第三部 転生少女ショコラのデビュタント

第83話 ちゃんと成長してんだぜ

第三部開始です。

時間がちょっと飛びショコラたちが少し成長したところからのスタートです。

よろしくお願いします٩( 'ω' )و


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 新大陸歴604年。朝翠月6月。第一週。


 先月に十五歳となり、身長だけでなく手足も伸び、より母に似た美しい少女へと成長したミローナには少しばかり不満があった。

 大きければ良いというものではないのは分かっていても、母は大きめな方であるのに、自分はそれを受け継げなかったようなのだ。


 それだけならそこまで気にしなかっただろうが、どうにも――


(……この屋敷には大きめな人が多いような……)


 ――そんな気がして、ついつい比較してしまうのである。


 半分くらいは自分の僻みからくる錯覚だろうというのを自覚しながら、ミローナは小さく嘆息する。


 この場合、祈るべき神は誰なのだろうか。

 母性と成長を司っているのは緑の神なので、緑で良いとは思うのだが。


 そんなことをぼんやりと考え始めてしまった理由は、目の前にある。

 着替えを手伝っている我が主――ショークリア。彼女は自分よりも三歳年下ながら、すでに自分と同じくらいのものを持っているのだ。


「ねぇ、ミロ……どうかな、これ?」

「はい。大変似合っておいでですよ」


 とはいえ、しょうもないことで悩んでいても仕方がないので、すぐに気持ちを仕事向けに切り替える。


 本洗礼や本宣誓とも呼ばれる十二歳での儀式を銀月1月に終えたばかりのショークリアが試着しているのは、近々王都で行われる夏のデビュタントへと着ていく予定の衣装だ。 


 姿見の鏡の前でくるりと一回転している主であり妹分でもあるショークリアは大変愛らしい。


 元々、幼い頃から美しかったショークリアだが、より美しく成長している。

 鍛えられながらも細くしなやかな身体。

 均整の取れたその身体の見栄えを崩さない程度に大きくふくらんだ胸の双丘。

 父フォガードの凛然とした美しさと、母マスカフォネの妖艶ともとれる美しさ。

 ショークリアはその二つをケンカさせずに併せ持っているかのような見目に成長していた。


 今は衣装に合わせて髪を下ろしているが、普段その美しい赤色をした長髪は高い位置で結っているものだ。

 ショークリア本人は長いのは邪魔だと思っているようなのだが、その美しい髪を切り落とすなんてとんでもない――と、ミローナとココアーナの親子が何とか押しとどめている。


「うーん、デビュタントの場で着る分にはいいけど、普段使いはしづらそうね」

「お嬢様の場合、動き易さを重視しすぎだと思うのですが」

「否定はしないけれど、やっぱり動き易さって大事だと思うの」


 そんなことを言いながら、ドレスのスカートをめくりあげる。


「お嬢様、それはさすがにはしたないですよ」

「部屋にミロしかいないからいいでしょう?

 さすがに殿方がいるような場ではしないもの」


 そう言い切って、ショークリアはめくりあげたスカートの裾から、自分の足に触れる。


「これなら太股にナイフを仕込めるかな?」

「え? デビュタントの場に刃物を?」

「ええ。貴族の子息が集まる場所なのだから、悪巧みする人っていそうだしね。それに――」


 そこで一度言葉を切って、ショークリアは苦笑する。

 その苦笑の意味に思い至ると、ミローナも苦笑しか返せなかった。


「それに、うちって嫌われてるじゃない? 基本的に」

「嫌っているからといって直接的な嫌がらせをするというのは、貴族らしくないとは思うのですけど」

「本人たちが間接的だと思いこんでいるのであれば間接的な嫌がらせなんじゃないかしら?」


 ショークリアが六歳のお披露目を終えて以降、フォガードやマスカフォネと共に他領へと出かける機会が増えた。


 安全なのは隣の領地であるダイドー領までで、そこを出ると不思議なくらい高確率で賊や魔獣に襲われる。

 それをどうにかして目的地にたどり着くと、そこにいる貴族がいちいち遅れてきたことへの嫌味を言ってくるのだ。


 そんなことを何度も経験していれば、いくら何でもショークリアも気付く。

 キーチン領を嫌っているのは、父方のメイジャン本家と母方のモリガーナ家だけでなく、多くの貴族たちなのだと。


「嫌がらせをしては、お父様とリュフレ様からやりこめられているのに、みんな懲りないから不思議なのよね」


 ダイドー領と同じくお隣――未開の森に隔てられ直接的な行き来はないのだが――のコーロン領などはもっと酷い。


 隣接しているのにロクな取引ができないくらいに、うちへの関税が酷いし、キーチン領と取り引きしている商人相手にも嫌がらせをするほどだ。


 もっとも、その結果として――フォガードやリュフレが何かをする前に、コーロン領と取引をする商人が減っていっているらしく、色々な面で領地経営が芳しくなくなってきたという噂は聞く。


 ミローナからしてみると、正直言ってバカなのではないだろうか――と思わなくもないが、それがかの領地の選んだ道なのだから、自業自得だろう。


 キーチン領としてはコーロン領と街道を結ぶことで、北周りでダイドー領を抜けることなく南西へ移動する道を確保したいところなのだが、そういう事情から上手くいっていないのが悩みの種となっているのだが。


「ナイフを持ち込む理由は分かりましたけど、だからって会場でそれを振り回したら明らかに変な目で見られるようになりますよ?」

「……それを言われるとなぁ……」


 ショークリアとしてもミローナの言いたいことは分かるのだろう。

 眉を顰めて、うーん……と唸る。


 ややして、ショークリアはポンと手を打った。どうやら何か思いついたようだ。


「ねぇミローナ。靴なんだけど、このドレスに似合う編み上げのブーツに出来ないかしら?

 多少ヒールを高めにしても構わないわ。その代わり、多少の鉄板をすねとつま先に、それからつま先とカカトには、刃を仕込みたいのだけど」

「ショコラはデビュタントの場を何だと思ってるの?」


 思わず従者ではなく幼なじみとしての言葉で、ツッコミを入れる。


 臑とつま先を守る鉄板など完全に何でも屋ショルディナーや傭兵向けのブーツではないだろうか。

 ましてや、つま先とカカトに刃を仕込むなど――


「普段は刃は表に出てないのよ?

 ちょっとした足の動きで、つま先やカカトからナイフが出てくるだけ。役目を終えたら足の動きで刃が仕舞われてくれると完璧ね」

「いやだからなにが完璧なの?」


 完全に半眼になってミローナはうめくが、ショークリアはすでにそんな仕掛けブーツを想像してうっとりしはじめている。

 単純にそういうブーツそのものが履きたいだけのようだ。


 とはいえ、ミローナも完全にその刃仕込みのブーツを拒絶できない。

 デビュタントの場でなにもなくとも、帰り道の誘拐などの可能性だってゼロではないのだ。


 そういう時に仕込みブーツであれば、他の武装を取り上げられても手元に残る可能性が高い。


 元々の格闘能力が高いショークリアだが、やはり手元に刃物があるかないかで生存率は高まると思われる。


 ミローナは少しだけ悩んでから、仕方がないと小さく息を吐いた。


「一応、発注はしておきます。

 社交場用のものと、普段使い用の二種類を」

「さすがミローナッ! 分かってるぅ!」


 そう言ってショークリアが浮かべる満面の笑顔が見たかったから、ブーツを発注すると言っても過言ではなかった。



     ○ ○ ○ ○ ○ 



「君の妹が夏のデビュタントに来るんだっけ?」

「ああ。きっと、ひと騒動起きるね」


 王都にある中央学園。

 その学び舎の屋上で、夏の気配を感じる晩春の風に吹かれている少年が二人。


 片方は十五歳となったガノンナッシュ。

 彼もまた美しく成長しており、身体は鍛えているのに細く色白で、優雅な笑みを湛えて佇んでいる姿は、母であるマスカフォネそっくりだ。


 もう一方の少年は一つ下の十四歳。

 まるでそういう細工であるかのように細く美しい金の髪に、赤い瞳を持つ、どこか皮肉っぽい造作の少年だ。

 ガノンナッシュ同様に中性的にも見える容姿だが、彼とは違いよく見れば男性らしい線をしている為、初見で女性と勘違いする者は少ないだろう。


 彼の名前はキズィニー・キャプ・ニーダング。別名キズィニー13世。

 学園の中においては、ガノンナッシュの後輩に当たるが、実際のその立場は第一王位継承権を持つ者――つまり王子だ。


「騒動を起こすような子なのかい?」


 キズィニーの問いに、ガノンナッシュは軽く肩を竦めてみせる。

 本来であれば不敬と取られかねない仕草だが、二人きりの時は友人として付き合いたいというのがキズィニーからの要望である為、ガノンナッシュは気にせずいつもどおりの態度を取っていた。


「そういう一面もあるけどね。

 でも、自領で大騒ぎしている時はともかく、他領に顔を出す場合の多くは騒動の方がショコラを巻き込むのさ」

「君たち、領地ごと一族みんな嫌われてるもんね」

「何とかしてくださいよ王子」

「無理だね。何せどいつもこいつも、それをおかしいコトだなんて認識できてないんだから」


 おどけて口を尖らせるガノンナッシュに、キズィニーはにべもなく応える。

 その答えに、デスヨネーと嘆息してから、ガノンナッシュは大きく伸びをした。


「さて、そろそろ帰ろうか。護衛として寮までお送りしますよ、王子」

「ああ。お願いするよ」


 王子も首をコキコキならしてから、それにうなずく。


「夏のデビュタント……面白おかしい騒動でも起こしてくれないかな、君の妹」

「問題を面白おかしく解決するのがうちの妹であって、問題を起こすのは、問題を問題と思わず動くバカですよ。そこはお間違えなく」


 地平に落ち行く夕日に染まる街を、二人は目を細めながら一望し、やがてきびすを返すと、屋上の出入り口に向かって歩き出すのだった。


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