第75話 新しい朝が来たってな
「ん……ぅ……」
小さくうめきながら、ショークリアはゆっくりと
「初夢……見た気がするけど……」
どんな夢を見ていたのか、いまいち思い出せなかった。
だが、目に僅かな違和感がある。なんともなしに触れてみると、少し湿った跡がついていた。
(泣いてたのか……オレ)
とはいえ、不思議と気分がスッキリとしている。
長らく抱えていた何かが解消されたようで、なんとも凪いだ気分だ。
身体を起こして外を見るとまだ暗い。
動き出すにはまだ早い時間帯なのだろう。
何ともなしにベッドから降りて、カーテンを開く。
真っ暗ではあるのだが、地平の向こうに、僅かな明かりが見えた。
「良い時間に目覚めたのかも」
さすがに部屋が冷えてはいるので、カーテンだけを開けてベッドに戻る。
布団にくるまりながら、ショークリアは窓の外を眺めていた。
「初日の出、ね。
夢見も寝起きも良い上に、初日の出も見られるなんて、今年の幸先は良いのかもしれないわ」
屋敷の中からはあまり人の気配がしない。
まだみんな寝ているのだろう。
だからこそ――一人でこっそりとこうやって日の出を眺めている。
やがてダイリの大岩が陽光に照らされ、ついにはその陽は大岩より上に顔を見せる。
褐色の森が照らされ、荒涼地帯が照らされ、街が照らされ――
まだ世界に残っていた統一神歴1980年(新陸歴597年)の夜の残滓が照らされ消えていき、やがて統一神歴1981年(新陸歴598年)の朝が世界に満ちていった。
○ ○ ○ ○ ○
「新たなる日々の創世に感謝と祝福を」
それが新年の挨拶だ。
日本で言うところの「あけおめ」がこれに当たる。
「おはよう、ガナシュ、ショコラ。
新たなる日々の創世に感謝と祝福を――二人とも今年も健やかに成長してくれ」
「父上、母上、新たなる日々の創世に感謝と祝福を。
こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします」
挨拶を交わしあって、メイジャン家の一同は食卓に着く。
新年最初の食事は可能な限り家族や愛しき人と共に――それがこの国での新年のしきたりだ。
だからこそ、メイジャン家においては、従者たちにもそうあるように言いつけてある。
少し食事の時間は遅くなってしまうが、可能な限り従者一同で共に取るように言いつけてあるのだ。
帰れぬ者、帰る場所がない者が多いメイジャン家の従者たちは、共に働く者を家族だとして食事をとってもらうようにしている。
これに関しては戦士たちも同じで、今頃は男性戦士団は男子寮の食堂で盛り上がっていることだろう。
この時間の護衛や随伴は女性がメインとなっているので、領主一家の食事が終わり次第、男性と交代。
今度は女性たちが女子寮で盛り上がることとなる。
こういった面で、従者たちに気にかけているからこそ、フォガードは従者たちからの信頼が厚い。
ちなみに――女性を大量雇用したからこそ今回の体制だが、昨年以前も、侍従や戦士を二班に分けて、同じようなことをしていたのだ。
従者たちに新年のしきたりを楽しませる主人は意外と少ないそうで、メイジャン家に仕えて間もない従者たちは非常に驚いていたそうだ。
ともあれ――新年最初の食事は、この日のためにシュガールが研究してきた、秘蔵の芋餅料理を中心に、見栄えにもこだわった料理の数々だった。
例えば、『芋餅のベーコンサンド~創世の紅白ソース』。
厚さが一センチほどの芋餅を二枚重ねたような料理だった。
こんがりと焼かれた芋餅の間には、薄切りのベーコンが二枚ほど挟まり、白いソースのようなものが軽く垂れている。
それが大きめの皿の真ん中にこじんまりと置いてあり、皿の上には芋餅に掛からないよう外側寄りに、赤いソースで円を描くように添えられていた。
清廉の白と、熱情の赤。
その組み合わせは、一年の始まりを司るに相応しい色合わせと言われているものだ。
前に進む熱さを身に纏いながらも、心は清廉なる秩序を抱いて――そんな意味を込めて、ソースを考えたそうである。
白は熱したチーズをミルクと、白ワインに似た酒であるエパルグの果実酒で伸ばしたもの。
赤はトマトに似た野菜オタモーツをすりつぶしたものをベースに味付けたものだった。トマトソースではあるのだが、ショークリア的にはケチャップに近い風味であるというのが感想だ。
そんな二つのソースが、イエラブ芋とベーコンに合わないワケがない。
他にも、トカゲに似た魔獣、
生命と活力を司る緑と、死と衰退を司る黒の組み合わせは、生き物の在り方を示す組み合わせであり、これもまた、創世の日に一緒に食すと縁起良いと言われている色合わせだ。
このように、シュガールはその研鑽の結果を惜しみなく、新年最初の食事に合わせてきた。
しかも見た目や色合いまで考慮して、である。
そして、その考慮によってこの食事だけで、五彩色に合わせた色合いの料理を全て口にしたこととなり、これは大変縁起が良いことなのだそうである。
ちなみに青だけは難しかったのか、単体のジュースとして出てきた。
これは、
成長しても大人の膝ほどにしかならない低木に実る小指の爪ほどの大きさの果物で、それは皮も果肉も果汁も空色なのだという。
酸味が強く、それだけだと食べるのが難しいながら、縁起物として創世の日の食卓に生のものがよく並ぶそうだ。
実際、メイジャン家の食卓にも毎年並んでいた。
我慢して一粒は必ず食べていたものだが、今年はジュースになっているので非常に飲みやすい。
これは、種を取り除いて潰したものをハチミツで煮込み、布で漉したものを水で割ったのだそうだ。
鮮やかな青色の通り、爽やかな酸味を感じる甘酸っぱいジュースは前世のハチミツレモンを思わせる味だった。
(……シュガールって、もしかしなくても、この世界の料理界最前線を突っ走ってるんじゃねーのか?)
色の組み合わせや見目だけでなく、当然味も良い。
それらに舌鼓みを打ちながら、ショークリアはそんなことを思ったりするのだった。
食事が終われば、創世の宴の始まりである。
まぁ大層な名前が付けられてはいるが、前世で例えるのであれば、振り袖や袴に着替えての初詣と挨拶周りのことだ。
領地経営や街づくりに辺り、住民の住居の次に優先されるのが、創世神殿と呼ばれる建物ならびに敷地だそうだ。
どの領地であっても――いや、どんな小さな集落であっても、その近隣には必ず偉大なる父・
実際、領都の近くには小さめの神殿があり、創世の日には、この日の為に用意されていたドレスやスーツに着替えて挨拶に行くのだ。
その挨拶が終わったあと、各々の知り合いに挨拶周りをしたり、挨拶しにくる者を歓迎したりするのだが――この領地に客人たる貴族などは基本的に来ないし、わざわざ足を運ぶほど仲の良い貴族もいないので、神殿を
創世の宴用のドレスから普段着に着替えてしまえば、あとは自由時間だ。
ショークリアはミローナを伴って、屋敷の敷地を歩いて回る。
屋敷で働く従者のみんなに挨拶をする為だ。
本来、貴族としては挨拶に来るのを待つのが正しいのだが、そこは前世の感覚が残っているからだろう。ショークリアは待っているのは性に合わないと言って、挨拶周りをしている。
初めて従者への挨拶周りをした去年はみんなに戸惑われたものの、今年はそれなりに受け入れてもらえた。
もっとも、新規に雇用した人たちからはやっぱり驚かれてしまったのだが、多くの人たちは『まぁショークリアお嬢様ですしね』みたいな感じであっさりと受け入れてくれる。
とはいえ――受け入れてくれるのは嬉しいものの、納得のされ方が少々解せないショークリアであった。
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