコラ」

「ほんとよね。不慣れな場に一緒に来てた親が急にいなくなる不安感は、相当キツいと思うんだけど」

「だけど、貴族相手に迂闊やらかしたら、こういうのふつうに発生しちゃうじゃない?」


 それはそうだけど――と、モルキシュカとヴィーナは黙り込んだ。

 理屈には納得できるのだが、理性が納得いかないような感覚がある。


「笑って済ませられる状況を利用して、今のうちに喪失の予行演習しといた方が、想像しやすくなるでしょう? 人って、未知を想像するのは難しいから。

 今の子たち――まぁ私たち貴族の子も含めてなんだろうけど――ってさ、横暴な貴族という存在の本物を分かってないのよ。

 友人や親戚で、そういう貴族に酷い目に遭わされたという実例に遭遇していないから、未知のままなの。

 殴られたコトがないだけならまだしも、誰かが誰かに殴られるコトを見たコトないと、殴られた痛みっていうのが想像できないのと同じね。

 だから、やらかした結果の想像が出来ないし、理解も納得もいかないの。

 これはその為の想像補助よ。やらかしたら、この場で起きたコトが現実となる。それを理解し想像できるようになるだけで、だいぶマシになるんじゃないかなって」


 実際、マーキィとガリアはマシになってるでしょう? と視線だけで示せば、二人は何とも言えない顔をしてうなずいた。


「効果が出てるだけに……何とも言えない……」

「荒療治というか、厳しすぎるんだけど……実際、効果出てるしなぁ……」


 何とも言えない表情を浮かべる二人に、ショークリアが苦笑を向けたところで、調理を手伝ってくれている使用人から声が掛かる。


「お嬢様。準備が出来ました」

「ええ。今行くわ」


 応えてから、二人へと告げる。


「ゴメンね。次の作業があるから」

「いや、こちらが話しかけた……ワケでし」

「そうそう。次の料理も楽しみにしてるね」


 二人が離れていくのを見送ってから、ショークリアはヨシと小さく気合いを入れた。


「持ってきて」


 使用人たちへと声を掛ければ、それだけで理解した彼らは、大螯の頭部を一番目立つテーブルの上に置く。


「ミロ。私の剣を」

「はい」


 続けてミローナを呼んで、愛剣を手渡してもらった。

 それを数度だけ、片手で素振りをして具合を確かめると、小さくうなずいて、お客様たちの方へと向き直った。


「それでは、準備が出来ましたので次の料理を作ります」


 おお――と、声が上がって会場がザワつく。

 注目されるというのはこそばゆいが、興味を持ってくれるというのはありがたい。


「こちら、見ての通り大螯の胴というか頭部です。

 他の部位に比べると皮が分厚く、堅牢になっているのは、肉体的に大事な部分が多く詰まっているからでしょう」


 テーブルの上に逆さまに置かれているそれを示しながら説明する。


「まずはこれを開きたいと思います」

「開く?」


 誰かが漏らした疑問の声に、ショークリアは笑みだけ浮かべてみせると剣を構えた。


「テーブルごと真っ二つにしてしまうと叱られてしまいますので、丁寧に行きます」


 宣言と共に、ショークリアは剣を片手で持ち、大上段に構えると、一息に振り下ろす。


「せいッ!」


 かと思えば、その腕は何かに跳ね返ったかのように上に戻った。


「どうやら叱られずに済みそうです」


 剣についた大螯の体液らしきものを拭い取ってから鞘に戻し、ミローナ手渡す。


(え? 今ので斬れたの?)

(ふつうそのままテーブルまで両断する勢いだったよな……今の)

(柔らかいモノならともかく大螯の殻でアレやるの、相当では……?)


 ショークリアの動きについてある程度の理解ができる者たちは困惑していたのだが、そんなのは一切気にせずに、ショークリアは次の作業の為に人を呼ぶ。


 呼びかけに応じてガタイの良い使用人がやってきて、頭部の反対側を掴んだ。


「練習通りにやってね。こぼれたら勿体ないわ」

「もちろんですお嬢様」


 恐らくは斬った頭部を動かすのだろう。

 見ていたギャラリーとてそれは理解している。


 だが、ショークリアの動きだけでは堅い大螯の頭部が斬れたようには見えないのだ。

 ましてや斬ったあとに、大螯の動きがない。切断されれば自重でズレたりするはずではないだろうか。


「いっせーの……」

「せい!」


 声を掛け合って、ショークリアと使用人が頭部を動かす。

 縦に綺麗に斬られていた頭部の切断面が、それぞれ上を向く。


「ジン。いいわよ。回収して!」

「お任せあれ」


 次に、ショークリアは料理人ジンへと声を掛ける。

 それから、二人で頭部の左右から、茶色い――お世辞にも綺麗とは言えない何かを掻き出して、手にした容器へと映していく。


「すまない、ショークリア嬢。その茶色いモノは何なのだ?」

「ああ、そうでした。取るのに夢中で説明を忘れていましたね」


 声を掛けられて、ショークリアはハッとしながら振り返る。


「こちらは、ミソと呼ばれる部位です。言ってしまえば内臓ですね。

 見た目はよろしくありませんが、スープなどに溶かしますと、非常に強い旨味とコクを生み出してくれるのです。

 そのまま食べるコトも出来ますし、海の向こうの神皇国では――似たようなカニ系の魔物の甲羅を割って、そこに地元の透明なお酒を注いで熱して呑んだりもするそうです」


 飲んべえらしき人たちが反応している。

 甲羅酒はそれなりに興味があるのだろう。


 もちろん、ザリガニと伊勢エビの中間のような姿をしたこの大螯でも出来なくはないだろうが、そもそもお酒がない。

 あと、子供たちを集めた催しで、お酒を全面に押し出したモノを作る気は無いのだが。


「そうでなくとも、これを使うだけで、料理によっては味が大きく跳ね上がりますからね」


 言いながら、ショークリアは集めた大螯のミソを、先ほどほぐしていた足の身が入ったボウルにドカっと入れる。


「豪快すぎるだろ」


 誰かのツッコミを無視して、ショークリアはミソを良くすり潰しつつ、身は潰さないように混ぜ合わせていく。


 前世であれば、まずはミソを潰したり何なりと手を加えてから混ぜ合わせていただろう。

 だが、魔力によって身体能力の強化が可能なこの世界では、器用な動きなども向上させられたりするのか、これも出来てしまうのだ。


 ショークリア以外にあまりマネできる芸当ではないのだが、彼女は気にせず時短に便利だと、それをやっていた。


(すごい精密な身体強化をしながら混ぜ合わせてないか……?)

(え? 身体強化ってあんな細かく部位を強化したりできるの……?)


 それを理解出来る者たちは、思わず目をしばたたかせていたのだが、ショークリアは全く気にしていない。


「こんなもんかな?」


 混ぜ合わせたモノの様子を確かめ、そこに軽くお酒や塩などの調味料を加えて味を調えた、もう一混ぜする。

 それで味に問題ないと判断したところで、ジンを筆頭とした調理補佐の面々に声を掛ける。


「さぁ! この料理の最後の仕上げをしましょう!」


 身とミソと調味料が混ざり合い、茶と灰の中間のような色合いになっているモノをショークリアたちは、子供の握りこぶしほどに丸めた。


 それに何かのカケラのようなモノをたっぷりとまぶして、熱した油の中へと次々に落としていく。

 ジュワーという快音と共に、パチパチと軽快な音の大合唱が始まる。


 ややしてショークリアたちがそれを取り出すと、キツネ色をした球になっていた。

 それをすぐそばに置いてある網の敷かれたトレイの上へと次々と置いていく。


 そのボールが皿に乗せられると、彩りとして葉っぱなどを添えられて、配られていった。


「作る工程を見ていたのに、出てきたモノは何とも不思議な球だな……」

「ミソと身を混ぜ合わせて油で揚げていたのは分かりますが、このまぶされているカケラはなんだったのでしょう?」


 客たちが口々に疑問を呈するのを聞きながら、ショークリアは笑みを浮かべて告げる。


「中身が大変熱くなっておりますので、火傷に注意しながら、お食べください」


 それを受けて、王であるキズィニー十二世がフォークを手に、球を切るように動かした。

 ザクザクという気持ちの良い音と共に球が割れ、先ほどのミソと身が合わさった中身が、熱々の湯気と共にドロリと流れ出てくる。


「これは確かに熱そうだ」


 見た目はいささかグロテスクだ。

 だが、ショークリアが作ったモノに間違いないだろうという確信を持って、キズィニーは外側部分と中身を合わせて口に運ぶ。


 ザクザクという歯ごたえ。

 濃厚な大螯の味わいと甘み、塩気、そしてあと引く苦みが、熱と共に押し寄せてくる。


 周囲のザクザクしたカケラはどうやらダエルブのようだ。

 食べ慣れた風味を感じるが、ザクザクという食感はまったくもって未知のモノだった。


 ほふほふと口の中の熱を逃がしながら噛みしめれば、口の中で大螯が大暴れしているかのような、旨味の洪水だ。


 ダエルブの食感と風味もまた、味を高めるのに一躍買っている。


 このダエルブもまた減塩――いやほぼ塩を使っていないダエルブのようだ。

 一般的なダエルブでこれをやってしまうと、塩気が強く出てしまうからだろう。


 大螯の味を全面に出す為だけに、このダエルブを作ったのかもしれない。


「これは素晴らしい味だな。この熱あってこその楽しさもある。

 皆も火傷に気をつけながら、この熱そのものを食べるといい」


 王の言葉を受け、みんなが一斉に食べ始めると、あちこちから感嘆の声が上がるのだった。


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