第82話 無事に終われた……で、良いんだよな?


「……いやはや、すごいお嬢様でしたな」

「ああ。そして有意義な時間でもあった」


 ショークリア・テルマ・メイジャンのお披露目の帰りの馬車の中、なにやら考え事をしているような主リュフレに、従者であるドラップスは敢えて声を掛けた。


 話の種としての言葉ではあるが、同時にドラップスにとってその評価は本心だ。

 そして、その話に興味を持ってくれたのか、リュフレは顔を上げた。


「挨拶――あれは仕込まれたものではなく即興のように見えたがどうだ?」

「私もそう見えました。

 二人以上の来客相手の言葉を覚えていたものの、実際の来客はリュフレ様だけ――そう気づいた故の言葉だったでしょう」


 挨拶のあとの昼餐の席にて、フォガードとリュフレがしていた話を思い出しながら、ドラップスはうなずく。


 フォガードが娘がその場で思いついたのだろうと口にしていたのは、事実であるとドラップスも感じている。


「それと……フォガード卿も気づいていて敢えて話題にしなかったコトだが」


 今、この会話が聞こえるところにいる人材は信用できる者たちであると分かっている上で、リュフレはそれを口にした。


「お嬢様の持つご加護――大変分かりづらくはありましたが、わずかに銀属性もあったコト……ですね?」

「そうだ。創造神からの加護を僅かでも持つ者など、少なくとも俺の知る中には存在しない」


 それはリュフレの周囲だけの話ではなく、リュフレが持つ情報網による現代の状況や、あるいは勉強した母国の歴史やその他の世界史などを含めての話だ。


 もちろん、あまりにも稀少な加護故に、隠蔽されてしかるべき話ではあるのだが――


「フォガード卿も隠す方向でいるようだし、こちらもそれに協力しようと思う。彼女が五色の加護全てを持っているコトも、あまり広まらないようにするべきだろう」

「かしこまりました」


 五色属性全ての加護を持っているだけでも珍しいのに、創造の銀を含めた六色の加護を持っているなど前代未聞だ。

 心ない連中に利用されたり、あるいは邪魔であるからと処分されかねないくらいには、バレてしまった時は話題になることだろう。


「まぁ加護の話を抜きにしても、ショコラ嬢ちゃんにしろ、兄のガナシュ坊主にしろ、流石はフォガード卿の子供って気がするな。

 少し話をしただけだが、どちらも同世代に比べて優秀なのが分かる。そんな子供たちが、理解のない大人に潰されるのは、おもしろくない」


 それはリュフレにとっては本心だ。

 あの二人がいれば、フォガード卿が何らかの理由で没したあとも、あの領地は安泰だろう。


 隣の領地であり、革新的な妙案を次々と実施している有益な領地なのだから、友好的にありたいものだ。


「それにしても、お嬢ちゃんのお披露目抜きにしても、邪魔なくフォガード卿と話が出来たのは有意義だった。食事も驚きに満ちていたしな」

「ええ。減塩料理でしたか――塩の価格が徐々に上がっている今を思えば、面白い発想かと」

「しかも美味かった。塩気がないと物足りないかと思いきや、素材や他の調味料の味をハッキリと味わえる……これは新しい発見だったな」

「一部の料理のレシピを預かっております。当家の料理人にも作って貰えますよ」

「それはありがたいな。

 ある程度したら領民たちにも流行らせよう。その時は頼むぞ」

「かしこまりました」


 塩は体に必要なモノながら、食べ過ぎると危険なものであるという情報も得た。

 他の者たちが聞けば鼻で笑う話だろうが、実際にその場にいた護衛戦士や従者たちによれば、減塩料理を食べ始めて以降、間違いなく身体のキレが良くなっていると言っていたのだ。


 最初は言わされているのか――とも思ったが、あの笑顔が偽りのものとは思えない。

 そんな顔を、口にした者たちは誰も彼もが浮かべていたのだから、信憑性は高い。


「コーバンという考えや、女性雇用の考え方も面白かった。なんとも有意義な昼餐会だった」

「あれだけの工夫をし、少ない予算で領地を支え発展させる――その手腕を中央の方々はあまりお認めにならないというのは信じられませんな」

「全くだ。だが、だからこそキーチン領との関係は良好のままでいたいものだ」


 とはいえ、これまで通り表立った付き合いができないというのは、些か勿体ない――と、ドラップスは考える。


 だが、それは当然ながら主も考えていたことのようだ。


「そろそろ真面目にキーチン領と付き合おうかと考えているんだ」

「ですが、それですと周辺や中央からの当たりがキツくなるのでは?」

「そうなんだが――実際のところ、付き合った時の恩恵はどうだ?

 我が領地と同じく、北の国境線に接していて、しかも隣り合った領地同士だ。北の国が山岳を超えて襲いかかってきた時、足並みを揃えられる領地であってくれた方が、こちらとしてはありがたい」

「ましてや、かの貴公子ですからね。用兵も巧みでありましょう。力添え頂けるのであれば、それほど心強いコトはありませんな」


 ドラップスが自分の考えを口にすれば、リュフレも同感だとうなずいた。


「それに減塩料理やコーバン、女性雇用……様々な妙案を出し、実践し、その成果を出している領地だぞ?

 仲良くしていれば、我が領の危機に際し、突拍子もない案で我が領地を救ってくれる可能性も高い。一方で、表向きだけは我が領地と友好な者たちはどうだ?」


 リュフレの問いに、ドラップスは苦笑を滲ませる。

 はっきりと言葉にするのははばかられるが、それでも主と同じようなことが脳裏に過ぎったのは確かだ。


「少なくとも本当の意味で良好な関係を築いている領地以外は、表向き友好なだけで、ここぞとばかりに足を引っ張ろうなどと思っている領地ばかりだ」


 例えば――北の国境たる山岳を越えて侵略目的の敵兵がやってきた場合、我が領地が本当の意味で危機に陥るまでは静観してくる領地も少なくないだろう。

 それで我が領地が滅べば、すかさず自分の物にしようなどと考えている者たちも少なくなさそうなのが頭が痛い。


 敵に占拠されたダイドー領を解放することで自らの領地に取り込もうと思っている時点で、そもそもが間違いなのだが、そこまで頭が回っていないのだろう。

 国境である山岳よりこちら側に敵の拠点ができることの意味を理解できない貴族たちが増えすぎているのは問題だ。


「もうしばらくは北も大人しいだろうがな」

「今の北の王は、保守的でいくさ嫌いだという噂ですしね」


 やれやれ――と主従は嘆息しあってから、リュフレは顔を上げる。


「今まで表向きキーチン領と付き合っていなかったのは、大々的に付き合う利が薄かったというのもある。

 だが、今のキーチン領は違う。付き合うに値するだけの領地へと発展したと見る」

「褐色地と万年紅葉林でしたか――良き食料の調達場所もあるようですしね」

「それもあるな。領地が隣り合ってるから、良い肉を新鮮なまま届けてもらえる」


 褐色地と紅葉林で狩れる魔獣の肉が、あまり表に出てこなかったのは、余所へ回せるほど狩る余力がなかったからだろう。


 だが、優秀な女性戦士が増えたことで戦力に余裕ができ、噂を聞きつけた何でも屋ショルディナーや傭兵が滞在することで、今は狩猟機会が増えているのだろうと当たりを付ける。


「領地の内政そのものはかなり優秀なようですな。フォガード卿は」

「いくつかは子供たちの発想だとも言っていた。坊ちゃん嬢ちゃんも優秀なようだぞ」


 フォガード卿は内政向き人物なのだということが今回の訪問で何となくだが感じとれた。


「領地外交はお世辞にも上手いとは言えんが――まぁそれは仕方なくもある」

「確かに。中央の宴に呼ばれてはいますが、ほとんどの者が相手をしませんからな」


 だからこそ外交の腕などが磨かれない。磨かれようがない。

 かろうじてリュフレが隣接領地だからという理由で声を掛けてはいるから面子が保たれているようなものだ。


「だがこれからはそうも言っていられないだろう。

 だからこそ――こちらからは外交の勉強、そして俺の後ろ盾というものを差し出せる」

「領民へのちょっかいなどはどうなさいますか?」


 ドラップスの問いに、それこそ愚問だとでも言うように、リュフレは笑う。


「可能な限り証拠を集めて追いつめる」


 元々は、それを考慮してキーチン領との付き合い方を考えていた。だが、良き付き合い方をした場合の利益が非常に大きくなった今、他領の余計なちょっかい如き、不利益ですらない。

 

「中央貴族からの睨みがますますキツくなりませんか?」

「フンッ、そんなもの……もう馴れっこだよ。俺も、フォガード卿もな」


「それもそうでしたな。

 では、領地へと戻りましたらその辺りの手配の準備を致しましょう」

「ああ、頼む」


 信頼するドラップスの言葉に笑みを浮かべてうなずきながら、リュフレは思う。


(あの兄妹が外に解き放たれるまでの間に、仕込みをしておかねぇとな。

 特に妹の方は劇薬だ。十三歳になって中央の学園に放り込まれると同時に、良くも悪くも国内は大騒ぎになりそうだからな)


 お披露目の挨拶の時点で、異質さは理解した。

 あの即興の挨拶の言葉はもちろん、その時の丁寧な仕草などは、同世代とは比べものにならないほど完成されていた。


 周囲の教え方や本人の努力もあるだろう。

 だが――それだけのことが出来てしまうのだという事実が大事なのだ。


(少し言葉も交わしたが、頭の回転も悪くなかった。むしろ良い。

 何より発想が面白い。女性雇用もコーバンも、原案は彼女らしいからな)


 凝り固まった常識をぶちこわし、新しい風を招き入れる。

 リュフレはあの少女からは、そういう空気を感じ取っていた。


 それに――


「そういえば、ガナシュ坊ちゃんは俺に弟子入りしたいと言っていたな。文官として尊敬していると」


 兄の方はとても嬉しいことを言ってくれていた。同時に、かなり皮肉な気分にもなる。


「騎士としての振る舞いばかりを覚えていたせいで、領主就任当初は母上の支援無しでは仕事が覚束なかった俺も、年下から憧れられる程度の文官能力を身につけていたんだな」

「ご謙遜を。

 リュフレ様は、フォガード様のところのご兄妹を天才と称されておりますが、リュフレ様ご自身も充分に才気ある方であると、幼少の頃より見守っております私が保証いたしましょう」

「なんとも救われる言葉だ」


 ガノンナッシュからの尊敬を自虐的に受け止めてしまっていた気分が解けていくようで、リュフレは心底からの言葉を漏らした。


 気を取り直すように外を眺めれば、見慣れた街の門が見えてくる。


「我が領都が見えてきたな」

「ええ。随分と濃いお披露目会でしたな」

「全くだ」


 これから良い意味で忙しくなりそうだ――そんなことを思いながら、リュフレは目を細める。


 夕暮れに染まりゆく見慣れた街の外壁と門は、何とも綺麗な赤に染まっていた。


 その赤は、フォガード卿や、ショコラ嬢の髪色を思わせるものだから、リュフレは思わず未来に付いての思いを馳せるのだった。


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これにて、第2部 終了です。


2話同時更新もここまで。

以降からは、1話更新になります。


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