第150話 想定外の出会いもあったもんだ


 ガリアに連れられてやってきたのは、第三運動場だ。

 あまり授業に使われることのない場所で、自主鍛錬などを行いたい生徒の為に解放されている場所である。


 そこで、木剣を構えたマーキィと、同じく木剣を構えている貴族が対峙している。

 貴族の少年の方はショークリアの父フォガードを若返らせてマッチョにした感じだ。

 髪色はやや暗めの赤だが、鮮やかな赤い瞳は、フォガードやそれこそショークリアとも似た色をしている。


「何度も立ち上がるその根性……悪くないぞッ!」

「うるせぇッ!」


 貴族の方は楽しそうに、マーキィは少しボロボロの様子。


「ぜってぇ泣かすッ!」

「その意気やヨシッ!」


 マーキィの踏み込みも悪くないが、あらゆる面で貴族の少年の方が上だ。

 単純な肉体能力も、技量も、魔力の使い方も。


「うわぁぁぁッ!」


 だからアッサリといなされて、マーキィは吹き飛ばされる。

 恐らくは似たような状況が何度も繰り返されているのだろう。故にマーキィがボロボロなのだろうとは思うのだが――


「ガリア。これはどういう状況かしら?」

「いや僕にもサッパリで……さっきは貴族の女の子がいたんだけど……」


 貴族の女の子――と言われて周囲を見回す。

 すると、こちらへて優雅に歩み寄ってくる少女がいた。


 オレンジに近い赤髪に、同色の瞳の少女だ。

 その見た目だけならば、マーキィとジャレているマッチョの少年と、どこか似た雰囲気を纏っている。


(オレにも似てる気がすんな)


 目つきがやや鋭いその少女を見ながら、ショークリアは横にいるガリアに訊ねた。


「あちらの方かしら?」

「うん! あの人だよッ!」

「コラッ!」


 こちらへ向かってくる少女に、ガリアが指を差すものだから、ショークリアは慌ててたたき落とす。


「いいコト?

 かつて指を差す仕草は、呪いを与える仕草とされていた時代があります。

 その名残で、貴族は指を差されるコトを大変に嫌うわ。何よりそれは大変な失礼にあたるのですよ。

 迂闊にやろうものなら、指どころか腕を切り落とされる可能性すらあります。覚えておきなさい」


 ガリアといいマーキィといい、どうして簡単に怒られることをやってしまうのか。


(入学する時に、そういう礼節とか覚えてこなかったのか?)


 大なり小なり出来ているクラスメイトがいることを思うと、単純にマーキィを筆頭とした面々が、教えてもらったけど覚えてないだけの可能性が高いが。


「大変失礼しました」


 よく分かっていないガリアに代わり、目の前にやってきた少女へとショークリアは謝罪する。


「ふふ、良くてよ。

 他の方であれば、ちゃんとしつけろなどと口にするでしょうが、平民だろうが貴族だろうが、こちらの言ったコトを正しく理解できない馬鹿者なんて、どれだけ躾ようと、どこまで行っても馬鹿者ですから」


 言葉にはすこぶる棘を感じるが、どことなく苦労がにじみ出ている気配がある。

 何らかの馬鹿者と腐れ縁でもあるのかもしれない。


「ところで、何かご用かしら?」

「こちらのガリアが、友人が貴族と揉め事を起こしてしまったので仲裁して欲しいと頼まれまして」


 言いながら、チラリとマッチョとマーキィを見やる。


「今の良い一撃だったぞ平民ッ!」

「次はもっと良い一撃を撃ってやる!」

「そうだ! もっと来いッ!」


 あれはケンカと呼んでいいのだろうか。


「馬鹿が馬鹿を晒して問題を起こしているのであれば、頭を下げてお詫びをと思いましたが――正直、状況がまったく分からなってしまいまして」

「確かに、あの平民は愚かしいコトを私に向かって口にしました。それ故に、躾をかねて幼なじみである彼をけしかけたのですが……」


 言いながら、チラリとマーキィとマッチョを見やる。


「これでどうだッ!」

「ぬるいッ! まださっきほ方がマシだッ!」

「クッソ! もう一回だッ!」

「応ともッ! 来いッ!!」


 ショークリアと少女は同じような表情と仕草で、盛大に嘆息した。


「ではマーキィ――あの平民の少年が貴女を不快にしたコトをお詫び申し上げます。

 手打ちにして頂けるのであれば、私をニ・三発殴って頂いても構いません」

「えッ!?」


 横で聞いていたガリアがギョッとした顔をして、ショークリアを見る。


「ぐだぐだになってしまっているとはいえ、筋やケジメを通す必要はありますでしょう?」


 ショークリアの言葉に、少女はますます嘆息を深める。


「本当に……貴女のような方が躾ているのに、あちらの平民もそこのメガネも、どうしてそういう態度を取るのでしょうね」


 言いながら、少女は魔力を帯状に広げていき、そこに術式を刻んでいく。

 緑の神と青の神に祈り、風に関する記述をしているようだ。


「魔術を放ちます。避けないで下さい」

「はい」

「えっ? えッ!?」


 戸惑うガリアをよそに、少女は右手をまっすぐショークリアに向けてから、呪文を口にすることで魔術に形を与える。


「翼を壊す風よ」


 瞬間、風の刃が放たれてショークリアの頬を撫でる。

 深くはないがしっかりと切れた左の頬から、血が垂れはじめた。


「寮の自室に戻るまで、治療と血を拭うコトを禁じます。

 その上で、一週間はその顔でいるように。期間中の治癒術での治療も禁じます」

「かしこまりました。この度は大変申し訳ございませんでした」


 顔を斬られた上で頭を下げているショークリアを見、ガリアは理解できないという表情を浮かべる。


「顔を切ってから訊ねるのものではないのですが――お名前を伺っても?」

「ショークリアです。一年基礎科のショークリア・テルマ・メイジャンと申します」

「まぁ! 貴女がショークリアでしたか!」


 どこか驚いたような嬉しそうな複雑な顔を浮かべてから、少女は優雅に一礼した。


「こちらからも名乗りましょう。

 二年魔術科のメルティア・イクス・ファルマルディと申します。

 私の母は、かの炎熱の貴公子の姉に当たるのですよ」

「え? それでは……」

「母はメイジャン家からファルマルディ家に嫁いだ身です。

 血縁上は、私と貴方は従姉妹の関係になりますわ」


 なるほど――と、ショークリアはメルティアが自分と似た雰囲気だった理由が腑に落ちた。


「そしてあちらの脳筋バカも同様です。

 彼は二年騎士科のガヴルリード・アリブ・メイジャン。メイジャン本家の子息で、私たちの従兄弟で、私の幼なじみで、私にとっては双子の弟のような存在で……そして、脳どころか五臓六腑に至るまで筋肉で出来た大馬鹿者です」


 大馬鹿者の部分にとてもチカラが入っていたので、先ほど籠もっていた実感の正体はそれなのだろう。

 もっとも、弟と口にした時に優しそうな顔をしたので、悪感情はなさそうだ。


「それにしても、自分と似た顔から血が流れているのを見るのは少々思うところがありますわね」


 眉を顰めるメルティアを、ショークリアは手で制す。


「筋を通す為につけて頂いた傷です。治癒術はいりません。それに――」


 チラリと、メガネを見れば、メルティアも合点がいったとばかりにうなづいた。


「筋を通すコト以上に、そちらの方が問題ですか」

「ええ、まぁ」


 ようするに、ここでメルティアがショークリアの傷を治してしまうと、メガネやマーキィへの示しがつかないのだ。


 さらに言えば、余計にメガネやマーキィが貴族を侮りかねない。

 どうせ治すんだろう――と思われると、非常に厄介なのである。


 それはそれとして――

 ショークリアは聞きたいことがあったので、メルティアに訊ねる。


「あの、その……メイジャン本家は、チーキン領メイジャン家を嫌っていると伺っているのですけど」

「ええ、本家の方々はそうですね。

 ただ……私はファルマルディ家の生まれですし、メイジャン本家が怒っている理由を理解できないので、知ったコトではありませんね。

 私は私の思うままに、ショークリアとお付き合いするつもりです」

「では、ガヴルリード様?」

「あれは馬鹿なので、本家の意向よりも自分がどう思うかが最優先ですので」

「つまり、お二人が例外――と」

「ええ」


 うなずくメルティアに、ショークリアは少し思案する。


(メルティアとガヴルリードはともかく、やっぱ本家には近づかねぇ方がいいんだろうな)


 その確認がとれただけでも儲けものだ。


「ああ、それと私のコトはメルと。あっちがガヴルで構いませんよ」

「では私のコトはショコラとお呼び下さい」


 そう言ってからふと思う。


(メルは一つ上なんだよなぁ……。

 女装じゃない本当の姉貴ってのも、悪くないよなぁ……。

 ミロも姉貴っちゃ姉貴だけど、最近はすっかり従者って感じだし……)


 それは、あるいは――無意識にケインキィへの当てつけの意味もあったかもしれない。


「あの……メル姉様とお呼びしても?」


 ショークリアがそう訊ねると、メルティアの動きが固まった。


(あ、やべ。よろしくなかったか?)


 やがてプルプルと震え、ガバっと顔をあげる。

 その表情はとても良い感じにとろけていた。


「いいわ! 許可します! むしろそう呼びなさい! それ以外の呼び方を禁止したいくらいです!」


 なにやら琴線にふれるものがあったようである。


「え、あ。はい。ではよろしくお願いしますメル姉様」

「ああもう、新しい妹分の顔に傷を付けてしまうなんて……仕方がなかったとはいえ、心苦しくなりますわね!」


(なんでこんなテンションぶち上げてんだろ、この人……)


 ともあれ、受け入れて貰えたのならばそれでいい。


「ショコラと出会えたのだから、あの平民の愚行に感謝するべきかもしれないわね」

「そう言えば、メル姉様。マーキィはなにをしたんです?」

「ガヴルとともに鍛錬をしようとここへ来たら、自分が先に使ってたんだから邪魔するなと吠えたのですよ。

 こちらとしては相手が平民だろうと邪魔する気はなく、空いている場所でするつもりだったのですけど」

「あー……本当に、申し訳ありません」


 よもや理不尽でもなんでもなく完全無欠徹頭徹尾マーキィの自業自得だった。

 相手がメルティアでなかったら、マーキィともどもショークリアはもっと酷い目に遭わされていた可能性がある。


「……もう片方の頬も斬ります?」

「片側で手打ちにしたのですから、それで納得なさい」

「片側だけで手打ちにして頂けたコトを感謝せねばなりませんね。本当にありがとう存じます。メル姉様」

「えっと、ショコラさんは何で傷つけられたのに感謝してるんですか?」


 横で二人のやりとりを聞いているだけだったガリアだったが、我慢できなくなったのだろう。

 愚かにも口を挟んでしまった。


 そのことに二人は同じ表情で深々と嘆息する。

 なんだか、どうでも良くなってしまったのだ。二人とも。


「メル姉様。今日はこの辺りで失礼いたしますわ」

「あっちの子はいいの?」

「どうでもいいです。ガルヴ様と楽しそうにしてますし。休み明けの礼節の授業でキッチリとシメるつもりですから」

「それがいいわ。こちらのメガネともどもキッチリやってやりなさい。

 でもね、ショコラ。こんなやり方繰り返していたら、いくら貴女が頑丈でも身体が持たないのではないの?」

「その辺は課題の一つですね。その為の見せしめとして、この傷はちょうど良いのですけど」

「女なのですから、顔に傷が付いたコトを喜ぶのはやめなさい」


 苦笑をしあってから、ショークリアは別れの挨拶を口にする。


「それではメル姉様。失礼します。

 今宵、メル姉様の寝具が青の女神の心地よき揺りかごになることをお祈りします。おやすみなさいませ」

「ええ。ショコラ。貴女も青の女神様の揺りかごに抱かれ良き夢を見れますように。おやすみなさい」


 ――そうして、ショークリアとメルティアはそれぞれに歩きだし……


「……そういえば学園で生活する以上、住まいは女子寮ですわね」

「……そうでした。エントランスまで一緒に戻りましょうか、メル姉様」


 どちらともなく笑いながら、一緒に帰ることにする。


「え、あの! ボクはどうしたら……」

「やるな平民! オレはガヴルリードだ! お前の名は?」

「マーキィだ!」

「良しマーキィ! お前が望むなら今夜は眠らずに剣を振るおうではないか!」

「望むところだ!」

「……ほんとうに、ボクはどうしたら……」


 なにやら盛り上がるガヴルリードとマーキィ、そして戸惑うガリアを完全に無視して、ショークリアとメルティアは第三運動場を後にするのだった。


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 書籍版、3/20発売です٩( 'ω' )و夜露死苦ですよーッ!

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